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メガネに願いを  作者: 虹色
第七章 二人の気持ち
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◆◆ 誰もいなければ。 ◆◆


「おはようございまーす。」


10月に入った。


九重祭が終わってそろそろ2週間。

校内はすっかり落ち着いている。

先週から制服が冬服に変わったから、落ち着いて見えるのはそのせいもあるのかも。



今週は年に2回の『あいさつ週間』で、俺たち生徒会役員が登校してくる生徒たちに、正門のところで朝のあいさつをしている。

俺たちの隣では福祉委員会が募金を呼び掛け、その奥では風紀委員会が服装チェック。

けっこう賑やかだ。


もう1回は4月の新学期に行われるから委員会活動はまだないけど、各部活が一年生の勧誘をしているからもっと賑やかだ。


「おはようございまーす!」


涼子ちゃんの元気な声。

少し高めで引き締まった声は、賑やかな中でもはっきりと聞こえる。

涼子ちゃんにつられて、あいさつを返す生徒の声も大きいような気がする。


「おっはよう、ジャスミンちゃん!」


「おはようございます。」


茉莉ちゃんの柔らかい声。

一回一回、丁寧に頭を下げて。

月曜日は不安そうにおどおどしていた表情も、3日目になって余裕が感じられる。


茉莉ちゃんの場合、茉莉ちゃんよりも先に声をかけてくる生徒が多い。

あのメガネが目立つのかも。

今も一年生の女の子2人連れが、「大野せんぱーい!」と手を振りながら通り過ぎて行く。


初日には、茉莉ちゃんに「ジャスミン姫」とか「姐さん」なんて声をかける生徒もいた。

でも、そんなものめずらしさも落ち着いて、今日は名字か以前からの「ジャスミンちゃん」以外は聞こえない。



ほんとうのところ、九重祭のあと、茉莉ちゃんに男が群がってきてしまったらと心配していた。

俺の気持ちの問題ももちろんあるけど、茉莉ちゃんが、そういう立場は苦手そうだから。


けれど、それほどではなかった。

もちろん、声をかけてくる生徒は増えたけど、茉莉ちゃんはいつもと変わりなく、控えめでにこにこしている。


「劇に出たおかげで、クラスのみんなと話せるようになったの。」


なんて、嬉しそうに話していたし。


それに、翔の話では、生徒会の三人が茉莉ちゃんの守りを固めている、なんていうウワサが流れているらしい。

“三人” とは、虎次郎と芳輝と俺のこと。俺もちゃんと入っていて、ほっとした。

俺一人では効果が薄そうだけど、虎次郎と芳輝も、となれば、そう簡単に茉莉ちゃんに手を出そうとするヤツはいないだろう。



「そろそろ終わりか?」


虎次郎が振り返る。

時計は・・・8時20分を過ぎたところ。

正門から見える道を眺めてみても、2人の生徒が見えるだけ。


「もういいかな。終わろうか。」


「生徒会が終わるなら、俺たちも終わりだな。」


「うん、あたしたちも。」


風紀委員長の翔が言い、福祉委員長の森川さんがうなずいた。


森川沙耶さんは同じクラスの女子だ。

はきはきして、成績もいいし、見るからにしっかり者。

痩せ型で背が高く、まっすぐな髪を背中まで伸ばしている。


それぞれの集団に終了の声をかけ、話しながら昇降口へ向かう。

茉莉ちゃんは涼子ちゃんと笑いながら。


「じゃあ、あたしは募金のお金を職員室に届けてくるから。」


あれ?


「森川さん、一人?」


「え? ああ、うん、そうだけど?」


お金や貴重品を預かった時は二人以上で行動する、ということになっているはず。

きのうとおとといも、副委員長たちがそうしていた。

誰かに襲われたり、運ぶ途中で紛失したりして疑われることを防ぐためだ。

たとえ少額でも、そういうことが起きたときには誰でも嫌な気分になるものだし。


「誰かほかの委員は・・・?」


「今日は一年生ばっかりだから、戻っていいって言っちゃった。大丈夫だよ。」


そうは言っても・・・。

分かったら放っておけないよな。


「じゃあ、俺が一緒に行くよ。虎次郎。俺、職員室に付き添うから。」


「了解! じゃあ、放課後にな。」


あーあ。

茉莉ちゃんと途中まで一緒に行きたかったけど。

あ、手を振ってくれた♪ 放課後にね!


「ごめんなさい、日向くん。遠回りさせちゃって。」


「いいよ、べつに。少し急がないと。」


「うん。ありがとう。」


今週は朝から茉莉ちゃんに会える!

