◇◇ 不安が募ります。 ◇◇
いよいよ来週は修学旅行。
月曜日から金曜日まで、平日5日間。
うちの学校は北海道と沖縄の2方面から選択することになっている。
一年生の終わりに希望は提出済みで、夏休み明けからグループごとの活動計画も進んできている。
それほどたくさんのグループ活動があるわけではないけれど。
わたしは北海道を選んだ。
だって、沖縄だと・・・水着を着なくちゃならない可能性が高いから。
きっと景色は綺麗だと思うけれど、それはいや。
たとえ北海道が広くてバス移動ばかりだとしても、寒くて荷物が多いとしても、絶対に沖縄よりも北海道!
・・・と、思っていた。
でも、今は少し後悔している。
数馬くんが沖縄に行くから。
だけど!
数馬くんの前で水着姿になんかなれない!
だって、クラスの女の子たちに聞いたら、みんな水着はビキニだって。
なにしろ、水着売り場ではビキニしか売っていないとか。
最近、水着を着ようなんて思ったことがなかったから知らなかった。
みんな、上にTシャツやパーカーを着るって言ってたけど・・・絶対に、絶対に、わたしには無理! みんなとの体型の差が出てしまう!
やっぱり北海道で正解!
「あれ? カナちゃん、そのマスコット、かわいいね。」
月曜の朝。
駅の改札口で一緒になったカナちゃんの陸上部の銀色のエナメルバッグに、見慣れないお人形が。
「あ、これ?」
「うん。」
小人、かな?
赤いほっぺにニコニコと笑う口元、黒い目、虹色の三角帽子と黄緑色の服、靴は赤。鮮やかな色合いが可愛らしい。
「あのね、きのう、大会があって。」
ああ、陸上部の。
「ええと・・・、もらったの。」
「大会で?」
参加賞とか・・・なの?
あれ?
カナちゃんの様子がいつもと違う?
「あのね、・・・手塚くんから。」
「ええっ?!」
いけない!
つい、大きな声が。
周りにもうちの学校の生徒が歩いているのに。
「て・・・、手塚くんも来てたんだ?」
当たり前か。陸上の大会だもんね。
落ち着け、落ち着け。
あんまり興味津々に訊いたら悪い・・・けど、気になるよ。
「うん。」
恥ずかしそうに下を向いてるカナちゃんなんて、今までになかった。
よく考えたら、もらったお人形をバッグに付けてるってことは・・・。
「そうか〜♪ よかったねぇ。」
手塚くんも、頑張ったねぇ。
「あ、茉莉さん、誤解してるでしょう?! べつにそういう意味じゃないんだよ。」
「そうなの?」
「そうだよ。一葉高校は、先週、修学旅行だったんだって。カナダに。」
「カナダ?! さすが私立だね。」
「うん。それで、きのうは2年生はエントリーしてなかったんだけど、」
「カナちゃんに会うために行ったんだ?」
それも重要な用事だなあ。
「ち、違うよ! 一年生の応援だって言ってたよ。これは、一年生に配ったお土産が余ったからってくれたんだよ。」
一葉は男子校だよね?
これはどう見ても、女の子用だと思うけど。
・・・あんまり追及しちゃかわいそうか。
わたしのせいでカナちゃんが警戒しちゃったりしたら、手塚くんに申し訳ないし。
「そう。ほんとうに可愛いね。」
「そうでしょう?」
手塚くん。
カナちゃんが気に入ってくれてよかったね。
「あ、ねえ、茉莉さん。きのう、7組の佐藤くんから聞いたんだけどね。」
「何を?」
「桃ちゃんっているでしょ、7組の。日向くんのこと、狙ってるらしいね。」
!!
「そう・・・なの?」
今も、まだ?
あ、深刻な顔なんかしたらダメ。
笑って、笑って。
「そのひと、どうしてそんなことを気にするのかな?」
「佐藤くんは、その桃ちゃんのことが好きなの。ずっと。ほら、文化祭で王子様役をやった男の子だよ。」
「ああ! 骨折しても役を降りなかった・・・。」
「そう。いい人なんだけどねー。」
「ふうん・・・。」
“いい人” がそんなに想ってくれているのに、どうして桃ちゃんは数馬くんにこだわるんだろう?
そりゃあ、数馬くんは何もかも特別かもしれないけれど、桃ちゃんが手に入れたいのは、数馬くんっていうステイタスに過ぎないって・・・。
もしかしたら、違うの?
