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メガネに願いを  作者: 虹色
第二章 前進
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◇◇ 何様? ◇◇


友達ができた。


前の席に座っていた江川佳奈恵(かなえ)ちゃん。

無理に頑張らないことにしようと決めた次の朝、教室に行くとすぐに「ねえねえ。」と話しかけてくれた。


「大野さんの下の名前って、そのまま『まりか』って読むの?」


男の子みたいなショートカットに日焼けした肌。くりくりした目と少し早口の話し方が楽しそう。


「うん、そうだよ。」


わたしも楽しい気分で答えると、彼女はちょっと口をとがらせて考えてから言った。


「あの字って『ジャスミン』って読むよね? うちのお母さんが飲んでるジャスミン茶に書いてあるよ。」


ああ!

たしかに中国茶のパッケージに書いてある。


「うん、そうなの。うちの親が、そういう意味でつけた名前なの。」


江川さんの飾らない可愛らしさに、普段は説明しないことまで付け加えてしまう。

さすがに家でそう呼ばれているとは言えないけれど。


「へえ。花の名前をつけてもらえたなんて、幸せだね。」


「そうかな?」


「うん、美人になりそうだもん。」


その予想には笑ってしまったけれど、それからも江川さんは何度も振り向いて話しかけてくれて、お弁当も一緒に食べるようになった。


彼女は周囲から「カナちゃん」と呼ばれていて、わたしもそれにならっている。

わたしのことは、なぜか「茉莉さん」と呼ぶ。

小柄な彼女とそれほど変わらない体格のわたしを、どうして “ちゃん” ではなく “さん” で呼ぶのか尋ねると、


「何か、侵しがたいオーラがあるから。」


と、笑いながら言われた。

今まで目立たないことが悩みだったのに、今度は「オーラがある」なんて。変なの。メガネのせいかな?



陸上部で短距離ランナーのカナちゃんは、いつもにこにこしていて元気いっぱいだ。

よく通る明るい声でよく笑う。

彼女につられてわたしも笑うことが増えた。

素直な性格の彼女にははなしがしやすくて、つい馬鹿なことを言ってしまっては笑われている。


「茉莉さんって、もっとお姉さんっぽいひとかと思った!」


そう言って笑っているカナちゃんを見ながら、自分が普通の生徒として認められた気がして嬉しくなった。


カナちゃんの笑い声につられて話しかけてくるひとが増えた。

はじめは、カナちゃんだけに話しているのかと思って仲間に入るのを遠慮していたら、


「そう思わない?」


と、同意を求められてびっくりした。

だんだんと、わたしだけのときにも話しかけてもらえるようになってきている。

全部、カナちゃんのおかげ。

最近はカナちゃんとわたしに、栗原くんとそのお友達が加わることがあって、男の子とも話す機会が増えた。


頑張るのをやめようと決めたらこんなことになるなんて・・・不思議なめぐりあわせだ。





「大野さん。先輩が呼んでるけど・・・?」


新年度が始まって3週目の月曜日の放課後。

置き傘を持って帰るかどうか迷いながら、部活に行く前のカナちゃんと一緒に窓から空を見ていたら、うしろから声をかけられた。


「え?」


わたしのところに来る先輩って、まさか・・・?

うわーん、やっぱり!


教室のうしろの出入口で、にこにことこちらを見ている啓ちゃん。


「あれ? あのひと誰だっけ? 見覚えがあるけど・・・?」


「あー・・・、ええと、生徒会長の星野先輩・・・。」


そうだった。

今日から手伝いに来いって言われてたんだ。

急いで逃げ帰ろうと思っていたのに、うっかり忘れてた・・・。


だけど!

迎えに来るなんて!

目立つじゃないの〜!


