◆◆ 決めゼリフ ◆◆
「先生。ほんとうにこんなお化粧してたんですか?」
「間違いないよ。この前、DVD借りて、昔のドラマで確認してきたんだから。」
後夜祭が行われる体育館の舞台の裏で、田嶋先生が茉莉ちゃんに昔の不良の化粧をしている。
その隣で演劇部の園田さんが、潤にヤマンバの化粧をほどこしてくれている。
舞台では九重祭の委員たちが、九重祭の終了に当たってのあいさつをしている。
文化祭の投票結果の発表と表彰式はさっき終わった。
部活・有志参加部門では吹奏楽部が、そしてクラス参加部門では2年1組、つまり茉莉ちゃんのクラスが第一位だった。
発表されたとき、1組の女子は嬉しくて泣きだしてしまい、それを囲む男子の姿も集まった生徒たちの感動を誘う景色だった。
茉莉ちゃんは俺たちと一緒に舞台裏にいて、やっぱり少し涙ぐみながら、嬉しそうにそれを見ていた。
ところが、いきなり、その集団から
「小池香織さん! 好きです! 俺の彼女になってください!」
という大きな声が!
驚いて引いた1組の生徒の中に見えたのは、ベアード少尉役の熊田と、周囲が固唾を飲む暇もなく「はい!」と元気に返事をして手を握り返したカロリーヌ役の小池さんだった。
二人は恋人役ではなかったけれど、熊田が小池さんを抱きかかえて走る場面もあったことを思い出して、やっぱりこんなこともあるんだなと納得してしまった。
茉莉ちゃんは・・・今のところは大丈夫そうでほっとしている。
先生も俺たちも、すでにそれぞれの制服は着用済み。
普段通りの詰襟の学生服に、白い布製の肩掛けカバンと制帽と言われる帽子を持って面白そうに見回している虎次郎。
今よりも長めのスカートのセーラー服姿で、いつもは一つにまとめている髪を左右2本の三つ編みにしている田嶋先生。
丈を短く詰めた学生服に白いTシャツ、ズボンは極太の芳輝は、髪をリーゼントに固めている。
腰パン担当の慎也は、いつもはふわふわしたままになっている髪を、涼子ちゃんがワックスを使ってチャラい感じにセットし、ヘッドフォンを首にかけている。
潤は半そでのワイシャツにグレーのベストを着て、涼子ちゃんに借りたスカートを短く上げて履き、その下に膝までで切ったジャージ、そしてルーズソックス。化粧が仕上がったら、白髪の長髪のかつらをかぶる。
俺は赤い裏地にトラの刺繍が入った長い学生服、中は黒いTシャツ。裏地が見えるように前のボタンは閉めずに、ズボンのポケットに手を入れて歩くように言われている。
いつものメガネは却下されて、先生が持ってきた度の入ったサングラス。度が合わないけど、ないよりはマシ。髪はリーゼント風?
こんな格好をしてみると、気分もそれに似合ったものになってくる気がするのが不思議だ。
そして、茉莉ちゃん。
スケ番用のセーラー服の中に紫色のタンクトップを着て、袖を肘まで折り上げている。
足首まである長いスカートと、ストッキングをはいた足にヒールのついた靴。
先生が頑張っている化粧は、濃いブルーのアイシャドウ、目つきがキツそうに見えるように目尻を上げたアイライン、頬には斜めに赤い色が入り、唇も真っ赤。
アフロヘアほどではないけど、くるくるとパーマのかかったかつらをかぶることになっている。小道具は竹刀。
化粧した顔がよく見えるようにメガネはかけない。
素顔が見られると思ってわくわくしていたら、さっさと化粧を始められてしまって、結局よく見えなかった。
「どうかな?」
園田さんが潤の前から立ち上がる。
それを見て、田嶋先生も「こんなもんかな?」と言いながら、茉莉ちゃんの前の椅子から立ち上がった。
「うっわー! 別人ですね!」
「潤は誰だかわからないな。」
「二人とも、意外に似合ってる。」
周囲の感想を聞きながら、派手な化粧に似合わない不安そうな表情で、茉莉ちゃんがかつらを・・・・。
「くっ・・・、あ、その・・・、ごめん・・・、プフッ、ごほっ、くくく・・・。」
ダメだ。
可笑しい。
そのミスマッチがたまらなく・・・。
「あーあ。数馬がツボッた。」
「先輩、笑いすぎですよ。」
「ごめん・・・。くくっ、笑わないようにって・・・思ってるんだけど・・・、くふっ、だめだ・・・。もうダメ。あはははは!」
茉莉ちゃん、ごめん!
だけど!
「我慢できない・・・。ごめん。ふははは・・・。」
「あ、茉莉花?」
え?
「えいっ!」
パシーン!!
「いてっ!」
茉莉ちゃん?!
竹刀で?!
腕が・・・!
「いたたた・・た・・・。」
「あれ? そんなに痛かった?」
「茉莉花、すごくいい音だったよ。」
「茉莉さんて、意外に容赦ないんだね。」
「え、そう? そうっとやったつもりだったのに。」
ものすごく痛いんだけど?!
立ち上がれない・・・。
「メガネがないから、変なところを叩いちゃったのかな? ごめんね、数馬くん。」
ああ・・・。
そんなふうに素直に謝られたら、何も言えないよ。
「大丈夫だよ。笑った俺が悪いんだし・・・、う、ごめん・・・、見たらまた・・・、ちょっと・・・、ダメかも・・・、プフッ、あははは! ごめん!」
やっぱりダメだ!!
茉莉ちゃんの性格と、その姿のギャップが可笑しすぎる!!
