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メガネに願いを  作者: 虹色
第六章 九重祭!
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◇◇ 数馬くんの手 ◇◇


「茉莉ちゃん?!」


転んだ!


手を引いてくれていた数馬くんが慌てて振り向いてる。


ああ、もう!

わたしったら、何をやってるんだろう?

でも、心臓が爆発しそうなんだもん! 頭もぐるぐるして。


「ごごご、ごめんなさい! すぐに・・・」


声が震えてる。

数馬くんにつないでもらってる手もガタガタと。


とにかく今は急がなくちゃ。こんな場所で・・・あれ?


立てない?! どうして?!

緊張し過ぎて、脚に力が入らないのかな?


どうしよう?!


「あれぇ? 大野、腰が抜けたのかな?」


「先生・・・。」


腰が、抜けた・・・?


これが?

言葉では使うけど、そんな人、一度も見たことがないよ!

ほんとうにあるの?


「大丈夫か? よっぽど緊張してたんだな。数馬。手を離して運んでやれよ。」


「ええと、そう思ってるんだけど・・・。」


手を・・・?


やだ!

わたしが握ってるんだ! しかも、関節が白くなるほどなんて。

早く離さないと数馬くんに悪い。

でも・・・ああ、まだ震えが止まらないし!



・・・?



手が・・・。


「あの、あの・・・。」


数馬くん、どうしよう・・・?


「やっぱり、動かせないんだよね?」


「動かせない? そんなにショックだったのか? 化粧が濃すぎて、顔色がわからないからなあ。」


どうしたらいいの?!

こんな場所にいつまでも座ってるわけには・・・。


「そろそろ俺たちの準備・・・、あれ、どうした? 誰か具合悪いのか?」


軽音部のひとたちだ!


「ごめんなさい、すぐに立ちますから。ん・・・・と。」


・・・・やっぱりダメ! 

脚に力が入らない!!

どうしたらいいの?!


「仕方ないね。茉莉花、動かないで。」


え?


うわわわわ!


どうしよう?!

これって・・・、これって・・・。


“お姫様抱っこ” って言われてる・・・?!


「よっ、芳くん、あの。」


「動くと危ないよ。俺だって慣れてるわけじゃないし。」


動いたら落ちる?!


「はいっ。」


でも、抱っこされて、片手で数馬くんの手を握ってる姿って、いったい・・・!


「誰かと思ったら大野か。あははは! そんな格好だと、まさに子分をこき使ってる姐御(あねご)だなあ! っていうより、逆ハーレムか? はははは!」


溝口くん!

なんてこと言うの!

うわーん!

恥ずかしいよ〜!


芳くんも笑ってるけど、落とさないでよ〜〜!!


「くくく・・・。今は数馬が動けないからね。」


!!


数馬くんに聞こえたらどうするの?!


え、でも・・・。

数馬くんが自由に動けたら、これを数馬くんが・・・?


だ、め―――――!!


そんなの途方もなく恥ずかしい!

それこそ気を失っちゃうよ!


「あ。」


手が離せた!


「下ろすよ。」


椅子だ・・・。

ああ、疲れた・・・。


じゃなくて!


「芳くん、ありがとう。」


芳くんはうなずいて舞台袖のみんなのところへ戻って行く。


「大丈夫?」


数馬くん・・・。

椅子の隣にしゃがんで、声をかけてくれている。

サングラスをはずして、ポケットからいつものメガネを取り出してかけて。

いつもの数馬くんが戻ってくる。



“いつもの数馬くん” 。



まるでおまじないみたいに、気持ちが落ち着いてきた。

わたしのメガネは・・・お化粧のときにはずして、カバンに入れたんだっけ。


「数馬くん、ごめんね。手、痛かった?」


爪の跡がついていたりしたらどうしよう?