あいさつ週間なんて、一年中やってもいいよなあ・・・。





「今日の議題は11月の合唱祭がメインで、残った時間で修学旅行のグループごとの話し合いです。」


6時間目のLHR。

クラス委員に話を振られたイベント委員二人が前に出て、合唱祭の説明を始めた。


「日時は11月25日。1、2年生はクラスごとに全員参加。3年生は観覧可。歌は課題曲と自由曲。持ち時間は12分。審査は・・・」


11月25日? 茉莉ちゃんの誕生日だ!

何かプレゼントを用意しないと。


合唱祭は1、2年生だけでも16クラスあるから、見ているうちに眠くなったりもするけど、けっこう盛り上がるイベントだ。

毎年、歌を本格的に頑張るクラスと、衣装やダンスに凝るクラスに傾向が分かれる。


「自由曲の希望はあるか〜?」


イベント委員の堀が教室を見回し、俺たちは顔を見合わせたり、ひそひそと言葉を交わしたりする。

この様子だと、あんまり熱心な生徒はいない?


「はい!」


あれ?

浜野さんだ。


「ゴスペルはどうでしょう?」


ゴスペル?!


ゴスペルって、そんなに簡単にできるのか?

発声とか、合唱としてはかなり本格的な気がするけど・・・。


「難しくない?」


あ、森川さん。

そうだよな、やっぱり・・・。


「うーん、でも、やってみたら出来るんじゃないかな? どう、みんな?」


「桃ちゃんが “出来る” って言うなら出来るんじゃないか?」


「おう! 俺、頑張っちゃうよ〜。」


ああ・・・。

浜野さんが言うことなら、クラスの男どもは何でもいいわけか。


「じゃあ、ほかに提案がなければそれでいいか?」


「「「はーい!」」」


知らないぞ、どんなことになっても。


「浜野、曲は決まってるのか?」


「いくつか候補があるから、沙耶と相談して・・・いいよね、沙耶?」


沙耶って・・・ああ、森川さんか。

仲がいいのか?


「うん、いいよ。」


「じゃあ、そういうことで、よろしく。次は伴奏と指揮なんだけど、誰かいるか?」


「あ、俺、指揮ならいいぜ。歌は苦手だし。」


お、川村?


「ほかに立候補なし? ・・・じゃあ、指揮は川村で決まりだな。伴奏は?」


「・・・誰もいなければあたしがやろうか? 一曲なら。」


森川さんか。

勉強ができるうえに、ピアノも自信あるのか。

さすがだな。


「え? ちょっと待って。うちのクラス、女子が少ないんだから、歌から抜けられたら困るよ。」


浜野さん・・・、けっこう力入ってる?


「そうかな? 5人いれば大丈夫じゃない?」


「だめ! 特に沙耶はコーラス部なんだから、絶対に歌ってくれなくちゃ。」


へえ、そうなのか。


「でも、一曲なら・・・。」


「だめ! 合唱祭では優勝したいんだから! 沙耶が歌に入ってくれなくちゃ困る! それに、伴奏に入ったら、練習のときに教えにくいでしょ?」


ああ、なるほど。

文化祭のリベンジってわけか。


だけど、そうすると・・・?


「誰かピアノ弾けるヤツ、いないのか〜?」


ってことになるよな?


誰かいる?

・・・みんな顔を見合わせてるばっかりだ。


「誰もいないなら、やっぱり」


「俺、やってもいいよ。」



・・・言っちゃった。



「え? 日向?」

「日向くん?」


そんなに驚いた顔で見るなよ。

それに、こっちを見ながらささやき合うのはやめてくれ!


「日向・・・? できるのか・・・?」


「うん、まあ、それなりには。」


「二曲?」


「うーん、まあ、今からやればどうにか。」


一か月以上あるから、たぶん大丈夫かな。

っていうか、どうにかするしかないだろう?


黒板の前の堀がニヤリと笑う。


あれ?

どうしてだろう?

なんとなく嬉しい・・・ような。


「よし。じゃあ、伴奏は日向に任せた。課題曲の楽譜はあとで渡すから。自由曲の方もさっさと決めてくれよ。」


「はーい! 日向くん、よろしくね♪」


「うん・・・。」


・・・浜野さんに言われると、ちょっと引くのは何故だ?


「なんだよ、お前。」


隣の村井がニヤニヤしながら小声で言って、腕をドンと押す。

その向こうで原田がウィンク? よせよ!



――― 俺を応援してるのか?



今まで普通にクラスに馴染んでると思っていたけど・・・、今の感じって、いつもと違う。

なんて言うか、近くなったみたいな・・・。

ただ、伴奏をやることになっただけで?


どうしてなんだろう?



でも・・・なんとなく楽しい。


ほんとうに頑張らないといけないな。







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