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メガネに願いを  作者: 虹色
第六章 九重祭!
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◆◆ もう一人、名前で。 ◆◆


生徒会の見世物が終わったあと、軽音部のミニコンサートの間に俺たちは解散した。

茉莉ちゃんはクラスの友達のところへ行き、劇で一等賞になった喜びを分かち合っていた。

俺が友人たちのところに戻ると、さっきの舞台でのひと言のことで散々問い詰められて・・・あれは、単なるセリフだと答えるしかなかった。



“単なるセリフ” ――― 。



そう答えるしかないじゃないか!

言えなかったんだから。


ほんとうは言ってしまおうと思った。あのとき。

だけど、茉莉ちゃんは・・・。



茉莉ちゃんが、俺の言葉で元気が出るって言ってくれて、感動して・・・俺も伝えなくちゃと思った。

シチュエーションとしては申し分ない気がした。

みんなが舞台の方に集中している時間帯、その片隅の薄暗い場所。・・・まあ、服装がちょっとアレだったけど。


でも、自分の言葉に慌てている茉莉ちゃんが可愛くて、口よりも先に手が出てしまったのが失敗だった。


・・・いや。

正解だったのかな。



俺が触れたとき、茉莉ちゃんはさっと身を固くした。

明らかにうろたえて、困っていた。

それで我に返った。


夏休みのパソコンと同じ。

まだ早かったんだ。



口に出す前にわかってよかった。

言葉にしてしまったら、取り消すのは簡単なことじゃない。

本当のことなんだから取り消す必要なんてないんだけど・・・、茉莉ちゃんに避けられてしまったらおしまいだ。


それに、ほんとうは断りたいのに、俺への遠慮で断れないなんてことになったら、あまりにも可哀そうだ。

茉莉ちゃんにそんな思いをさせたくない。

触れたことをジョークにしてごまかそうと思ったときに、ちょうど涼子ちゃんが来て、俺の行動がうやむやになったのはラッキーだった。



まあ、仕方がない。

相手は茉莉ちゃんなんだから。



4月に比べたら、ずいぶん進んでる。

最初は近くにいることさえ難しかった。

星野先輩に頼まれて放課後に迎えに行ったときなんて、並んで歩くこともできなかった。


それから少しずつ、少しずつ、俺に慣れてくれて。


話すこと。

並んで歩くこと。

二人だけで過ごす時間にだんだんと笑顔が増えて。

ちょっとふざけたり・・・拗ねた顔を見せたり。


思い出すだけで、つい、笑顔になってしまう。

楽しくて、可愛い茉莉ちゃん。



大切にしたい。



今日はみんなの前で、俺のことを名前で呼んでくれた。

俺が頼んだから。

恥ずかしいのに、頑張って。


さっきの舞台では、俺が思わず言ってしまった言葉と手をつないだことに動転して腰を抜かすほどだった。

あの場でならちょっとした演出として片付けられると思って、いたずら心で ―― 半分は本気だったけど ―― やってしまったこと。それにあんなにショックを受けて・・・。

なのに、さらに俺が告ってしまったりしたら、茉莉ちゃんへのプレッシャーはどれほどの大きさになるのか計り知れない。


ほんとうに、気付いてよかった。

茉莉ちゃんにはゆっくり・・・、少しずつじゃないと。



誰かに先を越されてしまうかも、って焦るけど、俺と茉莉ちゃんの関係を、他人と比べても意味がないことだ。

二人の関係は、二人で作って行かなくちゃいけないものなんだから。

・・・とは言っても、自信のない俺が焦らないでいるのは難しいだろうな。



それにしても、俺、最近、体が先に動くことが多くないか?

さっきもそうだし、この前なんか、いきなり抱きしめちゃったり・・・あれは、自分でも信じられない気がする。


もしかして俺って、理性が足りないんだろうか・・・?







「今年の九重祭はいろんなことがあったなあ。」


後夜祭が終わって駅で電車を待ちながら、途中で一緒になった芳輝が言った。


「そうか?」


「うん。まあ、クラスの方はそれなりだったけど、ハプニングがね。」


「ハプニング?」


・・・笑ってるよ。


「そう。まあ、おもに数馬と茉莉花だよな。いやあ、楽しませてもらったなあ。はは。」


う。


たしかにいろいろあったけど。

芳輝はたいてい一番近くで見てるけど。


そんなに笑わなくても!


それに、さっき茉莉ちゃんを抱き上げたことだって、ほんとうは気になってるのに・・・。


あ。

栗原だ。


改札口からの階段を10人くらいで下りてきたところ。

ホームにはうちの学校の生徒が大勢いるけど、その中でも頭一つ分高い栗原はすぐに目に付く。

目が合った?

ちょっと手を上げて合図。


・・あれ?

こっちに来る?

俺のことなんか気にしなくていいのに。


「よう。大野の子分二人組。」


栗原がニヤリと笑いながら言った。


「そういう自分も似たようなものじゃないか。ジャスミン姫のしもべだろ?」


芳輝が隣で笑いながら言い返す。


「しもべじゃなくて恋人だ。・・・うーん、やっぱりしもべの方が近いか?」


「あの衣装で愛を語っても、ちょっとね。」


「あれは大変だったんだぞ、壊れないように動くのが。舞台から引っ込むたびにテープで修理してさあ。」


意外な苦労話に笑ってしまう。


栗原が芳輝と話しているのは見たことがなかったけど、この二人ってけっこう気が合ってる?

栗原は物怖じしない性格でおしゃべりだし、芳輝は何でも面白がるからな。

一緒にいると、なんだか楽しい。


電車が来て、しばらく開かない側のドアの前に3人で陣取って、文化祭や体育祭の話題に花が咲く。


「そういえば俺さあ、今日の『借り人』のとき、てっきり日向は大野を連れに来たのかと思ったよ。」


え?


