◆◆ こうなったら。 ◆◆
なんだ、今のは?!
あれ、航平兄ちゃんだったよな?
花束を渡しに行って・・・茉莉ちゃんが抱きついたように見えた・・・けど・・・。
「茉莉花って、意外に大胆ね?」
「え?」
浜野さん?
いつのまに隣に・・・。
「みんなの前であんなに堂々と抱きついたりして、超ラブラブって感じ。そう思わない、日向くん?」
ほかの人にもそう見えた?
「そうかな? 違うと思うよ。」
絶対に違うはずだ。
そうだ!
あれは茉莉ちゃんが抱きついたんじゃなくて、兄ちゃんが無理矢理舞台から抱き下ろしたに違いない。
「花束なんて、茉莉花の彼氏なのかし・・・・あ、日向くん!」
とにかく兄ちゃんを捕まえて、ちゃんと話を聞かなくちゃ!
たしか、講堂からは出て行ったような・・・。
それにしても。
衣装を着ていた茉莉ちゃんは、ものすごく可愛かった。
いや、普段でも十分すぎるほど可愛いけど、あれは!
なんていうか・・・他人に見られないように、箱にしまっておきたいくらいだった。
その余韻に浸っているときに、あんなふうに登場するなんて。
思わず立ち上がって叫びそうになったじゃないか!
まったく、高校の文化祭であんなことするなんて、カッコつけすぎだ!
あ。
いた。
けど。
囲まれてるよ・・・。
扉を出て左側の少し先に、廊下を塞ぐほどの男子生徒の集団。
その中心で、窓側の壁を背に、相手の攻撃を防ぐように両手を胸の前にかざして、困った顔をしている背の高い男。
航平兄ちゃんはスポーツで鍛えた体が自慢だし、顔も凛々しくて精悍だって褒められるけど、今はどう見ても、ファンに囲まれているスポーツ選手には見えない。
つまり・・・。
取り囲んでいるのは、俺と同じ目的の生徒だな。
何人いるんだ?
あ、佐藤と川村。
二人とも浜野さんの追っかけじゃなかったのかよ! しかも、俺よりも先にって・・・。
それに・・・木田に吉川、野口・・・ああ、あいつも、去年同じクラスだった。
きっと、こういう場面には必ず・・・やっぱりいた。潤と慎也。
・・・放っておこう。
あの様子だと、俺が出て行くまでもない。
俺が言いたいことは全部、ほかの誰かが言ってくれるだろう。
それも、俺が言うよりもずっと効果的に。
みんなの前で花束を渡すなんて気障なことをしたり、茉莉ちゃんを舞台から抱き下ろしたりした罰だ!
たくさん困ってしまえ!
そうだ。
この隙に控室の出入り口に行って、茉莉ちゃんが出てくるのを待とう!
兄ちゃんの狼藉を謝らなくちゃ!
それから、劇の成功のお祝いを言って・・・。
「あ! 数馬! おーい、助けてくれよ!」
うわ! 見つかった!
いや、聞こえなかったふりをすれば。
「数馬〜! こっちに来て説明してくれよ!」
ああ・・・、だめか・・・。
あんなに名前を呼ばれたら、俺が関係者だってことは隠せないじゃないか。
声がでかいから・・・。
「日向の知り合い?」
え?!
あ。
星野先輩・・・。
「はい・・・。上の兄です。すみません・・・。」
「ああ、二人いるって・・・。」
「数馬〜!!」
もう! ・・・え?
もしかして、俺も睨まれてる・・・?
こんなに大勢に睨まれるのはさすがに怖い・・・。
俺もみんなと同じ気持ちなのに!
「ええと・・・。」
「日向。ちゃんと説明してくれよ。」
「わ! そんなに引っ張らなくても。」
俺も悪者扱いかよ?!
「数馬〜。みんな信用してくれないんだよ〜。」
あーあ、もう。
「あんなところで花束を渡したりするからだぞ。」
「なんでだよ? 花束って、ああやって渡すものじゃないのか?」
「そういうこともあるかもしれないけど、出てくるのを待つとか、控室に届けてもらうとか、もっと地味な方法があるだろ?」
「ああ、そうか!」
まったく。
目立ちたがり屋の性格だから、地味なことは考え付かないんだな。
「日向。誰なんだよ?」
佐藤・・・。そんなにジト目で見るなよ。
「ええと・・・、うちの兄貴・・・。」
「ふうん。で、大野さんとはどういう関係?」
あ! そうだった!
「そうだよ! なんで花束なんて急に?」
たった2回会っただけだぞ!
いつの間にそんなに仲良くなったんだよ?!
「おふくろに頼まれたんだよ。今朝、茉莉ちゃんを見に行くって張り切って準備してたら、スリッパが足にひっかかって転んでさあ。」
え?
「テーブルの脚に頭打ったんで、親父が念のために病院に連れて行くことになって。で、行けない代わりに手紙を書くから、花束と一緒に渡してくれって言われて。」
「母さんの代理・・・。」
転んで頭を打つなんて、そそっかしい母さんなら十分にあり得る・・・。
いや!
