◆◆ もしかしたら、新しい何かが? ◆◆
火曜日の放課後に生徒会室に行くと、星野先輩が、木下の代わりの2年生が見つかったと言った。
「誰ですか?」
と尋ねると、星野先輩は笑った。
「往生際が悪くて、名前はまだ出さないでくれって言うんだよ。」
「でも、OKなんですよね?」
木下が不安そうに尋ねる。
「うん。やってもいいって言った。だいぶ脅したけど。」
脅した・・・?
笑ってるけど、ほんとうに大丈夫なのか?
俺たちの疑わしい表情に気付いて、星野先輩があわてて付け加える。
「大丈夫だよ! 近いうちに一度連れてくるから! いったん顔を出したら、やめるとは言えないよ、きっと。」
そうかも知れないけど、そうじゃないかも知れない・・・。
「それより、1年生の方はどう?」
「中学の後輩に当たってみてます。でも、なかなか・・・。」
「わたしも。」
「俺は一人、経験者がいることがわかったので、明日にでも行ってみます。」
「そう。一人決まると、その友達もやってくれることがあるから頑張って。あと、2年生も・・・。」
先輩と相談しながら、違うことを考えてしまう。
星野先輩が脅してまで頼んだ生徒って、誰なんだろう?
ものすごく優秀なヤツ?
人望が厚いとか。
この先輩に見込まれるなんて・・・ちょっと嫉妬してるのか、俺は?
・・・そうかもしれない。
だって、この生徒会が・・・俺の居場所が、そんなにすごいヤツが来たら、変わってしまうかも知れない。
俺は追いやられてしまうかも知れない。
・・・と、思ったのは取り越し苦労だった。
取り越し苦労どころか・・・。
「す、すみません。よろしくお願いします。」
金曜日の放課後に、星野先輩に引きずられるようにしてやってきたのは、 “超” が付くほど控え目な大野茉莉花さんだった。
顔を上げることさえできずに、前で組んだ手を見つめて、耳まで真っ赤になっている。
「ええと・・・こちらこそ。」
相手のびくびくした様子にどうしたらいいのか分からなくて、俺たちもおろおろしてしまう。
場の雰囲気を気にする様子もなく、星野先輩が気軽な調子で紹介する。
「ええと、・・大野さんは俺のちょっとした知り合いで、今回、生徒会役員に立候補してくれることになったから、みんなよろしく。役職は書記の予定だよ。」
ちょっとした知り合いっていうだけで、この内気そうな大野さんが生徒会役員に立候補することをOKするのか?
この前、星野先輩は「だいぶ脅した」って言ってたけど・・・。
「ええ・・お、大野さん、こっちに並んでるのが3年生で、手前から副会長の塩田、会計の中島、書記の皆川。」
星野先輩の声でようやく大野さんが顔を上げて、紹介された3年生の役員一人ひとりに頭を下げている。
あ、れ・・・?
こんなひとだっけ?
一年生の最終日から、まだ一か月経ってないよな?
「こっちが2年生で」
髪が伸びた?
肩下10cmくらいまでのすべすべした髪が、頭のてっぺんから裾までが楕円形になるように整えられている。
ななめに下ろした前髪と、俺とよく似た黒縁のメガネ。
小柄な彼女にはそのメガネは少し大き過ぎる。
「会計の富樫、」
ああ。覚悟を決めた表情。
去年、何度か見たっけ。
でも・・・こんな感じだったか?
「書記の木下、」
手をあんなに握りしめて。
まだ頬に赤味が残って、緊張した口元は形の良い唇を引き結んでいる。
大丈夫だよ、俺は知り合いだし。
何かあったら・・・。
「副会長の日向。」
・・・え?
あれ?
そんなに一瞬だけ?
去年、同じクラスだったのに?
ちょっと微笑んでくれたりとか、安心した顔をしてくれるとか、もう少し・・・。
「今回、木下が続けられなくなったんで、大野さんには・・・」
ほかのメンバーと同じ扱い?
俺のこと、覚えてない?
けっこうショックだ・・・。
でも、仕方ないだろ?
去年だって、とくに親しくしていたわけじゃないんだから。
だけど。
「日向は」
「は、はいっ!」
つい大きな返事をしてしまい、全員の視線が集まった!
不思議そうな顔で、星野先輩が俺を見る。
「すみません・・・。」
俺を呼んだわけじゃなかった。
恥ずかしい。
視線を落そうとしたとき、先輩の隣にいた大野さんと目が合った。
ほんの1秒。
でも。
見慣れたはずのメガネの向こうには明るい茶色の瞳?
毎日見てきたと思ってたけど、何も見ていなかったのか?
何か訴えかけるような視線があわてて逸らされて、その頬がまた赤く染まる・・・。
・・・・・あ。
忘れられたわけじゃなかった?
内気なひとだから、気軽に話せないだけなのかも。
男と目が合っただけであんなに赤くなっちゃうなんて、ほんとうに恥ずかしがり屋なんだな。
あんな態度とられると、俺までドキドキしちゃうけど・・・。
・・・なんで、こんなことで喜んでるんだよ?!
いや、喜んでるわけじゃなくて。
でも・・・もう一回こっちを見てくれないかな?
何を期待してんだ、俺は?!
さっきまで、大野さんのことはまったく忘れてたくせに。
そうなんだけど・・・、だって。
なんか、ちょっと嬉しくないか?
図々しいな。
やっぱり期待してるじゃないか。
べつに期待してるわけじゃない。
ただ、彼女が目を逸らす様子がなんていうか・・・。
・・・大丈夫か、俺は?
俺の心の中でのやりとりには誰も気付かずに、星野先輩は大野さんに説明を続けている。
「来週から練習も兼ねて、 “応援員” ってことで、手伝いに来てもらおうかな。」
「うそっ?!」
あ、しゃべった。
そういう言い方もするんだ?
「ん、・・大野さんは、部活もバイトも塾もないよね?」
「そうですけど・・・。」
あんな顔して。
まるで「騙された!」って叫んでいるみたいだ。
大野さんて、あんまりしゃべらないけど、心の中ではどんなことを考えているんだろう?
・・・星野先輩とはずいぶん親しそうだな。
どういう関係?
でも・・・来週から来る? 手伝いに?
なんか・・・やった、かも♪
何を浮かれてるんだよ?
去年は毎日、同じ教室にいたのに。
でも、あんなに恥ずかしがり屋なんだから、誰かが気を付けて見てあげないと。
星野先輩が会長の仕事で忙しいことを考えたら、去年の同級生の俺だよな?
今年の生徒会室は、去年よりも楽し・・・忙しくなりそうだ。