◆◆ 夕焼けの写真 ◆◆
「日向って、ブログでもやってるのか?」
修学旅行3日目の朝。
朝食に向かいながら、同室の村井が尋ねてきた。
「え? やってないよ。修学旅行のブログは、修学旅行委員がやるって・・・。」
「べつに修学旅行のブログを見たいわけじゃないよ。日向がやたらと嬉しそうに写真撮ってるから、訊いてみただけ。」
嬉しそうに写真?
茉莉ちゃんに送る写真のことか!
そりゃあ、嬉しいに決まってる。
でも、秘密だ。
「そう? べつに・・・みんなと同じ、じゃないか? 旅行だし。景色きれいだし。」
「ああ・・・、そうか。うんうん、分かった分かった。そうだよなあ。景色がきれいだもんなあ。」
また、その顔!
そういう顔をされると居心地が悪いんだけど?
「北海道はどんなだろうなあ?」
北海道!
「な、なんで、急に北海道なんて・・・。」
「べつに。」
“べつに” じゃないよな?!
意味があって言ってるよな?!
「日向くーん! おはよう!」
うわ、来た。
「お、浜野だ。おはよう。」
「おはよう、浜野さん。」
「日向くんて、そういうラフな服装も似合うよねー。」
「そ、そう? ありがとう。」
修学旅行に来てから、浜野さんのプレッシャーが増したような気がする。
二歩も三歩も、うしろに下がりたくなる。
それに・・・、気になるのはそのTシャツだ!
なんでそんなにピッタリのTシャツを着るんだよ!
俺はそういうのは好みじゃない。
茉莉ちゃんみたいに控えめな・・・コホン。
嫌な気分が態度に出ないように気を付けてるけど、絶対に出ちゃってるよな。
本人が不愉快にならないのが不思議なくらいだ。
「あ、桃ちゃん、おはよう!」
お、堀!
よし、浜野さんの相手はお前に任せた!
俺が身を引いた浜野さんとの隙間に、堀がちゃんと割り込んでくれてほっとする。
そのまま村井と3人で話しててくれよ。
あ、虎次郎だ。
ボーダーのポロシャツに裾をめくりあげたジーパン姿が男らしく決まってる。
「おはよう。虎次郎もカヤックだっけ?」
「そう。天気が良くてよかったな。」
「うん。この時期でも日焼けするよな、きっと。」
今日の午前中はマリンスポーツ体験。うちのグループはシーカヤックを申し込んである。
全員でバーベキューランチのあと、午後は宿泊しているホテルの前のビーチでのんびりというのが今日の予定。
「日向くん! 富樫くん!」
・・・あ。
今日はもう一人いたんだっけ。
「ああ、山口さん。おはよう。」
テンションが下がる・・・。
きのう、八重女が同じ宿だってわかったとき、 “見つかりませんように!” と祈った。
もし見つかっても、茉莉ちゃんのことを考えて、遠慮してくれるんじゃないかと期待した。
だけど、無駄だった。
夕食から部屋に戻る途中で声をかけられ、茉莉ちゃんがいないのを確認すると、親しげにどんどん話されてしまった。
急いで用事を作って逃れたけど、全然気にしてないな。
交流会のとき、茉莉ちゃんとのことを柳原さんに言っておいたのは無駄だったみたいだ・・・。
「おはよう! これから朝食?」
「うん・・・。」
「わたしたちもなの。ちょうどよかった♪」
よくない。
自分の学校の友達はどうしたんだよ?
ここの朝食はビュッフェスタイル。空いている席に自由に、と言われている。
この様子だと、同じテーブルに来るつもりか?
「数馬。俺、部屋に忘れ物したから取ってくる。あとでな。」
「え?! 虎次郎?!」
俺を見捨てた?!
「日向く〜ん。」
ああ・・・、浜野さん。
追いついてきたよ。
ああ、もう・・・、めんどくさい。
「ねえ、知り合い?」
浜野さん、近いよ。
腕に触らないでくれ。
「うん。八重桜女学院の生徒会長の山口さん。」
「ふうん。生徒会長さんなんだー。」
「日向くん、こちらは?」
「あ。日向くんと同じクラスの浜野桃子でーす♪」
そういえば堀と村井はどうした?
なんだ、すぐ後ろにいるじゃないか。
「山口さん。この二人も同じクラスで、こっちが堀、こっちが村井。」
「「よろしく。」」
「この人は八重女の山口さん。生徒会長をやってる縁で知り合いなんだ。」
ほら、美人だろう?
お嬢様と知り合うチャンスだ、頑張れよ!
「ああ、あそこのテーブルが空いてるよ。4人掛けだから、そっちの4人でどうぞ。俺は・・・向こうの知り合いのところに行くから。じゃ!」
堀と村井が “任せとけ!” という顔でうなずく。
俺たち三人ともHAPPYになれるんだから、よかったよな!
「翔。隣、いいか?」
「お、数馬か。うん、空いてるよ。」
長いテーブルの真ん中あたり。
一人分なら、席を見つけるのは簡単だ。
「なんで、お前、一人なの? クラスで浮いてるのか?」
料理を取って戻ると、翔が真面目な顔で訊く。
「そういうわけじゃないよ。逃げてきたんだ。」
「逃げてきた?」
「ふふ。」
向かい側から笑い声がして、顔を上げると森川さんだった。
「あ、ごめんなさい。きのう、売店の前を通ったときに見かけたから。」
「なになに? 数馬の弱点?」
弱点って・・・まあ、似たようなものか?
