◇◇ 偶然、偶然。 ◇◇
きのうは幸せだったなあ。
数馬くんに会えて、お土産までもらえて・・・。
お土産。
カメさん。
数馬くんに会わせてくれて、ありがとう!
数馬くんと一緒に沖縄から来たんだね。
そう思うと、ますます大切になっちゃう。
はあ・・・。
やっぱり、会っておはなしするのって、メールとは違う。
メールも幸せだったけど、会う方がもっと幸せ。だって、声と笑顔が付いてるもんね!
それに・・・もしかしたら、触れるかも、なんて!
・・・本人なんだから、もちろん触れるんだけどね。だけど・・・。
ああ・・・。
もう、はっきり言っちゃうと、わたしにとっては数馬くん本人がお土産と同じだよ〜!
「ジャス! そろそろ行かなくていいの?」
そうだった。
啓ちゃんのところにお土産を持って行くんだった。
啓ちゃんは予備校に行ってるって言ってたな。
お母さんが用事があるから、今日は電車で行かなくちゃ。
前は電車は面倒だったけれど、今は・・・楽しみ。数馬くんが住んでいる駅だって知ってるから。
もしかしたら、会えるかも? なんて!
そんなに都合よく行かないよね・・・。
やっぱり、ダメだったか・・・。
でも、啓ちゃんが帰って来たから、写真を見せることができてよかった!
久しぶりに一緒に夕飯を食べられたし。
叔母さんはお料理が上手だからいいよね。
一卵性双生児なのに、うちのお母さんの料理がイマイチなのはどうしてなんだろう?
それを指摘すると、押しつけられそうだから言わないけれど。
さあ、降りなくちゃ。
この時間だと、上りの電車はお客さんが少ないな。
そうだ。
帰る前にチャージを・・・。
・・・あ。
きのう、あそこで数馬くんとお話ししたんだ。
制服姿の、さわやかな笑顔の数馬くん。
隣にスーツケースがあったのがいつもと違ったね。
わたしが私服だったことも・・・かな。
思い出すだけでも幸せな気分。
話している間に、ずいぶん長い時間が経っていた。
周りから見たら、いったいどんなふうに見えてたんだろう?
なんだか恥ずかしい。
・・・ん?
スーツケースのキャスターの音?
「あやめちゃん・・・。」
紺のジャンパースカートにボレロ風ジャケット、肩下の髪を内巻きに整えて、くっきりとした美人顔は見間違えようもなく・・・。
視線を感じたのか、ふと顔を上げてこちらを見る。
そんな仕草さえ、わたしとは品の良さが違う気がする。
手を振ると、
「茉莉花。久しぶり。」
と笑顔になった。
一瞬、ためらうように見えたのは勘違い?
「あやめちゃん、修学旅行、今日までだったの?」
あれ?
驚いてる?
「違った? スーツケース持ってるし、うちの学校とホテルが一緒だったって聞いたから。」
「あ、あれ? 知ってるの?」
なんだろう?
慌ててるみたいだけど・・・。
「うん。わたしは北海道だったんだけど、クラスの友達がメールで教えてくれたから。」
数馬くんも言ってた・・・って言うのは、ちょっと恥ずかしいな。
連絡を取り合ってることを知られちゃうのは、なんとなく・・・。
「あ、そう・・なの。クラスの友達・・・。」
「同じグループにね、彼氏が沖縄コースの子がいてね、八重女と一緒だって聞いて、すごく心配してたんだよ。ふふふ。ほら、八重女ってあやめちゃんみたいにきれいでお上品な人ばっかりだから。」
ほんとうはわたしも少しね。
「そ、そう? そんな心配いらないのに、ねえ。」
「そうかな? うーん、そうか。八重女のお嬢様たちが、うちの学校の男子なんて本気で相手にするわけないよね! あはは!」
「や、やあねえ、茉莉花。九重は優秀だもん、本気で狙ってる子だっていたかも・・・よ。」
やっぱりそうかな?
だとしたら、見た目も中身もカッコいい数馬くんは、やっぱり危険だったのかも。
「あの・・・あやめちゃん。」
「なあに?」
「数馬くんは・・・」
あーん!
やっぱり “どうだった?” なんて訊けないよ〜!!
「か、数馬くんはだいぶ日に焼けてたけど、あやめちゃんは全然だね!」
「え? あ、あの・・・?」
え?
「あの、『数馬くん』って・・・日向くんのこと?」
!!
あやめちゃんの前では呼んでなかったっけ?!
最近は普通になってたから・・・。
やだ! 恥ずかしい!!