教室に残っていたクラスメイトたちが、さわやかな笑顔の啓ちゃんを少し離れた場所から見守っている。

早く行かないと、啓ちゃんが大きな声でわたしのことを呼ぶかも・・・。


「ごめん、カナちゃん。わたし、行かなくちゃ。」


「え? お迎え? あのひと、茉莉さんの彼氏なの?」


「違うよ!!」


思わず、普段は出ない大きな声が出た。

言った自分がびっくり。


「あの、実は、生徒会のお手伝いをすることになって・・・。」


「生徒会? 茉莉さんが?」


「そうなの。ちょっと義理があって。詳しいことはまた明日。じゃあね。」


大急ぎで、廊下から2列目のうしろから3番目の自分の席で荷物をまとめて啓ちゃんのところへ。


思いっきり文句を言いたいところだけれど、ほかの生徒の目があって、それができないのが悔しい。

それをわかっていて機嫌良くにこにこしている啓ちゃんが恨めしい!


「あれ? 星野先輩?」


わたしが啓ちゃんのところに到着したと同時に、廊下側から男子の声。


「え? なんだ、翔か。このクラス?」


え?

「翔」って・・・栗原くん? 知り合い?


「はい。・・・あれ? 大野?」


お互いに不思議そうに相手を見る。


「ああ。・・大野さんに、今度、生徒会の手伝いをしてもらうことになってね。」


「あ! 大野を生徒会に引っぱったのって、星野先輩だったんっスか?」


栗原くん、啓ちゃんとずいぶん親しそうだけど・・・?


「一緒に風紀委員やる予定だったのに、『生徒会をやらなくちゃいけなくなった。』って、裏切られたんですよ、俺。」


“裏切る” って・・・。

わたし、「考えておく」って言っただけだよ?


「風紀委員? ジ・・・彼女と? 翔が?」


あぶないあぶない。

今、「ジャス」って言いそうになったよね?


「そうですよ〜。去年も一緒にやったのに〜。なあ、大野?」


「え? あ、うん、そうそう。」


あ〜、ハラハラする〜。

もう行きたいよ〜。


「あの、け」


違う!


「星野先輩。そろそろ・・・?」


「あ、そうだね。」


早く行こう!


「栗原くん、またね。」


「あ、ああ。・・・もう仕事してんのか?」


「いえ、ええと、お手伝いなの。」


「へえ、大変だな。だけど、わざわざ会長が迎えに来るなんてVIP待遇じゃん。」


え?!


「そう?!」


「うん。そう思ったけど・・・。」


目立ってる?

やっぱり目立ってるんだね?


「そんなことないんだよ! 全然! じゃあね。」


啓ちゃん、急いで行こう!


「またな、翔。」


うしろに栗原くんの「失礼しまーす。」の声を聞きながら、啓ちゃんを急かしながら歩く。

すれ違う生徒たちが、まず先に存在感のある啓ちゃんを見て、それからカッコいい生徒会長と並んで歩いているわたしをチラッと見たあと眉をひそめる。

明らかに「なんで?」って言っているよね?


ああ・・・、早く帰ってしまえばよかった・・・。


「あの・・・先輩。お迎えはいらないんですけど?」


おずおずと切り出すと、啓ちゃんは相変わらずにこにこしたまま答えた。


「行かないと逃げちゃうと思って。」


よくわかってるね。


逃げたい。

逃げられるなら。

生徒会の優秀なメンバーと一緒にいるのって、けっこう気を遣うんだもん。


それに、最初は日向くんとお話しできるかも・・・なんて思ったけれど、金曜日に行ってみたら、今度は近過ぎて恥ずかしかった。

“近過ぎる” って、実際の距離のことじゃなくて(実際の距離も近いけど)、なんていうか、人口密度的な意味で。

わたしのほかには7人しかいないわけで、そうなると、日向くんと面と向かい合って話さなくちゃいけないこともあるはず。


そんなこと無理!


あの日、啓ちゃんに紹介してもらってる時点でわかった。

日向くんと普通に話すことなんてできない。

離れたところから目を合わすことさえ恥ずかしいのに!

ああ・・・、やっぱり引き受けるんじゃなかった・・・。


「明日は自分で来る?」


「あ、行きます。はい。ちゃんと。」


逃げられたら逃げよう。


「じゃあ、明日は俺は行かないから。」


よかった!

逃げられる確率『大』!

もしかしたら、行かなくちゃいけなくなるかもしれないけれど、だとしても、こうやって注目されるのだけは免れるよね?







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