◇◇ いよいよ本番! ◇◇
九重祭がはじまった。
木曜日と金曜日は準備とリハーサルのために授業はお休み。
文化系の部活に入っている生徒や体育祭で応援合戦に出る生徒は、クラスの準備とのかけもちで特に忙しい。
うちのクラスの舞台監督であるソノちゃんは、今ではおおっぴらに打倒7組を掲げて、演劇部よりもクラスの劇に心血を注いできた。
彼女の思いに応えようと、クラスのみんなも一丸となって頑張ってきたけれど、結果がどうなるのかは・・・天に祈るしかない?
文化祭では、生徒会として参加する企画はないけれど、一日3回、見回りをすることになっている。
九重祭委員会、美化委員会、福祉委員会などのそれぞれの持ち場で仕事をする生徒とは別に、校内を回りながら、危険防止のお願いや、来年への検討事項の把握をするのが仕事。
わたしは2日とも涼子ちゃんと虎次郎くんの3人で巡回する。
「第一声が出せれば、きっと大丈夫だから。」
文化祭2日目の日曜日。
衣装をつけて、東棟6階にある講堂の控室に集まっているわたしたちに、ソノちゃんが話しかける。
うちのクラスの公演は朝から2番目だ。
第一声・・・。
メインの5人のうち、わたし以外の4人はみんな運動部で、普段から声がよく通る。
問題なのはわたし。しかも、一番セリフが多い。
夏休み中から毎日、発声練習はしているけれど・・・。
「リハーサルでも上手くいったしね! あとは、今回で終わりだと思えば、恥ずかしいのなんて吹っ切れるから。」
恥ずかしさ・・・といえば、この衣装だよね、やっぱり。
わたしだっていうことが観客にわからなければ少しはマシかと思って、ソノちゃんにメガネをはずそうかと提案してみた。
けれど、一言「見える?」と訊かれてあきらめた。
慣れた場所なら歩けないこともないけれど、劇では舞台の上に人や物があるし、足もとも暗い場所がある。
転んだり、舞台から落ちたりしたら、せっかく頑張ってきたみんなに迷惑をかけてしまう。
だから、わたしはピンクと白のロリータファッションに身を包み、黒ぶちのメガネをかけるというミスマッチな姿で舞台に上がる。
ソノちゃんは、その方がインパクトが強くていいと思っているようだけど・・・。
『おお、なんと美しい姫君なんだ! いったい、このひとは・・・』
7組の劇ももうすぐ終わりだ。
控室に入るときには数馬くんを見かけなかったな。
白雪姫の衣装を着ていた桃ちゃんには話しかけられたけれど・・・。
ふぅ・・・。
桃ちゃん、可愛かったな。
舞台用のメイクもよく似合って。
数馬くんも、あんな桃ちゃんを見たらきっと・・・。
「そろそろ7組が終わるよ。大道具さん、よろしくね!」
ああ、いよいよ?
大丈夫かな?
やっぱり緊張しちゃうよ。
さっき、お母さんたち(うちのと啓ちゃんの)が客席に座っているのも見ちゃったし。
数馬くんのお母さんも、見に来てくれるって言ってた。レッスンをしてくれたんだから当然だ。
生徒会のみんなも、たぶん。
ああ、どうしよう?
手が震えてきたよ。
ソロで歌うなんて、無理かもしれない!
「出演者はこっちへ出てきて! 衣装をひっかけないようにね!」
来た!
「茉莉さん、がんばろうね。」
カナちゃん・・・。
「うん・・・。」
でも、ドキドキが治まらないよ。
白い衣装のカナちゃんのあとについて行くのが精一杯。
頭の中が空っぽでセリフが思い出せない。
「茉莉ちゃん。」
!!
この声。この呼び方。
数馬くん?
どこ?
「頑張って。」
ごった返す通路を荷物を抱えてすれ違うところ。
「うん。」
笑顔の激励に、思わずうなずいて。
・・・・よし。
頑張ろう。
少しくらい間違えてもいい。
クラスのみんなのために。
歌のレッスンをしてくれた数馬くんのお母さんのために。
それに・・・、頑張ったところを数馬くんに見てもらおう。
『まあ! いったい、ここはどこかしら?』
第一声! 出た!
