◇◇ わたし・・・? ◇◇
「茉莉花のクラスは自由曲決まった?」
生徒会が終わった帰り道。
空は西から順に赤、橙色、ピンク、紫・・・きれいな夕焼け。
太陽が沈むのが早くなり、もう秋なんだなあ、と感じる時間。
「うちのクラスはね、韓国系アイドルユニットの曲になりそうなの。」
今日のLHRでは、その提案でどれだけ笑ったことか!
思い出すだけでも可笑しい。
「ってことは、踊るの?」
「そうみたい。」
「ジャスミン先輩も、ですか?」
「ううん、わたしは文化祭で十分にやったから・・・まあ、劇に出なかった人が中心にね。」
男の子たちが女性ユニットのダンスを真似るのは絶対に秘密って言われてる。
「芳くんのクラスは?」
「うち? なんか、親の影響でアメリカのカントリー・ミュージックが好きなヤツがいてさあ。そいつの勢いで、英語の曲に決まったよ。」
「ふうん。」
カントリー・ミュージックか。
けっこうハーモニーが綺麗な歌もありそう?
「うちのクラスもそういう感じです。ビートルズなんですよ。虎次郎先輩のクラスはどうですか?」
「うちは秋葉系アイドルグループだってさ。」
え?!
あれって、全員で踊るよね?
「もしかして、虎次郎くんも踊るの? ちょっと想像できないけど・・・。」
「想像しないでくれよ、茉莉花。文化祭のときは男が全員反対して女装は中止になったけど、今回は男の3分の1が賛成に回ったんだ。」
さすが国民的人気の・・・。
でも、虎次郎くんが女装?
ミニスカートはいたり?!
可愛いポーズとったり?!
「ぷ・・・。あ、ごめんなさい。でも・・・、くく・・・。」
「笑うな! まったく、もう。今、逃げ道を模索中なんだ。・・・数馬のクラスは?」
「うち? ゴスペルだってさ。」
「ゴスペル?」
「ゴスペルって、教会音楽の・・・ですか?」
「うん。優勝を狙ってるみたいだよ。」
すごいな。
たしかに上手だと感動しそうだけれど・・・。
宗教系の曲ってどうなの?
・・・まあ、反対する人がいなかったんだからいいのか。
「・・・茉莉ちゃん。」
選曲の話題がひと段落ついたころ、気付いたら、隣に数馬くんが。
見上げた横顔は、穏やかに前を向いて。
幸せに、胸がじんわりと温かくなる。
赤くなった顔は、夕焼けが隠してくれるかな?
やっぱり鼓動が大きくなるけれど、前よりもパニック度は低い?
「俺、今度の合唱祭で、伴奏を引き受けたんだ。」
「伴奏を? 数馬くんが? わあ、すごいね!」
ピアノを弾く姿、かっこよかったもんね。
すごく楽しみ!
「いや・・・、べつにすごくはないんだよ。今まではピアノを弾けるってことを学校では言わないようにしてたんだけど・・・。」
「あ・・・、そう言ってたね。」
みんなに勝手に期待されるのが嫌だって。
「うん・・・。だけど、今のクラスには、ピアノができるっていう生徒が一人しかいなくて・・・、それが女子だったから、もともと人数が少ない女子が伴奏で抜けたら困るって意見が出て・・・、で、俺、自分から『やってもいい』って言ったんだ・・・。」
ああ・・・、数馬くん。
「いいね、そういうの。」
「そう?」
わ!
こっち向いた!
やっぱりドキドキするー!
「あのあの・・・うん。いいよね、そういう感じって。その・・・自分が役に立てるならって・・・、あ、数馬くんは、いつも誰かのために頑張っているから、わたしとは違うかも知れないけど。」
そうだよね。
数馬くんはみんなから人望もあるし。
「わ・・・、わたしが褒めたりするの、変だよね。だって、数馬くんは、いつもみんなのために・・・。」
「違うんだよ。」
「・・・え?」
違う?
「違う・・・と思う。」
そう・・・なの?
「俺・・・、今までは頼まれて、仕方なく引き受けてたっていうか・・・、少なくとも、去年まではそうで。でも、今年の生徒会になってから・・・少しずつ変わって・・・。」
数馬くん・・・?
そんなふうに言葉を選びながら、わたしに伝えようとしてくれている?
過去の自分を否定するようなことを?
「なんていうか、 “やってもいいな” みたいな・・・、前向きの気持ちっていうか・・・。」
「うん・・・。」
それを、わたしに話してくれるの?
「たぶん・・・、去年までだったら、自分からは言い出さなかったと思うんだ。もしも引き受けるとしても、嫌々ながらって感じで・・・。」
「・・・そう?」
「うん。きっと、見てる方も面白くないんじゃないかな? “偉そうに!” なんて思ったりして。だけど、今回は違ったんだ。・・・まあ、仕方なくっていうところは同じなんだけど・・・ “まあ、いいか。” みたいな。」
「うん。」
「なんだろう? 納得してる・・・ってことかな? うん、なんか、前よりも軽い気持ちで『やってもいい』って言えて。」
「うん・・・。よかったね。」
ああ。
数馬くんの気持ち、わかる気がする。
「そうしたら、周りの反応が違ってて・・・。」
「周り?」
「そうなんだ。俺、クラスから浮き上がってたりしてないと思ってたのに、」
「え? 数馬くんは、去年もちゃんと普通に・・・。」
絶対に!
