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メガネに願いを  作者: 虹色
第六章 九重祭!
57/103

◇◇ どきどきの体育祭(1) ◇◇


「数馬くん、数馬くん、数馬くん。」


声を出さずに口の中でつぶやいてみる。

ほかの人に見られないように。


今日は言わなくちゃ。



きのうは散々だった・・・。


数馬くんと会ったのは放課後だけで、いつものメンバー以外がいる場面はなかった。

なのに!


“いつでも呼ばなくちゃ!” ということが頭から離れなくて、生徒会室の中でさえも、緊張のあまり声をかけることができなくなってしまった。

話しかけるときに、「あの」とか「ええと」とかで気付いてもらうようにして。

ほんとうに情けない。数馬くんは気付いたかな・・・。



一年生のことは、いつでも簡単に呼べる。

虎次郎くんと芳くんも、今までもときどきポンと出ていた。


でも、数馬くんは・・・ダメ。


思わず「数馬くん」と言いそうになったことは何度かあった。

けれど、そのたびに言葉はストップ。

急いで「日向くん」と言い直して。


だって。

わたしが数馬くんのことを好きだって、気付かれてしまいそうな気がするんだもの!



でも。



今ではたくさんの人が、わたしが「数馬くん」と呼んでいることを知っている。

虎次郎くんと芳くんも同じだってことも。

だから、数馬くんだけが特別なわけじゃない。

それに、呼ばないと、数馬くんが嘘つきってことになってしまう。


・・・だけじゃなくて、今度は呼ばないことで、わたしが数馬くんを特別に考えているって思われてしまうかも!



だから、何としてでも呼ばなくちゃ。「数馬くん」って。



でも。

恥ずかしいよ〜!!


ものすごいプレッシャー。

これに比べたら、劇でロリータファッションを披露するくらいどんと来い! みたいな・・・。



でも。

でも。

でも。



わ〜ん!!


今日の体育祭、数馬くんが出るときには応援したいのに、このままじゃ無理だよ!






トラックの周囲に色ごとに決められた応援席。

席と言っても椅子はない。

1年生から3年生までの各2クラスが集まるから、1チームだいたい200人ちょっと。

全員だと多そうだけれど、競技に出ていたり、そのあたりをブラブラしていたりする生徒がいるから、この場所が満員になることはない。


わたしたち1組は黄色チーム。

数馬くんの7組も。

だから、一緒のスペースで、同じチームを応援している。すぐ近くで。


朝のあいさつはした。

ちょっと離れた位置から「おはよう。」って言っただけだけど。

それ以来、話すチャンスがない。

お互いに自分たちのクラスメイトと一緒にいるから・・・っていうのは、ほんとうは口実?


ジャージ姿の数馬くんも、やっぱりかっこいい。

姿勢がいいから、かな?

秀才っぽいメガネは、体操服のときには頭脳派のスポーツマンに見える。


男子同士で話したり笑ったりしている当たり前の姿も、生徒会室で見るのと少し違って新鮮に映る。

それでますます気後れしてしまう。

でも、見ないようにしようと思っても、つい、視線は数馬くんに。

目が合って、見ていたことを知られてしまうのが怖いのに。


わたしの周りにはクラスメイトたち。

隣にはカナちゃん、そして栗原くん。

競技に出ている選手を応援しながら、・・・視界の隅にはいつも数馬くん。



・・・あ。桃ちゃん。



まだ数馬くんのことを狙ってるのかな?

今も笑顔で数馬くんに話しかけている。


体操服姿もやっぱりかわいい。

今日はポニーテール。黄色い鉢巻をリボンみたいに結んで。

あの可愛らしさには勝てない・・・。



そうだ!



数馬くんのことを「数馬くん」って呼べるのはわたしだけ!

呼べるっていうか、呼んでもいいって許可をもらってるのは。

まあ、実際、呼んでるけど。・・・内輪で。


よし!


恥ずかしいけど、桃ちゃんの前で「数馬くん」って呼ぶことを今日の目標にしよう!



「ねえ、茉莉さん。いつも体育のときはポニーテールにするのに、今日は三つ編みにしてるんだね?」


あ、カナちゃん。

気付いた? 気になる?


「うん、そうなの。変?」


「そんなことないけど、どうして?」


「うーん、まあ、なんとなく。」


ほんとうは大きな理由がある。

『借り人パン食い競争』でご指名されないため。


このレースでは、選手は指定された条件の生徒を応援席から連れ出さなくてはならない。

その “指定された条件” というのは、1レースごとに決まっている。

同時にスタートする4人がそれぞれに用意された封筒を開けてみるまではわからないけれど、一緒に走る4人に用意されている内容は同じなのだ。


ということは、当然、当てはまる条件が1人や2人ではレースが成り立たなくなってしまう。

選手が応援席をざっと見回してすぐに見つけられるくらいの人数(だいたい20人以上)が見込まれる条件を指定する、というのが生徒会室に出入りしている体育祭委員から聞き出した情報だ。