「あの、う、うん、そうなの。生徒会で、その・・・。」
「あ、ああ、そうなんだ? 日向くんが『茉莉ちゃん』って呼んでるのは知ってたけど・・。」
あ〜、顔が熱くなってきたよ〜。耳も〜。
「ええと、ああ、日焼け? あたしたちは、日焼け止めバッチリだもん。・・・いつ帰って来たの?」
「え?」
「九重って、修学旅行からいつ・・・?」
「え、あ、きのうの夕方っていうか、夜だけど・・・?」
「北海道と沖縄、一緒に?」
「ううん。空港に着いたのは北海道が先。沖縄は一時間半くらいあとに。」
「茉莉花・・・、今日はデート?」
え?
「やだ、違うよ! いとこの家にお土産を届けに行って来ただけだよ。デートなんかじゃ・・・」
「え? じゃあ、日向くんの日焼けって、いつ・・・?」
!!!
そこ?!
わたしったら余計なことを言って・・・どうしよう?!
数馬くんが帰りに寄ってくれたなんて・・・恥ずかしくて言えないよ!
だけど、都合のいい説明が思い付かない!
「あの、メ」
だめだ。
「メールで」なんて言ったら、写真が送られてきたのかと思われちゃう。
そんなの、途中で寄ってもらうより変な気がする!
「あの・・・、きのう。」
「きのう?」
「ええと、帰りに・・・お土産を届けに寄ってくれたの。」
恥ずかしいよう。
「あ、あの、でも、ふ、深い意味はないんだよ。ただ、途中だから降りてくれただけで。うん。」
「あ・・・、そう、なの。」
「うん。」
そう。
恥ずかしがってるのはわたしだけで、数馬くんにとっては何でもないことなんだよ。
「・・・そう。優しいんだね、日向くんは。」
「あ、うん、そうなの。いつも親切で優しいよ。」
「いいなあ、茉莉花は。そういう人が近くにいて。」
近くに?
「うん・・・、そうだよね。」
「ふふふ・・・。やっぱり女子校って損だなあ。」
「そう? 男の子の憧れの八重女なのに?」
「損だよ。だって、どんなに頑張っても、学校には女子しかいないんだもん。彼氏を選ぶこともできないし、自分のいいところに気付いてもらうこともできないよ。」
「・・・そうだね。」
「そうでしょ? それに、見た目が良くても中身がどうかは分からないし、逆の人だっているでしょう? そういうのって、普段から見てないとね。」
「たしかに・・・。」
学校みたいに一緒に過ごす場所じゃないと、そういうのって難しいよね・・・。
「あれ? よう、お二人さん!」
え? あ。
「「手塚くん!」」
ジャージ姿?
部活の帰りか・・・。
「久しぶり! 今日は八重女が修学旅行帰りか。」
「うん、そうなの。でも、『今日は』って・・・?」
「え? ああ、きのうは九重が帰って来たんだろ?」
「手塚くん、よく知ってるねえ。」
「へへへ・・・。見たから、きのう。」
「見た? ああ、うちの生徒を?」
スーツケース持ってるから、すぐに分かるもんね。
あれ?
なに、その笑い方・・・?
「大野と日向だよ。そこで話してただろ?」
えええぇっ?!!
「あっ、あのっ、手塚くん・・・。」
「両方とも知り合いだけど、きのうは話しかけにくくてさあ。今日は女子二人だからほっとしたよ〜。ははは!」
うわわわわ、どうしよう?!
完璧に誤解されてる!
だけど、こんなパワーだと、説明しても信じてくれない気がする・・・って、手塚くん、自分だって!
「手塚くん、わたしも見たよ。」
「え? 何を?」
「カナダのお土産。」
「え? カナダ?」
「そうなんだよ、あやめちゃん。一葉の修学旅行はカナダでね、」
「おい、大野。もしかして・・・。」
「手塚くんはかわいいお人形を」
「大野!」
「・・・ふふ。部活の後輩に買って来たらしいよ。」
手塚くんは横を向いて、聞こえないふり?
ちょっとかわいいね。
「お人形を後輩に? 一葉って男子校でしょう? それに、それを茉莉花が知ってるってことは・・・。」
「そうなんだよねー。」
「ああ・・・、なるほどね。ふうん。」
「コホン。・・・ああ、おい、もう遅いぞ。親が心配するんじゃないのか?」
「あ、ホントだ、帰らないと。じゃあね、茉莉花。」
「うん、またね。バイバイ。」
話しながら歩いて行く二人を見送ってから気付いた。
やっぱり、手塚くんの誤解を解かなくちゃいけなかったかな?
でも・・・、めったに会うこともないから、いいかな?
もしもどこかから数馬くんに伝わったら・・・怒る? それとも、笑って許してくれる?
「この際だから、その通りになっちゃおうか?」 なーんて・・・やーん、恥ずかしい!
・・・そんな都合のいいことになるわけがないか。
第七章はここまでです。
次から第八章に入ります。