ナレーションが終わって、劇の最初のセリフでもあるわたしの言葉。
暗かった舞台に照明がさす合図でもある。
わたしの演じるジャスミン姫は小さな国の王女。1か月後に、隣の国の王子との結婚を控えている。
会ったことのない王子との結婚の不安を取り除くため、そして、生まれ育った祖国との別れを惜しみながら、愛犬のカナと森をさまよっていたら、思いがけない裂け目に落ちて、ネズの国へとやってくる。
ドスンと落ちた足もとには老婆が倒れており、そこに現れた良い魔女が、ジャスミン姫が悪い魔女(その老婆)を退治したと告げる。
ところが、ネズの国はジャスミン姫の世界とは別の次元にあり、次元を飛び越えさせる力があるのは、その国の偉大なる魔法使いだけだと教えられる。
そこで、ジャスミン姫は偉大なる魔法使いに会うために、人間の姿に変身したカナとともに旅立つ決意をする。
良い魔女は、道中のお守りにと、悪い魔女が持っていた魔法のピンクのパラソルをジャスミン姫に手渡し、第一の場面が終わる。
旅立ったジャスミン姫は次々と仲間に出会う。
ロビィ(栗原くん)は人間と一緒に働いていたロボット。
みんなから、 “ロボットには心がない” と差別されることが納得できなくて、心を手に入れようと旅をしている。
ジャスミンから偉大なる魔法使いの話を聞き、彼なら自分にも心を授けることができるのではないかと同行することになる。
次に出会うカロリーヌ(香織ちゃん)はある娘さんの着せ替え人形。
娘さんが大きくなり勉強第一になって、カロリーヌと遊んでくれなくなってしまった。
大好きな娘さんに遊んでもらうためには賢さが必要だと考えたカロリーヌは、賢さを求めて旅をしていた。
最後に出会うのがベアード少尉(熊田くん)。この人は勇気を求めている。
兵士たちには「勇気を持て」と言ってきたけれど、実際には自分は臆病者なのだと気付いている。
このままではいけないと思って、旅をしていた。
こうして仲間がそろい、第二の場面が終わる。
第三の場面では、さまざまな事件に出くわし、それらを力を合わせて切り抜ける。
大きな川、怪鳥の襲撃、火山の噴火。
羽が動く怪鳥は、大道具の人たちの傑作だ。
火山の噴火は照明係さんたちのライトの操作の見せどころでもある。
噴火で降りかかる岩を避けながら、カロリーヌをお姫様だっこして舞台を走り回るベアード少尉の姿も一つのクライマックスだ。
こうした危険をくぐり抜け、偉大なる魔法使いに近づいたところで、ジャスミン姫とロビィの愛の告白があって、この場面が終わる。
そして、最後の場面。
魔法使い(塩川くん)にそれぞれの願いを申し出ると、魔法使いはそれは全部叶っていると言う。
カロリーヌはいろいろな事件に会うたびに、解決策を考え出した。
ベアード少尉は、仲間を助けるためにためらわずに行動した。
そして、誰かを愛することができるロビィは、すでに心を持っているのだと。
ジャスミン姫が帰るための方法は、すでに与えられていた。
良い魔女が渡してくれたパラソルには、次元を超える力が隠されていたのだった。
無駄な旅をすることになったと慰めようとする魔法使いに、ジャスミン姫が言う。
『この旅は、わたくしに必要なものだったのだと思います。間近に迫った結婚を、心の中では恐れておりました。けれど、一緒に旅をしてきた仲間と出会い、わたくしは勇気と知恵と愛の大切さを知りました。この経験を忘れずに、これからの人生を歩んでいこうと思います。』
ここで、未来に希望を託す気持ちを込めて『虹の彼方に』の歌。
そのまま静かにピアノの演奏が続き、ジャスミン姫が仲間に別れを告げる。
最後にロビィから
『あなたの愛らしさと優しさに出会ったら、きっと誰でもあなたのことを愛さずにはいられませんよ。』
と別れと励ましの言葉をかけられて、パラソルを回しながら魔法の言葉を唱えてジャスミン姫はお城へと戻る。
お城で心配していた王と王妃に再会し、結婚への決意を語り、未来の幸せを信じながら幕が下りる。
――― 終わった・・・。
「並んで、並んで!」
ソノちゃんの声・・・?
「茉莉さん、早く。」
カナちゃんがわたしの手を引っ張っている。
反対側には栗原くんが。
パラソルは・・・落としたままでいいか。
とにかく前に出なくちゃ。
舞台の一番前に出演者が一列に並んでごあいさつ。
まだ、頭がぼーっとしてる。
ライトがまぶしい。
向こうにはたくさんのお客様がいるみたいだけれど、よく見えない。叫んでいるような声も聞こえるけれど・・・。
ソノちゃんと菊池くんも出てきてごあいさつしてる。
ようやく終わり?
もう、自分が空っぽになっていることは間違いないな・・・。
「茉莉ちゃん!」
え?!
一気に目の焦点が合った!
誰?
足もとから?
数馬くんの声・・・じゃなくて!!
航平さん?!
「茉莉ちゃん! すごく可愛かったよ! はい!」
花束?!
しかも、そんなに大きな?!
「あああ、あ、ありがとうございます。」
目立つ〜〜〜〜〜!!
客席からものすごい声が!
あれ?
舞台ってけっこう高いな。
お花が大きいし、ちょっと・・・え?!
あ・・れれ?!
どうしよう?!
かかとが高い靴なんて慣れてないから態勢が・・・。
「茉莉さん!」
「大野!」
「わわわわ・・・。」
「危ない!」
落ちる!
・・・止まった?
違う、床に下りてる?
「危なかったね。」
航平さん?
・・・が前に?
どうなって・・・って、腕につかまっちゃってるし!!
よく見たら、ウエストに航平さんの手が。
もしかして、落ちそうになったところを助け下ろしてくれた・・・のかな?
うわ、なんてこと! 恥ずかしい!
「す、すみません! ありがとうございました!」
「いいよ。怪我しなくてよかったね。」
「は、はい。」
「今日、おふくろが来られなくなっちゃって、代理で花束を頼まれたんだよ。」
「ああ、そうなんですか。ありがとうございました!」
「じゃあね。また遊びにおいで。」
「はい。」
ええと、みんなは・・・?
舞台を見上げたら、みんなが舞台横のドアを指差している。
ここから直接、控室に戻れってこと?
ああ、もう、落っこちちゃうなんて、みっともない!
急げ!