森川さんが、 “話してもいいの?” という表情で俺を見る。
「どうぞ。」
どうせ、どこからか噂になるだろうから。
「日向くんは女子2人に言い寄られて困ってるのよ。ね?」
「ああ。一人は浜野だな? 一日目からけっこう目立ってるぞ。」
やっぱり。
「もう一人は?」
「八重女の生徒会長。」
「へえ。もしかして、あのテーブルか? ときどきこっち見てるけど。」
「そう。堀と村井に任せて逃げてきた。」
二人が積極的に協力してくれてよかったよ。
そうだ!
「森川さん、浜野さんと同じグループだよね? 俺が困ってるの知ってるなら、もっと引きとめてくれよ。」
「うーん、意外と難しいんだけどな。」
「同じ班の男はどうしてるんだよ? 佐藤だっているだろ?」
「頑張ってるみたいだけど、桃子って逃げるのが上手いんだよね。いつの間にか日向くんの隣にいるんだもん。でも、今日は別行動でしょ? あたしたちはバナナボートだから。」
午前中はね。
「数馬が女子に言い寄られて悩んでるなんて、変な感じだなあ。」
「俺だって信じたくないよ。」
そういうのって、男にとっては夢かもしれないけど、今はただ面倒なだけだ。
あーあ。
これが茉莉ちゃんだったらなあ・・・。
午後は、あんまりひどかったら部屋にいよう。
茉莉ちゃんのメールを、ゆっくり見直すのもいいな。
・・・どれにしよう?
夕食前のひととき、たくさん撮った写真の中から、茉莉ちゃんに送る写真を選ぶ。
きのうとおとといは夕焼けの写真を送ったから、今日は夕焼けはなしかな?
でも、きれいだったから、夕焼けシリーズみたいに毎日っていうのもいいような気がするけど。
夕焼けの海・・・。
今日は撮れないかと思った。
浜野さんと山口さんの攻撃を避けるために。
午後に見た浜野さんの水着姿は、はっきり言って、恐ろしかった。
ぽーっとしてる男が多かったけど・・・、まあ、それも当然だと思う。あの体型だから。
なにしろ、水着がぎゅう詰めで・・・って、変な表現か?
でも、まさにそんな感じ。「うわ。」って思わず見ちゃうような・・・見ちゃいけないような。
カヤックでけっこう体を使ったし、波の音を聞きながら昼寝ができたら気持ちいいだろうなと思っていた。
でも、一人になんかなったら浜野さんに何をされるか分からないと思って、結局、みんなでビーチバレーをやったりして。
水族館から戻った八重女の生徒が出て来たときにはまた祈ったけど、効果がなかった。
すぐに山口さんに見つかってしまった。
まっすぐ俺たちのところにやって来た彼女を見て、気を使うのが嫌になって、頭痛がするからと言い訳して部屋に戻った。
そのまま夕食まで閉じこもるしかないと思っていたけど、部屋にあったホテルの案内を見ていたら、ビーチに沿って散策路があることがわかった。
ビーチとは反対側にある玄関から外に出て、建物の横からプールや庭園の間を抜ける遊歩道に出ると、まばらな植え込みが俺の姿を隠してくれた。
遠くに聞こえる楽しそうな笑い声。
すぐ近くで聞こえる波の音。
茉莉ちゃんが一緒にいたら、と、どんなに願ったことか!
手をつないで、話はあんまりしないで、ゆっくりと歩いて。
想像の中の茉莉ちゃんは、赤地に白い花柄の布を、胸と腰に巻き付けたポリネシアン・スタイル。
片方の耳のうしろにジャスミンの花を飾って、いつもの黒縁メガネ、少しうつむいて恥ずかしそうに俺を見上げる瞳。・・・ああ、可愛い!
あの姿は当分忘れられないな。
そんなふうにぼんやりしているときに気付いた夕焼け。
まだ少し早めで、空は水色が多かった。
いつか、茉莉ちゃんと二人で・・・・あ。
メールを送るんだった。
あれ?
着信・・・今日は茉莉ちゃんから先に?!
やったーーー!!
今日は俺への返事じゃないぞ!
どれどれ。
今日は酪農体験だったはず。
茉莉ちゃんのメールは文章が少ないからな。・・・おお! 今日はこんなに!
『お元気ですか?』
うんうん、元気だよ。
っていうか、元気が出たよ。
『今日は乳牛をたくさん飼っている農家にお邪魔しました。体育館よりも広い牛舎に、牛がずらっと並んでいました。』
今日も小学生の作文みたいな文章。
茉莉ちゃんの緊張している姿が見えるようだ。
『わたしたちは牛のブラッシングや餌やりをしたんだけど、芳くんが、「牛がこんなに大きいとは思わなかった!」って驚いていてね、』
ん?
文体が変わった?
『餌箱に餌を入れるときなんか、ものすごいへっぴり腰なの! 牛が顔を突き出したときには大きな声を出して飛びのいて、餌をこぼしちゃったりして。どうやら牛が怖かったみたい。いつも落ち着いてる芳くんの意外な一面を見て、みんなで笑ってしまいました。』
みんなで笑って、か・・・。
いいなあ。
『この写真はね、刈り取った後の牧草地なの。向こうの丘までずっと。』
“向こうの丘” っていう言葉がいいな。
『誰かが言ってたけれど、北海道と沖縄の日没の時間は1時間半くらい違うらしいですね。数馬くんが送ってくれる夕焼けは、わたしが見た夕焼けよりも一時間半も後だなんて、ちょっと不思議な気がします。では、おやすみなさい。茉莉花』
茉莉ちゃん・・・会いたいよ。
今日も夕焼けの写真を送ろう。
「日向。夕飯行こうぜ。」
「あ、うん。」
メールは夕食のあとでだな。