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メガネに願いを  作者: 虹色
第一章 決心
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◇◇ 決心 ◇◇


「ジャス、頼むよ。」


電話の向こうから、啓ちゃんのほんとうに困った様子の声がする。

日曜日の夜に、今年の生徒会役員に立候補しないかと言ってきた。



『ジャス』はわたしの愛称。

わたしの名前『茉莉花』は、『ジャスミン』と名付けたかった両親が、それを漢字に変えたものなのだ。

家族はみんな、わたしのことを「ジャス」か「ジャスミン」と呼ぶ。


・・・家族は。


・・・啓ちゃんはいとこだ。

星野啓一。九重高校の生徒会長。


お母さん同士が一卵性の双子で仲が良く、車で30分くらいの場所に住んでいるから、赤ん坊のころからよく一緒に過ごしてきた。

わたしが受験するときに、相談に乗ってくれたのも啓ちゃんだ。

つまり、わたしと啓ちゃんは、兄妹のようなものなのだ。


でも。

啓ちゃんは勉強もスポーツもできて、しかも、けっこうカッコいい。

学校では当然、人気がある。


その啓ちゃんとわたしが親戚同士だなんて言えない!

見た目も各種能力もくらべものにならないし、みんなの注目を集めてしまう。

注目されても、がっかりされるだけ。

目立たないことが悩みではあったけれど、目立ってしまうのは・・・しかも、マイナス面で目立ってしまうのは、もっと嫌!



「そんなこと言われても、わたしには無理だよ。生徒会なんて、生徒の代表なんだから、わたしには絶対に無理。」


啓ちゃんが困っているのはわかるけれど、クラスでも存在感のないわたしが生徒の代表なんかに名乗りを上げたりしたら、みんなにどんな目で見られることか。


「無理なんかじゃないよ。ジャスは中学で合唱部の部長だったんだろう? 部員をまとめることを考えたら、生徒会の仕事なんて事務作業みたいなものだよ。」


そんなはずないでしょ!

生徒会が扱うのは、生徒全員にかかわること。

部員がたった12人の合唱部とはえらい違いだ!


「啓ちゃん、いくら言われても・・・。」


「OKしてくれるまで、ジャスの教室に通うよ。それでもいい?」


「啓ちゃん!」


脅してきた・・・。


啓ちゃんが毎日教室にやって来たりしたら、ものすごく目立っちゃう。

どういう関係かみんなに訊かれるに決まってるし、いとこだって言ったら、みんなに憐みの目で見られるよ。

かと言って、事情を話さなければ、ファンの子たちにいじめられるかも知れない・・・。


「啓ちゃんが言ってるのは、わたしに選択肢が2つしかないってこと?」


「そう。生徒会に入るか、俺のいとこだって学校中に知れ渡るか。」


「・・・どっちも嫌。」


“嫌” っていうか、無理だ!


・・・違う。


「そうだよ。違うよね? 啓ちゃんはわたしを説得しに教室に来るって言ってるんだよね? OKするまで。」


「そう。」


くすくすと笑ってる気配。


「ってことは、どっちにしてもわたしは生徒会に入るしか道がないんじゃないの?」


「ははは! わかった? そういうこと。今のうちにOKするか、みんなにいとこ同士だって知られてからOKするかってこと。」


「そんなのずるいよ!」


叫んでいるわたしにかまわず、啓ちゃんは笑っている。

そりゃあ、優秀な啓ちゃんなら、生徒会だって怖くないんだろうけれど・・・。


「ねえ、ジャスなら大丈夫だよ。」


笑いがおさまると、啓ちゃんがゆっくりと落ち着かせるような調子で話し出した。


「生徒会って、そんなに特殊な場所じゃないよ。べつに学校を牛耳ってるわけじゃないし。」


「そうかもしれないけど・・・、わたしは普通の生徒だし・・・。」


もしかしたら、普通以下かも。


「普通じゃないと困るよ! 極端な考えの持ち主だったりしたら、それこそ大変だよ!」


「やだ、啓ちゃん! そういう “普通” とは違う意味で言ったのに!」


啓ちゃんの大袈裟な言葉に、思わず笑ってしまった。


「助けてほしいんだよ、ジャス。このままだと2年生は日向と富樫の2人しか残らなくて、あとは1年生ばっかりになりそうなんだ。」


日向くん・・・?


「あ、あの、啓ちゃん。今の生徒会役員は残るの?」


「うん、そうだよ。一人、木下さんができなくなっちゃうんで、その代わりの誰かを探してるんだ。」


木下さん・・・。話したことはないけれど、はきはきして綺麗なひとだ。

あのひとの代わり?


「・・・やっぱり、無理!」


「どうして?」


「木下さんの代わりなんて、務まらない。」


「ジャス・・・。」


あきれたようなため息とともにつぶやかれた名前・・・。


「ジャスなら大丈夫。俺が保証する。」


「啓ちゃん。」


「夏休みまでは、俺も顔を出してフォローするから。」


「そう言われても・・・。」


法学部を目指している啓ちゃんにそこまでやってもらうのも申し訳ない・・・。


「頼みたいのは書記なんだよ。要するに、記録係。難しい仕事じゃないよ。」


うーーーーー。


難しい仕事じゃない。

啓ちゃんが困ってる。


それに・・・日向くんがいる。


“やってもいいかな” の方に少しだけ心が傾く・・・。


「ジャスは高校に入ってから、部活にも入ってないだろう? このままだと、高校生活で何も残らないままになっちゃうよ。」



!!



何も残らない?!

そんな!


でも・・・たしかにそうだ。

去年一年間、何も残らなかった。

すでに高校生活の3分の1が終わったのに。


わたし、16歳だよ? 今年、17歳になるよ?

一番楽しんでいいときじゃない?


なのに、後悔してばっかりで・・・。


このままじゃ、いつまでたっても同じだ。


「啓ちゃん。」


「うん。」


「ほんとうに、わたしでもできると思う?」


「大丈夫。ジャスなら絶対。俺が太鼓判を押すよ。」


深呼吸・・・・・よし。


「じゃあ、やってみる。」


「よかった。ジャスなら必ず引き受けてくれると思ってたよ。」


って言うよりも、OKするまで引きさがらないつもりだったよね?


「ゴールデンウィーク明けに立候補の受け付けがあって、そのあと選挙だよ。生徒総会のあとに役員交代になるから、よろしく。」


「・・・わかった。」


「今週か来週にでも、一度、生徒会室に顔を出してくれよ。」


「え?! どうして?」


「まあ、顔合わせみたいな。」


そんなこと、必要なのかな?


「・・・一人じゃ行きにくいよ。」


「じゃあ、迎えに・・・」


「だめだよ! ちょっと考えさせて。それと、わたしだってことも、まだ言わないで。」


やめたくなるかも知れないし。


「わかった。決心がついたら連絡して。」


「うん。じゃあ、おやすみ。」


「うん。おやすみ、ジャス。愛してるよ♪」


「啓ちゃん・・・、そのあいさつ、みんなの前ではしないでよ!」


「わかってる。あははは!」


もう・・・、調子いいんだから。



ああ、不安だ〜。



でも・・・・、日向くんともう一度、ご縁ができるんだ・・・。


いいえ、それよりも。


高校生のあいだに、何かひとつでも「頑張った」って言えるようにしたい。

日向くんと仲良くなるっていうのは高望みだってわかっている。それに、恋はまたいつかできるかもしれない。

でも、高校生活は今だけ。

だから・・・。


やっぱり、すごく不安だけれど。









第一章「決心」はここまでです。

次回から第二章「前進」に入ります。

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