◇◇ 会えた・・・。 ◇◇
会いたかった数馬くん。
その数馬くんが目の前にいる。
日焼けした顔。
でも、いつもの優しい微笑み、優しい声。
向けられた瞳に、期待してしまいそう。もしかしたら・・・? だめだよ、あり得ない。
でも・・・。
数馬くんがここにいることを、この手で確かめたい。
日焼けした鼻の頭にちょっと触れるくらいなら、ふざけただけって思ってくれる?
いいえ、もう話題は日焼けから別のことに・・・。
ぐずぐず考えてばかりいるわたしには、一生できそうにないかも。
数馬くん・・・。
会いたかった。
たくさんお話ししたかったの。
楽しいことが、たくさんあったの。
なのに・・・。
いざとなったら、なかなか言葉にならない。
あんなに大急ぎで来たのにね。
走り込んだ駅の入り口。
慌てて通り過ぎてしまったその明りの下に、銀色のスーツケースを横に置いた数馬くんがにこにこ笑っていた。
いつもの学生服、いつものメガネ、いつもの笑顔。
早く会いたくて走って来たのに、数馬くんを見た途端に、それを知られるのが恥ずかしくなってしまった。
――― 「数馬くんが好きです。」
そう言ったら、すべてが説明できるけれど・・・、そんな勇気はわたしにはない。
だから、近くにいられるだけで満足。
こうやって、わたしのために時間を作ってくれたことだけで。
なんて楽しいんだろう!
数馬くんがわたしに話してくれている。
当たり前のように。
それだけじゃなくて、お土産を買ってきてくれたって・・・あ、お土産。
わたしのお土産。
「これ、数馬くんにお土産です。定番のチョコレートだけど、みなさんで食べてください。」
「え? うちに? 荷物が多いんだから、気を遣わなくても・・・。」
「あ、いえ、いいの。ほんの少しだけ。」
「ありがとう。こっちは・・・開けてもいい?」
「どうぞ。」
ほんとうは、それがメインです。
「・・・あ、馬だ。」
そう。
20cmくらいの馬のぬいぐるみ。
「うん。数馬くんの名前に “馬” がついてるから・・・。」
それに、茶色の毛並みに黒いたてがみと尻尾、脚の先が白っていう姿が、優しくて凛々しい数馬くんに似てるでしょう?
内緒だけど、同じものを自分用にも買ったの。
「ありがとう。かわいいね。」
その笑顔!!
気に入ってくれた?
よかった!
「そうだ、俺も。はい、これ。」
・・・え?
その袋ごと?
袋の中から取り出すのかと思ったのに。
なんだか、わたしのお土産と釣り合わないような・・・。あ、ぬいぐるみ?
「あ・・・、亀? うわ、かわいい・・・。」
緑色のとぼけた顔がわたしを見上げてる。
だけど・・・。
大きいよ?!
小型のクッションくらいあるよ?!
「あの、数馬くん、こんなに大きな・・・、あの、いいの?」
「うん、その・・・、毎日メールを頼んじゃったから、そのお礼も兼ねて。スーツケースに詰め込んで来たから、ちょっと形が歪んでるかもしれないけど。」
そんなこと!
「ありがとう・・・。すごくかわいいね。」
わたしのために選んでくれたぬいぐるみ。
嬉しくて、なんて言ったらいいのかわからない。
なんだか泣きたい気分。
うるんだ目を見られないように、抱きしめたウミガメに頬を寄せて。
「あと、これ。定番だけど。」
「あ・・・、ちんすこう? ありがとう。」
「そうだ! 今日の昼はステーキを食べたんだよ。」
「ステーキ? 贅沢・・。」
「あはは。高校生だから安い店だけど、すごく大きな肉なんだよ。・・・ほら。」
携帯の画面で見せてくれた写真には、お皿からはみだすほど大きなステーキが。
「ほんとだ。わたしたちはね、今日のお昼は回転寿司に行ったの。」
「回転寿司?」
「そう。北海道と言えば、海の幸でしょう? 本物のお寿司屋さんには入れないけど、回転寿司ならって。」
「なるほどね。」
「でも、男の子たちはたくさん食べたくて、お財布をのぞいて必死に計算してたよ。」
「ああ、最終日だったしね。」
「そうなの。ふふふ。」
楽しい。
ずっとこうやって話していたい。
数馬くんに会えて嬉しい!
