◇◇ ほっとする間もなく ◇◇
「落っこちた?!」
「そうなの・・・。」
控室に戻ると、みんなからあの人は誰なのかと質問攻めに遭った。
数馬くんのお兄さんだとはやっぱり恥ずかしくて言えなくて、歌の先生の息子さんだと説明したところで、花束に添えてあったお手紙に気付いた。
そこに書いてあったのは。
『今日は行けなくなってしまってごめんなさい。成功を祈っています。裕子』
名字がない! ラッキー!
これで、わたしが数馬くんの家に行ったことを言わなくて済む!
手紙を覗き込んだクラスメイトたちは、それで航平さんがどういうひとかということは納得してくれた。
ところが。
今度は、なぜわたしが航平さんに抱き付いたのかと尋ねられ、ものすごく驚いた。
「花束を受け取ろうと思って手を伸ばしたら、バランスを崩して・・・。」
「そうなんだよ。俺、気付いたんだけど、間に合わなくて。」
「あたしも、どうしたらいいのかわからないうちに。」
栗原くんとカナちゃんが言葉を添えてくれている。
「なんだ〜。」
がっかりされている・・・?
「もう、茉莉さん、ほんとうにびっくりしたよ〜。」
「うん。あたしの場所からだと、花束をもらって、感激して抱きついたみたいにしか見えなかったもん。」
「そうだよな。俺も、大野ってけっこう大胆! って思ったよ。あははは!」
「でも、怪我しなくてよかったよね。」
「お騒がせしました・・・。」
わ〜ん、恥ずかしいよ〜。
あんなところから落っこちちゃっただけじゃなくて、周りには違う意味に取られてるなんて・・・。
「だけど、残念だったね、歌の先生、来られなくて。」
「うん。ねえ、今のって、たしかビデオで録画してるんだよね?」
「あ、そうだった! じゃあ、先生の分もコピーしようか。」
「お願い。お礼を言いながら、持って・・・。」
あ。
数馬くんの家なんだっけ。
いいのかな・・・?
「あ、じゃあ、俺も行こうかな? 電話で頼んだままだったから。」
栗原くんも?
それなら大丈夫だね!
「すいませーん! この部屋、あと10分で空けてくださーい!」
「わ。まだ着替えてないのに。」
「あ、着替える前に写真撮ろうぜ! 早く並べ!」
「ああ、その鳥も一緒に。せっかくの傑作だし。」
大急ぎ!
「「「ちーず!」」」
終わり? じゃあ・・・。
「あー、茉莉さん、茉莉さん、こっち来て。一緒に写って!」
「あ、うん。」
「はい、いいよー。イエーイ! 茉莉さんの携帯は?」
「え? あ、そうか。取ってくる。」
写真?
みんなと一緒に?
「大野〜、どこ行った〜? メインの5人で撮るぞ〜。」
「わー、今、行きます!」
「あ、茉莉さん、ストップ! 笑って!」
わ、笑うって、ええと、こうかな?
「茉莉さーん。早く。」
「カナちゃん、ごめん! 今、行く。」
「早く早く! せっかくだから女子3人は真ん中ね! ポーズとって!」
今度はポーズ?
こ・・・こんな感じでいいの、かな?
「あ、茉莉さんの携帯、貸して。撮ってあげるから。」
「ありがとう・・・。」
なんだか、すごく嬉しい。
わたし、クラスの一員だ。
「あ〜、あたしも入れて! 誰か、あたしのカメラで写して!」
「園田。髪がボサボサだぞ。」
「いいの! なんか、やり切った感じがするじゃない?」
ソノちゃん・・・。
「行くよー。」
「はーい♪」
ソノちゃんには、ほんとうにお世話になった。
ほんとうに、たくさん。
「ソノちゃん。わたしのことを選んでくれて、ありがとう。落ち込んだときに、何度も励ましてくれてありがとう。」
「あ、茉莉さん、泣いちゃダメだよ! メイクが!」
「え? あ、でも。」
どうしよう?
すごい顔?
「ああ、とりあえず、メイク落としで・・・はい、これ使って。」
「うん。ありがとう。」
ありがとう、みんな。
わたし、引き受けてよかった・・・。
「茉莉さん、泣かないで。」
「うん・・・、どうしよう? 涙が止まらない・・・。」
「やだ〜。あたしも泣けてきちゃう。」
「わたしも・・・。」
「ほらほら、とりあえず、みんなメイク落として!」
「おーい。この部屋、空けるんじゃなかったのか?」
ああ、そうだった。
でも、着替えが・・・。
「仕方ないからこのまま教室に戻ろう! 各自、荷物を持て!」
このまま?