この競技のもう一つの特徴に “ご指名” がある。

選手に名前を呼ばれたら、断らないのがルール。断ったら自分のチームが減点されてしまう。

そのかわり、ちゃんとゴールすれば、指名された生徒のチームにも得点が入る。

もちろん、条件に当てはまる知り合いがいなければ「○○の人!」と叫んで探すしかないけれど。


見つけ出されたら、選手と手をつないで走らなくてはならない。



手、を、つ、な、い、で。

み、ん、な、の、ま、え、で。



無理。

もちろん、女子同士だってあり得るんだけど、でも・・・。


だからポニーテールにはしない。

こういう日にポニーテールにしている女の子は多い。

だから、条件として指定されている可能性が高い。


もうすでに危険なのだ。

このメガネは目立つし、生徒会や文化祭で顔と名前を知られている。

去年は全然気にしないでいられたのに。


自意識過剰?


そう言われてもいい。

数馬くんが出ることを考えたら少しは惜しい気もするけれど・・・でも!

きのうも、おとといも、何人の人に「ジャスミン姫!」って声をかけられたことか!

数馬くんのときにわたしに当てはまる条件が指定される可能性と天秤にかけたら、リスクを少しでも減らす方が大切だ。

この髪型なら、少しは・・・。





『借り人パン食い競争に参加する生徒は・・・』


選手の呼び出しの放送。

午前中の競技はこれで最後。

数馬くんがクラスのお友達と笑いながら歩いて行く。


あ、こっち見た!

笑いかけてくれた?!

嬉しい!

ちょっとだけ手を振っちゃおう♪


こういうときなら、勢いで「数馬くん」って言えるかも。

ううん。 “言えるかも” じゃなくて、言いたい!

頑張らなくちゃ!


「ねえ、二人とも、知ってる?」


カナちゃんと並んで立っている後ろから、香織ちゃんが楽しそうに話しかけてきた。


「何を?」


「『借り人』って、別名『告白レース』って言われてるんだって。」


「『告白レース』?」


「そう。ほら、ご指名されたら断れないでしょう? それを利用して、好きな人を連れて行く人がいるらしいよ、毎年。」


うわあ、すごい勇気!


「え? でも、指定された内容と違うこともあるんじゃないの?」


「そう。間違うと点数は入らないけど、手をつないで走れるし、その勢いで告白しちゃうってわけ!」


レースを捨ててまでってこと?


「みんなの前でそこまでされたら、それこそ断れないかもね。」


「それが狙いなんじゃない?」


数馬くんは知ってるのかな?

もし、数馬くんがそのために出ることにしたんだとしたら・・・?

今日、わたしの失恋が確定するってこと?


そんな!





体育祭委員からルールの説明があり、『借り人パン食い競争』が始まった。

1年生から順番に、赤、黄、緑、白の4人の選手がスタートの合図とともに走り出す。

選手は封筒の中のカードを見てトラックの周りの応援席へ走るから、不公平にならないように、カードはフィールドの中央にある。


知り合いが条件に該当している選手は早い。

呼ばれた生徒の周りからも応援の声が上がる。


それから手をつないでパンを・・・?


パンの位置が高い!

どうやって・・・やっぱりおんぶ?

ああ・・・、絶対に出たくない。


あ、潤くんだ。

そういえば、出るって言ってたっけ。


あれ?

来ないでよ、来ないでよ、来ないでよ、来ないで・・・・って言ってるのに!!


「ジャスミン先輩!」


行くしかないじゃないの!

もう!

そんなに笑顔で!


「茉莉さん、行ってらっしゃい!」


笑われてるし〜。

まあ、潤くんだったら半分弟みたいなものだから・・・。


「潤くん、あのパン、ジャンプして取れない?」


「うーん、やってみますけど・・・。」


パンの下で潤くんは頑張ってジャンプしてくれたけれど、やっぱり無理。


「先輩、おぶってもいいですか?」


「わかりました・・・。」


この微妙な高さって、どうやって決めてあるんだろう?

手で取ればいいことになってるけれど、背負われても、頑張って背伸びしてやっとだよ。


「取れた! 行こう!」


早くゴールしなくちゃ!

恥ずかしいよ!


結果は2位。

そんなに走るわけじゃないのに疲れたのは、恥ずかしいから?


「潤くん、カードに何て書いてあったの?」


「ええと、『鉢巻を首にかけている生徒』です。」


鉢巻を首に・・・ほんとにやってる!

頭に巻くのが面倒で、でも、失くさないように結んで。


「・・・よく気付いたね。」


まっすぐ走ってきたよね?


「集合の前から、ジャスミン先輩のことチェックしてましたから。」


そうでしたか。

そんなにニコニコと。

でも、知らない人と走るより、潤くんがさっさとご指名してくれてよかったかも。


「呼ばれた人は戻っていいですよー。」


お世話係の声?


戻っていいなら急いで応援席に戻って、数馬くんの応援をしよう。

一度当たれば、もう今日は大丈夫だろうから。

それに、桃ちゃんの前で「数馬くん」って呼ぶんだから!










もう一話、茉莉花が続きます。

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