「そういえば、向こうで八重女と宿が一緒になったんだよ。」
・・・え?
「あ・・・、そうなの?」
「うん。2泊目と3泊目。びっくりしたよ、旅行先で近所の学校と一緒になるとは思わなかったから。」
「うん・・・、そうだよね。」
話してくれるの?
そんなふうに、何でもない調子で。
「山口さんにも会ったよ。元気そうだった。」
「そう。よかった。」
そうか。
数馬くんにとっては、何でもないことだったんだ。
だから、わざわざメールに書いたりしなかったんだ。
気にしてないつもりだったけれど、わたし、今、こんなにほっとしてる。
数馬くん、大好き。
「沖縄の海は、ほんとうにきれいだったよ。どこに行っても青いんだよ。」
今の時間がずっと続けばいいのに・・・。
「茉莉ちゃん、そろそろ帰らないと、家の人が心配するかも。」
「え? そんなに経った?」
何時?
え? 8時40分?
電話が来たのは8時前だったのに・・・。
「ごめん、茉莉ちゃん、引きとめちゃって。マンションの入り口まで送るから。」
「え、あの、大丈夫。一直線だし。数馬くんは荷物があるから・・・。」
ほんとうは、少しでも長く数馬くんと一緒にいたいけれど。
「荷物? ああ、キャスターが付いてるから何でもないよ。今日は玄関までは行かないけど。」
「あれ? ジャスミンか?」
!
お父さん?!
こんなときに!!
「あ、お、お父さん。お帰りなさい。」
「あの、こんばんは。」
「・・・ああ、日向くん、だったかな?」
覚えてるんだ?!
「はい。あの・・・、茉莉花さんをこんな時間まで引き留めてすみません!」
え?!
やだ、そんなこと言ったら、長い時間話してたってバレちゃう!
恥ずかしいよ!
「あ、あれ? 数馬くん? あ、あの、お父さん、数馬くんは沖縄のお土産を渡すために途中で・・・。」
「沖縄?」
「うん、ほら、修学旅行の。わたしは北海道だったけど、数馬くんは沖縄コースで、ほら、これ。」
「ああ、ちんすこうか。いや、ありがとう。これ、好物でねえ。わざわざ悪いね。」
あ・・・、気付いてない?
よかった・・・。
「もっと時間があるときなら、うちに寄ってもらうのになあ。そういえば、ジャスミンは何度もお邪魔してるんだったね? ご家族にもよろしく伝えてください。」
うわ・・・。
このくらい当たり前なのかも知れないけれど、なんとなく恥ずかしい・・・。
「いえ、あの、・・・はい。ありがとうございます。じゃあ、僕はこれで・・・失礼します。」
ああ、帰っちゃうよね。
お父さんがいるもんね。
送る必要ないよね。
「ありがとう、数馬くん。気を付けてね。」
「うん。・・・じゃあ。」
バイバイ、数馬くん。
ちょっとだけ、振り向いてくれないかな?
ダメ?
・・・あ。
バイバイ。
月曜日にね。
微笑んでくれた!
「日向くんは、いつも礼儀正しいねえ。」
「あ・・・、そう?」
そういえば、前に送ってもらったときも褒めてたっけ。
「さすが、啓ちゃんが目を付けただけのことはあるなあ。」
「お父さん! やだ、もう。あれは啓ちゃんが勝手に言ってるだけなんだよ。」
「そうなのか? ははは。」
送ってもらった日に啓ちゃんが電話で『ジャスミンの彼氏候補者』って言ったこと、まだ覚えてるんだから。
そのうち数馬くんの前で言われちゃったりしたら、ほんとうに困る!
そんなことになったら、啓ちゃんのこと、一生恨むからね!
・・・数馬くんからのお土産。
ねえ、カメさん。
これからたくさん話しかけてもいい?
そうしたら・・・。
浦島太郎を竜宮城に運んだように、わたしが話したことを、数馬くんに届けてくれないかな?