・・・そうだね。
もう舞台で見せちゃったんだし・・・みんなと一緒なら、こういうのも楽しい気がする。
「忘れ物ない? じゃあ、せっかくだから、笑顔でね!」
「「「はーい!」」」
このクラスで、よかった。
控室から廊下へは、講堂の中を通らないで出ることができる。
通路を歩きながら、白いワンピースのままのカナちゃんが、ニコニコと話しかけてくれる。
「着替えたら、どこかで何か食べようね。」
「そうだね。」
「ねえ、お餅を出してるクラスがあったでしょう? あと、お握りってなかったっけ?」
「あったよ。たしか、豚汁とセットになってた。」
周囲のクラスメイトたちも、興奮がおさまって、お腹が空いてきたらしい。
「あれ? 何か揉めてるみたいだぞ。」
廊下に出たところで、前から声が。
揉めてるって・・・?
うわ。
廊下に男の子がいっぱい。
「ちょっと通してくれよー。悪いねー。」
先頭の菊池くんたちの一団が声を掛けている。
その声に、男の子の集団がこっちを向いて・・・。
うわーん!
やっぱり、たくさんの人の前をこの姿で通るのは恥ずかしい。
背の高い香織ちゃんの後ろなら、あんまり見えないかな?
思いっきり走ったら、抜けられそう?
「あ! ジャスミン姫!」
え?!
「ジャスミン姫!」
「ジャスミンちゃん!」
うそ?! やだ! 戻りたい!
でも、後ろにはカナちゃんが。
その後ろにもほかの人が。
「わー、カロリーヌ!」
「カナちゃーん!」
香織ちゃんとカナちゃんも、驚いて動けなくなっている。
男の子たちに囲まれちゃう!
どうしよう?!
「ちょっと待った! ストップ!」
栗原くん!
あ。
栗原くんは着替えたんだ。
まあ、あのロボットの衣装じゃ、動けないもんね・・・。
「栗原! この裏切り者!」
「そうだ、そうだ! 自分が恋人役だからって、いい気になるな!」
裏切り者?
「なんだよ、それ?」
「ジャスミン姫を日向の家に行かせたのって、お前だって聞いたぞ!」
!!
その話・・・ここで?!
さっき切り抜けたと思ったのに!
「茉莉さん? 何の話?」
みんなに聞こえてるよね?
聞こえてるよね? 聞こえてるよね?
「よりによって、あんなイケメンの兄さんがいる家にジャスミン姫を行かせるなんて、何を考えてるんだ!」
お兄さんは2人いるんですけど・・・。
っていうか、数馬くんはどうでもいいの?
それに、「ジャスミン姫」ってわたしの名前じゃないし。
いえ、そんなことより、航平さんが数馬くんのお兄さんだってバレてる?!
「そんなこと言われても・・・。」
ああ・・・栗原くん。
そうだよ。
栗原くんは親切でやってくれたんだから。
ここは、わたしがはっきりと言わなくちゃ!
「あ、あの! 栗原くんは」
「あ〜、いいんだよ! ジャスミン姫は何も悪くないんだから!」
「いえ、でも、」
悪くはないかも知れないけど・・・、栗原君だって悪くないよ!
「ほら見ろ、栗原! ジャスミン姫はこんなに優しいから、断れなくて、日向とケーキとお茶を・・・。」
「ケーキとお茶?! 茉莉さんと日向くんが?!」
クラスのみんなの目が!!
「いえ、あの、ふ、二人でじゃなくて、日向くんのご家族と・・・。」
「もしかして、歌の先生は日向くんのお母さんで、さっきの人は日向くんのお兄さんなの?」
「茉莉さん、さっき、歌の先生が日向くんのお母さんだって言わなかったじゃない!」
「だ・・・、だって、その・・・。」
「あー、ごめん、俺が言ったんだよ、言わないでおこうって。」
「どうして?」
「だって、7組と張り合ってるみたいだったから。」
ごめんね、栗原くん。
ほんとうはそれだけじゃないんだけど・・・。
「でも、もう終わったんだから、さっき教えてくれたっていいのに!」
そうだよね。
栗原くんだけが責められることじゃないよね・・・。
「みんな、ごめんね!」
「え? 茉莉さんは・・・」
「栗原くんは悪くないんだよ。わたし、日向くんの家に言ったって、恥ずかしくて言えなくて・・・。」
「「「ジャスミン姫、か〜わい〜〜〜〜い!!!」」」
ひえ〜〜〜〜!
男の子たちが・・・!
「あ、あの、ジャスミン姫はお芝居の・・・。」
「ほらほら、もう散れ!」
「虎次郎くん!」
「「ぅおーーー! ホントだーーーー!!」」
・・何が?
「茉莉ちゃん、もう行った方がいいよ。」
「詳しいことは、あとでね。」
数馬くんと芳くんも・・・。
「うん、わかった。ありがとう。」
カナちゃんを振り返ってうなずき合う。
走り出すと、周りのクラスメイトたちもすぐについて来た。
あ。
啓ちゃんだ。
壁に寄り掛かって、いつもの笑顔で。
「最高だったよ、ジャス!」
うわ、投げキッス?!
「きゃーーーーーっ!!」
「やだっ、絵になるっ!」
女の子たちの悲鳴?
まったく、啓ちゃんたら!
「茉莉さん、大人気だね。くくくく・・・。」
カナちゃん・・・。
「笑い事じゃないような気がするけど・・・。」
ほんとうに、大丈夫なのかしら・・・?