◇◆ 会いたいよ。 ◇◆
『おやすみなさい。茉莉花』
はあ・・・。
数馬くんに送るメール。
楽しかったことを伝えたい。
ドキドキしたことも。
でも、いざ携帯に向かうと、ちゃんと文章にならない。
今日もわたしからの言葉は、画面をスクロールしなくても読めそうな量。
ほんとうは、たくさん伝えたいことがあるのに・・・。
毎日毎日、きれいな景色や楽しいことに出会うたび、「数馬くん、ほら!」って心の中で話しかけている。
まだ数馬くんとお友達になる前に、心の中で打ち明け話をしていたことがあるけれど、そのころよりもずっと何度も、ずっと楽しく。
そうしながら、今日のメールにはこれを書こう! と思う。
なのに。
それを上手く文章にできない。
読み直してみるとつまらないことに思えて、何度も書き直して、最後には書くのをやめてしまう。
文才が無いのかも知れない。
話したいことはたくさんあるのに、実際に送る文章はほんの少し。
それを見ると情けなくなる。
だけど、あんまり親しげな言葉遣いじゃ図々しい気がして・・・。
直接お話しするときには普通にしゃべれるけれど、文章となると、やっぱり気を遣ってしまう。
だから、伝えたいことが伝えられなくて、心の中に、言葉と景色が溜まっていく。
「数馬くん、あのね。」で始まる言葉、伝えたい景色でいっぱいになっている。
一緒にいてくれたら。
そうしたら、感動したこと、驚いたこと、面白いことを、その場ですぐに言えるのに。
数馬くんがどう感じたか、聞くことができるのに。
一緒に笑うことも。
数馬くんに会いたいです。
今、何してる?
明日はいよいよ帰るけれど、沖縄組とは空港に着く時間が違うし、そのあとは土日でお休み。
会えるのはまだ先・・・。
今日も、ずいぶん時間がかかっちゃった。
こんなに毎日だとカナちゃんに変に思われ・・・?
・・・カナちゃん?
にこにこして携帯・・・?
あ!
もしかして!
「カナちゃん、メール?」
「わっ! な、なに、茉莉さん?」
慌ててる。
やっぱり。
「カナちゃーん。誰にメール?」
「え? あ、これ? ええと、その、後輩。」
「ほんとうに? 誰かさんじゃないの?」
「え? だ、誰かさんって・・・。」
「カナダのお土産くれた人とか。」
「茉莉さん! そんな、こと・・・、どうして?」
「だって、そんなに長い時間、嬉しそうに携帯見てたり。」
よく考えたら、毎晩だ。
わたしが数馬くんにメールを打っているとき、気付くとカナちゃんもにこにこして携帯を見ていた。
あんなに時間がかかっても何も言われなかったのは、カナちゃんも時間が経っていることに気付かなかったからだ。
「あれ? そんなに・・・嬉しそうだった、かな?」
赤くなっちゃって。
かわいい。
「うん♪ にこにこしてたよ。わたしが話しかけて驚くくらい、夢中で!」
「やだ、茉莉さん。嬉しそうなのは自分でしょう? あたしは見ないようにしててあげたんだよ。」
「え? 見ないように?」
やっぱり見抜かれてた?
恥ずかしい!
・・・けど。
二人で赤い顔をしてお互いをからかってるって、なんだか可笑しい。
「お互いに、相手は内緒ってことでね。」
知ってても、知らないふり。
こういうことも、楽しいよね!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
茉莉ちゃんからのメール。
乗馬の思い出と、夕焼け空に丘のシルエットの写真。
『数馬くんのまねをして、夕焼けの写真を撮ってみました。』
俺が送った夕焼けの写真、気に入ってくれたのかな?
茉莉ちゃん。
メールには書かなかったけど、今日行った水族館で、茉莉ちゃんにお土産を買ったよ。
ウミガメのぬいぐるみ。
この水族館で有名なのはサメやマンタなんだけど、並んでいるぬいぐるみを見たら、何故か、「茉莉ちゃんが喜ぶのはこっちだ」って瞬間的に感じて。
思ったよりもかさばっているけど、みんなに気付かれると照れくさいから、なんとかスーツケースに入れるつもり。
形が崩れてしまったら、ごめん。
・・・今日は浜野さんの攻撃が、いつもよりさらに厳しかった気がするなあ。
どうして、あきらめてくれないんだろう?