「ダメだな、これじゃ。茉莉花は数馬の前に出ないようにしろ。」
「こじろ・・・、ごめん。あははは・・は、腹が痛い・・・。」
止まらない〜〜〜!!
見なくても、記憶に焼き付いて。
あんな格好で、「ごめんね。」なんて言うから・・・!
「数馬はこのまま疲れるまで笑わせておこう。涼子、あと何分くらいだ?」
「7、8分だと思いますよ。」
「ねえ、写真撮ってあげる。今ならお化粧もきれいだし。」
「わあ、ソノちゃん、ありがとう! この辺に並べばいいかな?」
「数馬先輩、早く。」
「あ、うん。」
なんとか笑いを止めなくちゃ。
茉莉ちゃんを見ないようにして・・・。
「せっかくだから、似合いそうなポーズでね! 茉莉さん、そんなにニコニコしないで。」
茉莉ちゃん・・・ダメだ、思い出しちゃ。
「いくよ。1、2の3!」
やっぱり可笑しい〜〜〜!!
『・・・共学になったころの制服です。女子は学生鞄と言われる黒い革製の・・・』
涼子ちゃんの解説に合わせて、虎次郎と田嶋先生が舞台の上で動いている。
『モデルは2年5組 富樫虎次郎と田嶋尚美先生です。普段は見られない田嶋先生のナチュラルメイクにもご注目くださーい!』
舞台の前に集まった生徒たちから大きな笑い声。
茉莉ちゃんと涼子ちゃんが楽しそうに考えていたのはこれか。
先生が舞台の上から涼子ちゃんに何か言ってるけど、涼子ちゃんは聞こえないふり。
『女子のスカートは今よりも長く、校則ではひざ下10cm・・・』
そろそろ交代か?
「数馬、大丈夫か?」
メガネの位置を調節しながら、芳輝が尋ねる。
「うん。茉莉ちゃんも・・・?」
「大丈夫。数馬くん、後ろ向かないでね。」
「うん。」
わかってる。
やっと笑いが止まったんだから・・・危ない! 思い出しちゃダメだ!
たくさんの口笛や歓声に送られて、虎次郎と田嶋先生が手を振りながら戻ってきた。
『次にご紹介しますのは、70年代から80年代を中心に、特定の学生の間で流行した・・・』
涼子ちゃんの声。
よし、行こう。
やたらと薄い学生鞄を持った芳輝がカーテンの陰から一歩踏み出すと、場内から「わあ!」っと声が上がった。
2、3歩後ろから、左うしろに茉莉ちゃんを引き連れた俺が続くと、さらに大きな歓声が。
練習した通りの歩き方で舞台中央まで進み、芳輝が観客に向かって斜めになるようにしゃがみこむ。
その手前に俺が偉そうな態度で立ち、二人の後ろの真ん中に、竹刀を肩に担いだ茉莉ちゃん。それぞれに、舞台の下の生徒をふてぶてしい態度で見下ろしている・・・はず。
三人とも、絶対に笑顔を見せないようにと言われている。
「いいぞー!」「似合うー!」という声の間に、「誰?」という声が聞こえる。
『モデルは2年4組 和田芳輝、2年7組 日向数馬、2年1組 大野茉莉花です!』
一人の名前が紹介されるたびに歓声と口笛、そして悲鳴。
あ。
もしかして、俺の名前も叫ばれてる?
ちょっと、ほっとするなあ。
『ポイントは薄く改造した学生鞄で・・・』
「弁当が入らないぞ〜!」
涼子ちゃんの解説に会場からヤジも飛ぶ。
芳輝がその生徒をジロリと睨むと、さらに喝采が。
「和田く―ん!」
という女の子の声援に、怖い顔のままカッコよく手で合図を送る芳輝にまた悲鳴のような声が上がった。
『女子はスカートを長くすることが校則違反の王道とされ・・・』
茉莉ちゃんが俺と芳輝の間を抜けて前に出る。
落ちないでくれよ!
一瞬ひやりとする。
俺の方がドキドキしてるんじゃないだろうか?
茉莉ちゃんはちゃんと立ち止まり、予定通り中央で仁王立ちになると、持っていた竹刀を床に打ちつけた。
「ジャスミンちゃーん!」
といういつもの掛け声・・・に混じって、今回はもう一つ。
「茉莉花姐さーん!」
その声に会場がどっと沸き、さらに掛け声と口笛が増える。
驚いた茉莉ちゃんが身をすくませる気配。
ここで茉莉ちゃんが決めの言葉を言うことになっているけど、驚いた拍子に忘れてしまったらしい。
口を開きかけて、困ったように、ちらっと俺に視線を・・・。
気付いたら、茉莉ちゃんの横から一歩前に出ていた。
俺の動きに何かを期待して、会場が静まり返る。
でも!
予定外の自分の行動に自分で驚いて、俺の頭の中は真っ白!
どうしよう?
何も考えてなかったけど、このまま退場するのは・・・ええい! いいや、言っちゃえ!
「テメェら! 他人の女に気安く声かけてんじゃねえ!」
一瞬の間。
そして、大喝采!
芳輝が顔を後ろに向けて笑っているのが視界の隅に見える。
「戻るよ。」
小声で言うと、茉莉ちゃんは目を見開いて驚いた顔でうんうんとうなずいた。
思い付いて茉莉ちゃんの空いている手を取り、練習した不良歩きで退場。
頭がふわふわして今にも倒れてしまいそうな気がしたけど、カーテンの陰に入った途端、ヘタヘタと座りこんでしまったのは茉莉ちゃんだった・・・。