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メガネに願いを  作者: 虹色
第五章 近づく文化祭
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◇◇ チャンスは ◇◇


「ねえ、茉莉さん。7組の王子役の佐藤くんが骨折しちゃったんだって。」


夏休みが明けて2週目の月曜日、教室に着くとすぐに、ソノちゃんが教えてくれた。


「骨折?」


「うん。自転車で転んだらしいよ。骨がずれちゃうほどではなかったみたいだけど。」


そうは言っても、骨折なんて気の毒・・・。


「あ。王子役ってことは・・・。」


「そう。代役を立てるかどうかでもめてるんだって。佐藤くんは文化祭まで3週間くらいあるし、出る場面が少ないから大丈夫って言ってるそうだけど、桃子は相手を変えてほしいみたいよ。」


「相手を変えてほしい? 練習ができないから?」


「違うよ! 佐藤くんはもともと桃子の好みのタイプじゃなかったの。だから、この機会にどうせならってこと。」


「え? お芝居なのに、相手を選ぶの?」


「まあ、恋人役だと、もしかしたらその後ってことも、可能性としてはなくはないから。」


ええ?

そんなこと言ったら、わたしなんか、栗原くんに申し訳なくて・・・。


「え、でも・・・、桃ちゃんって、彼氏いるよね?」


「別れたのよ。」


「そうなの? いつ?」


「夏休みに入ったころ。」


「へえ。」


知らなかった・・・。


「桃子が演劇部で話したところではね、どうやらクラスの劇の話がきっかけになったらしいんだよね。」


さすが、女子が多い演劇部だ。

こういう話って、独特だよね。


「劇の中でキスをするって聞いた相手があんまり焼きもちを焼くから怖くなって断ったって、本人は言ってたよ。まあ、あたしは桃子が飽きちゃったんだと思うけど。」


ソノちゃん、はっきり言うね・・・。


「で、フリーになった桃子としては、クラスの劇を利用して新しい彼氏をゲットしようと思ってるみたいよ。」


気合い入ってるんだなあ・・・。


あれ?

でも、変じゃない?


「ねえ、ソノちゃん。桃ちゃんて、7組の中に好きなひとがいるの?」


「え?」


「だって、好きなひとに彼氏になってもらうものじゃないの? そのひとを王子役にするってこと? 『好きだから王子様になってください』って頼むのかな?」


先に告白するんだったら、べつに王子役をやらなくてもよさそうだけれど・・・?


「やだ、もう、茉莉さん! 純粋なんだから!」


え?


「桃子は自分から告白なんかしないよ、自分がモテることが自慢なんだから。」


ああ、そういう子だよね。

中学のころからそうだったって、今ならよくわかる。


「じゃあ・・・?」


「桃子としては、王子役をやったひとが、自分を好きになるってことを期待してるわけ。」


うんうん。


「で、それだったら、一緒にいて見栄えのいいひとがいいわけよ。」


ああ、なるほど。


「でね、彼女が目を付けてるのは日向くんなの。」


数馬くん?!


「そ・・・そうなんだ?」


なんか、すごいことを聞いちゃってる気が・・・。


「そう。日向くんってけっこうカッコいいし、勉強もできるし、生徒会長だし、」


そのうえやさしくて、親切で、笑顔がさわやかで、ゴキブリが怖いなんてちょっとかわいいところがあって・・・。


「要するに、彼氏として自慢できるタイプじゃない?」


わたしは自慢したいから好きなわけじゃないよ〜!!


「あ、あの、桃ちゃんは・・・日向くんを好きなわけでは・・・?」


「さあ、どうかな? あたしにはそうは思えないけど。」


べつに好きじゃないけれど、一緒にいて自慢できるから彼氏にしたい・・・?

つまり、ただの見栄ってこと?

数馬くんをそんなことに利用するなんて、許せない!


「どうしてそんなに彼氏がほしいのかな?」


「修学旅行があるからでしょ?」


「え?」


「修学旅行のときに彼氏がいないと・・・・」


「ええっ? ねえ、ソノちゃん! 修学旅行って、彼氏がいなくちゃいけないの?!」


そんな話、初めて聞いたよ!