だからって、茉莉ちゃんを舞台から下ろしたりする必要はないはずだ!
「だけど、どうしてあんなことしたんだよ?!」
「あんなこと?」
「茉莉ちゃんを舞台から・・・。」
「ん? ああ! あれか! 落っこちそうになったんだよ。」
「へ?」
「花束を受け取ろうとして、落っこちそうに、っていうか、落っこちて来たんだよ。」
落っこちた?!
「それを受け止めた・・・?」
「そう。あそこにいたのが俺だったから、ちゃんと受け止められたけどな。」
威張るなよ・・・。
・・・まあ、助けてくれたんだから、少しは威張ってもいいのか。
「なんだ。」
にやにやしないでくれ!
「日向、ちょっと訊くけど。」
「え、あ、うん。」
周りのこと、一瞬忘れてた・・・。
「どうして日向のおふくろさんが、大野さんと知り合いなんだ? しかも、張り切って劇を見に来るほど。」
!
そうだった・・・。
花束よりも前に、そっちが・・・。
「あれ? 知らないの?」
兄ちゃん!
「茉莉ちゃん、うちに歌の練習に来てて。」
「歌?! ・・・ですか?」
「そうだよ。ほら、さっき、劇で歌ってただろ? あれの練習。うちの母親、音大出だから。」
「日向・・・。」
ああ・・・。
追及の矛先が、兄ちゃんから俺に・・・。
「どういうきっかけで? 日向が誘ったのか?」
「ち、違う違う! 栗原が!」
「栗原? バスケ部の?」
「そうだよ、栗原なんだよ。あいつが直接、うちの母親に頼んで。」
「直接?」
「う・・、嘘じゃないよ。あいつのお母さんとうちの母親がコーラス仲間で、それで。」
俺だって驚いたんだから。
「ふうん・・・。」
納得した顔じゃないな・・・。
ああ・・・、どれだけ続くんだ?
そうだ!
適当に言い訳して、さっさと茉莉ちゃんのところへ・・・。
「じゃあ、数馬。俺、用が済んだから帰るから。」
「う、あ、・・・うん。」
「おふくろの様子がわかったらメールするよ。じゃあな。」
先に逃げられた!
いや、俺も!
「ええと、俺ちょっと」
「日向。俺、さっきから気になってたんだけど。」
「あー・・・、なに?」
逃げられない・・・?
「お前の兄さん、大野さんのこと『茉莉ちゃん』って呼んでたけど、大野さんが歌を習ってたのは、日向のお母さんなんだよな?」
やっぱり気付かれてた・・・?
「・・・そうだけど。」
「でも、日向の兄さんとも仲良くなる時間があったわけ?」
うう・・・。
もう、どうにでもなれ!
「うちの家族が女の子を珍しがって、一緒にケーキ食べて、お茶飲んだんだよ。悪いか?」
とは言っても、さすがに夕飯も食べたとは言えないな・・・。
「ケーキ食べてお茶〜〜〜〜?! 日向、ずるいぞ!」
「ずるいって、家族全員でだぞ? 俺と1対1じゃないし。」
俺は自分の部屋に、茉莉ちゃんに入ってもらうこともできなかったんだぞ!
その残念な気持ち、わかるのか?
「当たり前だ、そんなこと!」
「だいたいお前たち、いつから茉莉ちゃんに注目してたんだよ? ついさっきじゃないのか? 俺はもっと前から・・・友達なんだ。」
“友達” としか言えないのが辛い!
「だからって、『茉莉ちゃん』は特別すぎるんじゃないのか? 兄弟そろって『茉莉ちゃん』『茉莉ちゃん』って、自慢げに!」
「自慢げって、なんだよ? じゃあ、もっと自慢してやるよ。俺は茉莉ちゃんから『数馬くん』って呼ばれてるんだぜ。」
あ。
・・・あれ?
みんな、黙っちゃった・・・?
どうしよう?! 言いすぎたか?!
「あ、あの、それは、俺だけじゃなくて」
「そう。俺は茉莉花から『虎次郎くん』って呼ばれてるぜ。」
聞き慣れた低い声とともに、肩に手が。
「俺なんか『芳くん』だぜ。」
笑いを含んだ軽やかな声が反対側に。
こんなにいいタイミングで登場してくれるなんて!
「何か文句あるか?」
「な、なんでお前たちだけ・・・?」
「星野先輩から、茉莉花のことを頼まれてるから、とーくーべーつ。」
「星野先輩・・・? 前の生徒会長・・・?」
「そう。で、ジャスミンのいとこ。」
あ、先輩も。
俺の両側に立った三人は堂々として、まるで窮地に現れた三銃士。
俺は・・・銃士隊に憧れつつも、単なる見習いにすぎないダルタニヤンか。
「キミたちも、生徒会役員を引き受けてくれればよかったのに。」
さすが星野先輩。
穏やかな笑顔なのに、もう誰も言い返して来ない。
やっぱり俺とは格が違うな・・・。