ちゃんとクラスの輪の中にいたよ!
「うん。・・・ありがとう。」
にっこりと微笑んで。
でも、・・・違ったの?
「だけど、今日、伴奏を引き受けてみたら、なんていうか・・・みんながもっと近付いてくれたみたいな感じで。」
みんなが近付いて・・・。
「今までは、同じクラスにいるっていうだけの関係しかなかったんじゃないかと思ったんだ。」
数馬くんが?
「でも、でも、数馬くんは、去年だってみんなと仲良くして・・・。」
“いるだけ” っていうのは、わたしみたいな生徒のことを言うんだよ。
みんなの記憶にも残らないような。
「うん。たしかにクラスの一人としてそれなりの立場は確保できていたけど・・・それだけだったと思う。」
「数馬くん・・・。」
もしかして、孤独だった・・・ってことなの?
あれほどみんなに認められていたのに?
「だけど、伴奏を引き受けたらそれが変わって・・・、なんか、クラスっていう壺の中に、ボトンと落ちたみたいな。」
「クラスの壺・・・?」
「くく・・・。ちょっと変な表現だけど、今まではその壺の縁に座ってたような感じで・・・、中にいるみんなと話したりはするけど、自分は巻き込まれないままでさ。」
数馬くん・・・、なんだか楽しそう?
「中に落ちたら、みんなにもみくちゃにされそうだけど、それが何となく楽しかったりして。」
「うん。」
よかったね、数馬くん。
伴奏を引き受けようって思えたこと。
その気持ちを、クラスのお友達が感じ取ってくれたこと。
「よかったね、数馬くん。」
数馬くんが幸せな気分でいられることは、わたしも嬉しい。
数馬くんが笑っていてくれることが。
そして、それをわたしに伝えてくれたことも。
「茉莉ちゃんのお陰だよ。」
――― え?
「数馬くん?」
今、なんて?
「茉莉ちゃんが頑張っている姿を見てきたから、俺も前向きになれたんだ。」
わたし?
わたしが数馬くんの役に立った・・・?
わたしが・・・?
「そんな・・・。数馬くん、やだな、そんなこと・・・ないのに。」
ここで急になんて。
どうしよう? 涙が出そう。
ああ・・ダメダメ。
「あれ? あ、茉莉ちゃん・・・、ごめん、驚かせた? ほんとにごめん。ああ、どうしよう?」
わーん、数馬くんを困らせてる!
こんな道の途中で。
これから電車に乗るのに!
あ・・・、なんとか止まりそう?
「だい、じょうぶ・・・だよ。あの・・・、ごめんなさい、なんだか・・・びっくりして。」
でも、嬉しくて・・・って、また・・・!
「あの、ほんとうにごめん。どうしよう? その・・・、あ、星野先輩が。」
「え?!」
啓ちゃん?! たいへん!
こんなところを見られたら、数馬くんが困ったことに!
早く涙を拭いて・・・。
「どこ?!」
前? うしろ?
「・・・止まった?」
・・・え?
数馬くん・・・笑ってる?
もしかして。
「ウソなの?」
「うん・・・。くくくっ。だって、なかなか止まらないみたいだったから。」
そんな。
でも・・・、でも。
数馬くんがわたしを・・・からかった?
あんなふうに楽しそうに笑って。
「数馬くん、す」
!!
わたしったら、何を?!
今、「好き」って言いそうに・・・。
信じられない! 何やってるんだろう?
さっき泣いたばっかりだっていうのに。
自分で呆れはてて、恥ずかしくもならないくらいだ。
「なに?」
こんなに無邪気な顔してる数馬くんに・・・いきなり「好き」って言ったら・・・?
無理無理!
思いっきり、引かれちゃうよ!
「す・・・すごく驚いたよ。いつか、数馬くんが油断してるときに仕返ししちゃうから。覚悟しててね。」
「ええっ? 茉莉ちゃんのために言ったのに。」
「ふふ。数馬くんが慌てる姿を想像したら・・・あ! 思い出しちゃった! あははは!」
「何を・・・?」
「夏休みのこと! ほら、数馬くんの苦手な虫が。ふふ。」
「わああ、やめてくれよ! あんな姿を思い出さなくても。あ。まさか、またあれで驚かせるつもりじゃ・・・?」
「いくらなんでも、それはね。でも、油断しない方がいいよ〜。」
「茉莉ちゃん、怖いよ・・・。」
ほんとうは、今すぐにでも驚かすことができるんだよ。
わたしが「好き」って言ったら、数馬くん、ものすごーく驚くでしょう?