でも、手を見せてなんて言えない。

さっきまでつないでいた手を・・・。


「痛くなかったよ。俺の方こそ、驚かせちゃって、ごめん。」


優しい口調。

ここは薄暗いし、メガネがないからよく見えないけれど、数馬くんはきっと心配そうな顔をしているね。

“驚かせて” ・・・って、あのことだよね。


「そんなことないよ。わたしこそ、セリフを忘れちゃってごめんなさい。数馬くんが気付いてくれなかったら、どうなっていたか。」


そう。


あの瞬間、体中の血が引く気がして、心の中で数馬くんに「助けて。」って言った。

そうしたら、すぐに数馬くんが前に出てきてくれて・・・。


「ほんとうにありがとう。それにしても、数馬くんのひと言、ものすごくウケたね。咄嗟に思い付いたとは思えないほど。ふふ。」



他人(ひと)の女に気安く声かけてんじゃねえ!』



見ている人たちの野次がすごくてセリフを忘れて慌てているところに、数馬くんが言った言葉があの状況にあまりにも似合っていたから驚いて・・・。



――― いいえ、違う。



単に驚いただけじゃなくて、 “もしかして” なんて期待して、勝手に盛り上がっちゃったんだ。

数馬くんがほんの少しでも、そんなふうに思って・・・そんなこと、あるわけがないのにね。

なのに、それでますます焦って、混乱して。

そんな状態のときに、手をつないでもらったりしたから・・・。


カーテンの陰に入るまで自力で歩いて来れたことが不思議なくらいだ。

でも、あのときに手を引っ張ってもらわなかったら、あのまま舞台の真ん中でぼんやりしていたかも・・・。


「わたし、いつも数馬くんにお世話になってるよね?」


「そんなことないよ。」


「ううん、そうだよ。数馬くんは、困っているときにちゃんと気付いてくれるから。」


「そう、かな?」


「うん。数馬くんは、よく『大丈夫?』とか『どうしたの?』って訊いてくれるよね? わたしね、そう言ってもらえるだけで元気が出るの。」





わたしったら、何てことを!


言いすぎだよ!

数馬くんの顔がはっきり見えないから、つい気が緩んで。

やだ、どうしよう?!

恥ずかしい!


「あの、その、これはその、」


絶対に顔が赤くなってる!

薄暗くてわからないといいんだけど・・・。


「茉莉ちゃん。」


あ、れ・・・?


数馬くんの声が変わった?

気を悪くしちゃったのかも!


「あの、数馬くん、わたし・・・」



!!



か・・・、数馬くんの手・・・が、頬に・・・?


これは・・・、これはどういう意味?!

もしかして、見つめられてる・・ような気がするけど・・・?


いえ、だけど、勘違いかもしれない。よく見えないから。

でも、よく見えなくても恥ずかしいのは間違いないし!


顔が熱いのに、数馬くんの手が。

気付かれちゃう!


だけど、この状況の意味が!

恥ずかしがるべき状況なの?!

それとも、さっきみたいに自分勝手に解釈して、ひとりで焦ってるだけ?!

ほっぺにゴミでも付いているだけかも知れないのに・・・。


どうしたらいいのーーー?!!


「茉莉ちゃん。その・・・」

「茉莉花せんぱーい!」


「はっ、はい!」


涼子ちゃんだ!

あ、手が・・・。


数馬くんが隣で立ち上がる。

まだ長い学生服を着てる・・・。


「無事終了?」


数馬くんの声・・・、いつもどおりだ。

わたしだけがこんなに慌ててる・・・?


「はい! 潤くんの女装が完璧すぎて、すごい反応でしたよ!」


「そう。涼子ちゃんの解説も上手だったよ。お疲れさま。途中から見ていなくてごめん。」


そうだった。

わたしに付いててくれたから・・・。


「いいんです。茉莉花先輩は大丈夫ですか?」


「うん、あの、ええと、はい。」


なんだか頭が混乱して・・・。


「立ってみる?」


数馬くん・・・、落ち着いてる。

さっきのは、わたしの取り越し苦労・・・みたいだね、やっぱり。


「うん。」



――― あ。



差し延べられた数馬くんの二つの手。


さっきつないだ。

わたしの頬に触れた。


同じ手だ。



「よいしょ。」



そうだ。


上手にピアノを弾く。

交流会のあと、背中を押してくれた。

パソコンを教えてくれた。

ペットボトルのふたを開けてもらったこともある。


いつも助けてくれる手だ。


「大丈夫みたいだね?」


優しい手とよく似合う優しい口調。


「うん。大丈夫みたい。」


「じゃあ、着替えて・・・お化粧を落とした方がいいよ。忘れて帰っちゃうと、家の人がびっくりするよ。」


お化粧?!


そうだ。

あんなに笑われたお化粧!


「うん。そうする。」


こんな格好をしてるときに、数馬くんが見つめてくれるなんて、あるわけないじゃない!

さっきだって、きっとこのお化粧が気になってたんだ。

笑いたかったのを我慢してたんだ。

だから、声の様子が違ってて・・・。



勘違いして変なこと言わなくてよかった〜〜〜!!







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