いっそのこと、山口さんみたいに口に出してくれたらいいのに。そうすれば、はっきりと断れる。
堀や佐藤たち浜野さん目当ての男が次々と現れて、俺はそのたびに急いで逃げ出したのに、気付くとまた隣にいる。
隣にいて、当たり前みたいに話しかけてくる。
そりゃあ、水族館っていう限られたスペースでは仕方ないかもしれないけど、それにしたって!
それに、腕に触ってくるのもやめてほしい。
二人で並んでいるところが、偶然にでも、誰かの写真に写ったりしたらどうするんだ!!
あーあ。
隣に茉莉ちゃんがいたら、って、何度思ったことか。
水槽の中を泳ぐ魚や亀に一緒に驚いたり感心したり・・・ただ見ていたり。
お土産を選びながら、面白いものを見つけて笑ったり。
移動のバスの中で、はしゃぎ疲れて眠って、俺の肩にもたれかかって来たり・・・っていうのは、ちょっと高望み過ぎるかな。
明日は、昼まで那覇の観光か。
グループごとだから、浜野さんからは逃れられそうだ。
茉莉ちゃんがいないなら、男同士の方が気楽でいいや!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「もう帰ってきちゃったんだねえ。」
着陸間際の飛行機の隣の席で、ソノちゃんがため息をついている。
「あっという間だったよね。最初は “5日もある!” って思ったのに。」
ソノちゃんの向こうでカナちゃんもため息。
そう。
ほんとうに、あっという間だった。
楽しい時間はどんどん過ぎてしまうから。
そうだ。
楽しかった。
ほんとうに。
去年までだったら、これほど楽しくなかったかも。
わたしが・・・クラスに馴染めないでいたから。
自分を取り繕って、無理をしていたから。
でも、今年は違う。
わたし自身でいられて、それをみんなが受け入れてくれた。
みんなの優しさが嬉しい。
それと、わたしの・・・勇気? みんなと違ってもいいって思ったこと。
それができたから、今の状態があるんだよね。
少しずつでも成長している証拠?
午前中、グループごとに札幌の観光をしていたとき、同じグループの島くんに言われた。
「大野。俺と付き合わない?」
突然に。普通の会話のように。
びっくりした。
びっくりして、何も考えずに言ってしまった。
「え? でも、わたし、好きな人がいて。」
島くんは明るくて楽しい人。
今回の旅行中、たくさん話した。
島くんのおかげで、うちのグループには笑いが絶えなかった。
わたしの答えにも、島くんは明るく笑った。
「そっか。じゃあ、しょうがないな。」
そう言って、それっきり。
あとは、いつも通り。
それからあと、そのことを話題にすることはないけれど・・・、島くん、ありがとう。
わたし、感謝の気持ちでいっぱいです。
島くんみたいな人がわたしのことを想ってくれると思うと、たくさん勇気が湧いてきます。褒めてもらった気がして。
だから・・・、言葉にしてくれてありがとう。
わたしも言いたい。「数馬くん、好きです。」って。
言えるかな?
・・・無理かな。
「好き」っていう言葉を口にするのが恥ずかしい。
じゃあ、もう少し控えめに何か?
旅行のあいだ、ずっと思っていた言葉。
「会いたい。」
ああ。
また、この言葉で心がいっぱいになってしまう。
会いたい、会いたい、会いたい・・・、でも、今日は会えない。明日も、あさっても。
会えないと思うと、余計に会いたい。
数馬くん・・・。
「あれ? ソノちゃんは一緒に帰らないの?」
「あー、あたしはちょっと。」
「茉莉さん、ソノちゃんはいいの。」
?
同じ方向なのに?
「ソノちゃんは菊池くんを待つんだから。」
「え? 菊池くんを?」
つまり、沖縄組の帰りを?
「そう。あと一時間くらいでしょう? あれこれ言ってても、仲がいいんだよね。」
沖縄組の? あと一時間くらい?
数馬くんも?
待っていたら、会える?
「茉莉さん、行くよ。広いからはぐれるとたいへんだよ。」
「あ、うん。」
どうしよう?
会いたい。
だけど・・・、言えない。
それに、わたしなんかが待っていても・・・。
数馬くん。
会えるかもしれないのに。
「平日だから、仕事帰りの人たちと一緒になって、電車が混むかもね。」
「うん、そうだね。」
数馬くん。
月曜日に・・・ね。