「な、なんだよ、いきなり?」


どうして今、茉莉ちゃんの話題なんか出す?


「ああ、俺もそう思った。」


芳輝?!


「やっぱり? そうだよなあ?」


なんだ?

何を二人で笑ってる?


「どうして俺が茉莉ちゃんを連れて行くんだよ? あのときの指示は『身長180cm以上の生徒』だったのに。」


それに、ゴールするまでその指示は発表されないはず。


「あれ? 数馬は知らないの? 『借り人』って、別名『告白レース』って言われてるらしいけど。」


告白レース・・・?


「そうそう。俺も今日、初めて聞いたんだけど、あのカードに書いてあることに関係なく、好きな相手を指名して連れていく生徒がいるんだってさ。ほら、指名されると断れないだろ?」


「え?! そんなこと・・・。」


知らなかった・・・。

ってことは・・・。


「だから俺、日向がこっちに走ってきたときにはてっきり目標に向かって・・・」


ちょっと待て! 

それ以上は!


「なな、何言ってんだよ、栗原! どうして俺が、そんな。」


だいたい “目標” って!

俺はお前に対して、茉莉ちゃんが好きだって認めたことはないぞ!


「いやあ、俺も、数馬があんまりまっしぐらに走って行ったから、いよいよかって思ったんだけど。」


芳輝?!

もしかして、芳輝の中では “俺” と “告白” と “茉莉ちゃん” がつながっているのか?


ウソだろ? まさか!

そんなこと、あるわけない!


「な・・・、何が? あのレースは自分のチームから指名するのが普通だろ? 選ばれた方のチームにも得点が入るんだから。」


そうだよ。

それが普通の考え方だ。


「だから、自分のチームの応援席に走って行くのが当然じゃないか。途中で栗原を見つけたし。」


別におかしなことなんかないじゃないか。


「そ。当然なんだよ。だけど、俺と和田は、勘違いしちゃったってこと! な?」


「くくっ。そういうこと。」


〜〜〜〜〜!!


なんだか悔しい!

二人して俺をからかって!


「意味がわからないな、そんな言われ方をするなんて。」


ここはとぼけ通すのみ!


「はいはい、そうだよなー、日向。」


「そうかー。やっぱり単なる勘違いってことか。」


そうそう。

・・・って、二人で意味ありげに笑うのはやめてくれよ!


「数馬って、なんか可愛いよなあ。」


?!


「あ、和田もそう思う? 俺も最近・・・」


「やめろ。」


「そうやって赤くなってるところとか、男心をくすぐるよなあ。あははは!」


「つい苛めたくなっちゃうね。ははは!」


この二人が組むと、最強な気がする・・・。





ようやく緑ケ原の駅だ。

たった4駅なのに、とてつもなく長かった。


芳輝と別れて栗原と改札口に向かう。

そこで、なんとなく違和感が。


「日向と一緒に帰ってくるのって、初めてだなあ。」


「・・・そうだっけ?」


そうだ。それだ。

違和感の原因。


「一年間同じクラスだったのに不思議だなあ、偶然もなかったなんてさ。」


「うん・・・、そうだな。」


ほんとうは、俺が避けていた・・・からだ。

“避ける” っていうほど積極的ではないけど、気付いても、特に気にしなかった。

栗原はたいてい誰かと一緒にいたから、たぶん俺には気付かなかったんだろう。


「栗原。」


「なんだよ?」


「俺、お前のこと、少し誤解してたみたい。・・・ごめん。」


ずっと、ただのお調子者のウザいヤツって思ってた。

でもこの半年、茉莉ちゃんの話を聞いたり、直接話したりしているうちに、それだけじゃないって気付いた。


「なんだよ、いきなり?! 気持ち悪いだろ!」


「そうか? うーん・・・、そうだよな。まあ、いいや。終わり。」


言わなくちゃいけないことは言ったからな。


「日向。」


「なに?」


「俺はお前のこと好きだよ。」


「・・・そうか?」


「うん。日向って、何か任されると、気が進まなくても、頑張ってやるじゃん。そういうところ、偉いと思うし、信用できるから。」


「・・・そんなに褒めてもおごらないぞ。」


しかも、恥ずかしいじゃないか!


「ははは。期待してないよ。あ、俺もこれから、お前のこと “数馬” って呼ぼうかな?」


「今さら変えるのか? まあ、べつにいいけど。」


「お前も “翔” って呼べよ。俺が許す。」


俺も?

・・・それもいいか。


「うん。わかった。」


「あ! くくっ・・・、ははは!」


「なんだよ、急に笑ったりして。気味が悪いな。」


「だって、あはは・・、話の流れが・・・。」



「俺が『お前のこと好きだ』って言って、最後にお互いに名前で呼ぼうって・・・なんか、怪しすぎる! あははは!」


ほんとだ!


「やめろよ、栗原! そんな大きな声で。」


「“栗原” じゃなくて “翔” だろ、数馬? ちゃんと呼んでくれよ。ははは!」


わざわざ言い直させるのも怪しい!

しかも、声が大きいし!


「わかった。わかったよ。」


「呼んでくれってば。」


わかったけど、改まってやるとなると恥ずかしいんだぞ!


「ええと・・・翔。」


「うわ、ヤバい! そんな顔して名前呼ばれたら、ドキドキしちゃうだろ! 数馬はきれいな顔してるんだから、気をつけろよ! ほかの男の前でそんな顔するんじゃねえぞ。」


なんだそりゃ?!


「もう帰る。じゃあな。」


「じゃあな、数馬! またな!」


あーあ、でっかい声。

でも・・・、なんだか楽しいな。







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