もしかしたら桃ちゃんも、数馬くんそのものが好きなの?
だとしたら・・・わたしは、どうしたらいいんだろう?
「修学旅行では、乗馬が一番楽しみだなあ。」
お昼休みに7人でお弁当を食べながら、カナちゃんが言った。
修学旅行ではソノちゃんとカナちゃんはわたしと同じグループで、いくつか用意された体験コースから乗馬と酪農体験を選んだ。ほかに3人の男の子が一緒。
「菊池くんと別なのは淋しいんじゃない?」
香織ちゃんが冷やかすけど、ソノちゃんは平気な顔。
「全然。たまには別行動もありでしょ。」
なんだか年季の入ったカップルの発言みたい。
「そーお? 沖縄組の女子は、けっこう気合いの入った水着を選んでるらしいけど? みっちゃんだって、そうでしょ?」
「へへへ、まあね。そんな話、したっけ?」
え? 気合いの入った水着?
Tシャツはどうなったの?
「そんなこと知ってるよ。演劇部にも張り切ってる子がいるから。」
演劇部。
まさか桃ちゃんでは・・・。
「この前、どんな水着か細かく教えてくれたよ。その子、けっこうグラマーだしね、そんな水着を着たらグラビア写真みたいになっちゃうんじゃないかなあ?」
グラビア写真?!
修学旅行で?!
「自信があるんだねぇ。誰?」
「浜野桃子って知ってる? 7組で白雪姫の役をやった。」
やっぱり〜〜〜!!
「ああ、去年、同じクラスだったよ。顔もかわいいよね。」
そうなんだよ。
「うちの部にも狙ってる男子がいるよ。」
そうだろうね。
「後夜祭のとき、うちのクラスの渡辺くんがフラれたらしいよ。」
「ウソ?!」
「ほんと?!」
みんなが一斉に顔を寄せる。
「ほんと。打ち上げのときに話してるのを聞いちゃったもん。」
「あらら。渡辺くん、いい人なのにねえ。」
「そうだよねえ。」
“いい人” ・・・。
今朝、カナちゃんからも聞いた言葉。
いい人に好かれる桃ちゃんは、やっぱり “いい子” なの?
気になる。
数馬くんと同じクラスだし、どのくらい近付いているんだろう?
なんとか理由をつけて、訊いてみようかな。
今なら訊けるかも!
「ね、ねえ、ソノちゃん。桃ちゃんには好きな人、いないのかな?」
「え? 桃子に?」
「だって・・・、そんなに人気があるのに、彼氏がいないなんて。」
さっさと誰かとくっついてくれればいいのに。
「さあ、どうかな? 日向くんのことは相変わらず言ってるけど、あんまり上手く行ってないみたいだよ。」
言ってるんだ!
こんなにすぐに名前が出て来るってことは、数馬くん以外の男の子はいないってことだよね。
でも。
「上手く行ってないって・・・?」
「今度、合唱祭があるでしょ? 先週だったかなあ、日向くんのお母さんに合唱の指導を頼みたいなあ、なんて言ってたんだよね。」
「あ。わたしが習いに行ったから・・・?」
相変わらず積極的・・・。
「うん、たぶんね。でも、その話を出したとき、一緒に森川さんがいて、・・・あ、森川さんって知ってる?」
「うん。福祉委員会の委員長をやってる人だよね?」
「そうだっけ? まあ、その子が、大勢で家に押し掛けるわけにはいかないでしょって止めたらしいの。」
「もし、その場に森川さんがいなかったら・・・?」
数馬くん、押し切られちゃってたかも?
「うーん、ダメだったんじゃない? なかなか話が弾まないって、よくこぼしてるから。」
「そう・・・。」
じゃあ、心配はいらないのかな?
「だから、修学旅行は張り切ってるんだよ。」
!
「そうなの?」
「そうだよ。だって、修学旅行は24時間一緒なんだよ? セクシーな部屋着は禁止されてるけど、部屋の中なら見つからないし・・・ね。」
部屋の中?!
セクシーな部屋着?!
「そのうえ、あの体で水着姿なんか見せられたら、どんな男の子でもクラっと・・」
どんな男の子でも?!!
「・・来ちゃうかもね。まあ、菊池くんがそんなことになったら張り倒すけど。あははは。」
どうしよう?!
5日間、数馬くんは大丈夫なの?
やっぱりわたしも沖縄にすればよかった!
・・・違うかな?
グラビア写真の桃ちゃんと体型を比べられたら困る。
やっぱり北海道で正解なの?!