あと2か月くらい?!


「は?」


それまでに数馬くんに?!

無理だよ!


「あたし、間に合わないと・・・思、う・・・・?」


笑われてる?


「あははは! 茉莉さんて、けっこう天然? なんか、しっかりしてるようで・・・あははは・・・可笑しい・・・はは。」


思いっきり笑われてる・・・。


ああ・・・、そうか。わたし、やっちゃったんだ・・・。

桃ちゃんと数馬くんの話であわてて。

修学旅行のときに彼氏がいなくちゃいけないなんてことあるわけないって、ちょっと考えればわかるはずなのに・・・。


「園田〜。なに、朝から爆笑してるんだよ?」


ああ・・・、栗原くん。


「だって、茉莉さんが・・・あはは、あんまり可愛いことを言うから・・・可笑しくて・・・ふふふ。」


「大野が?」


わーん、恥ずかしい・・・。


「茉莉さんたら・・・ふふ・・・し、修学旅行に、・・・彼氏がいなくちゃいけないのか、なんて、あんなに慌てて・・・あはは・・。」


「で、でも、そこだけ聞くと変だけど、それまでの話の流れで・・・。」


「大野ー。そんなこと言ったら、行かないヤツが続出するぞ。」


「そ、そうだよね。」


今はちゃんと分かってるもん・・・。


それにしても、桃ちゃん・・・、数馬くんを狙ってる?

夏休み中に生徒会室に来たのも、きっとそうだったんだ。

あのとき、なんとなく嫌な感じがしたもの・・・。


桃ちゃんに狙われたら・・・数馬くんはどうする?

劇なら努力すれば勝てるかもしれないけれど、個人的には・・・。






「あれ? 大野?」


え? あ。


「手塚くん。お久しぶりです。同じ電車に乗ってたのかな?」


「そうみたいだな。俺、いつもはもっと遅い電車で帰ってくるんだけど。」


「一葉は遠いし、手塚くんは部活もやってるんでしょう?」


「うん、まあな。・・・あ、そういえばさ。」



「夏休みの終わりに陸上の地区大会があって、九重の生徒が女子の短距離で2位に入ってたよ。ええと・・・江川・・・?」


「ああ! カナちゃんね! 江川佳奈恵ちゃんでしょう? 速いんだよね。」


「そうそう! 小さくてにこにこしてる・・・。」


「うん、そう。その話、聞いたよ。同じクラスなの。」


「もしかして、大野、仲がいいのか?」


「うん。」


「そうか・・・、へえ・・・。あの、大野、ええと・・・。」


なんでしょう?

言いにくいこと?


「あの、うちの文化祭、来ないか?」


「え?」


わたし?


「あの、ええと、江川・・・さんと一緒に。」


カナちゃんと?


「・・・・ああ!」


そういうことか。

わたしじゃなく、カナちゃんね。


あらら。

手塚くん、赤くなっちゃって・・・。

こういうの、何て言うんだっけ? トラックの恋?

なんか、さわやかに “太陽の下!” みたいでいいな。


わたしは?

入試の恋・・・? なんか、 “一か八か” 、みたいな・・・。


「ええと、いつ?」


「10月の第一土日。」


「うちの翌週だね。」


「あ、そうなのか?」


「うん。カナちゃんの予定も訊いてみないといけないから、今すぐにはなんとも言えないけれど・・・。」


「あ、いい、いい、いつでも。俺の連絡先を教えておくから。」


あー、照れくさそうな顔。でも、嬉しそう。


そうかー。

手塚くん、カナちゃんのことを気に入ってるんだ・・・。



・・・それにしても。



手塚くんといい、桃ちゃんといい、みんなチャンスは逃がさないって感じだな・・・。

って、わたしは?


うーーーん。

生徒会を一緒にやってるし、数馬くんのお母さんに歌のレッスンをしてもらってる。

チャンスはたくさんありそうだけれど・・・。



そうは言っても、積極的に何かなんてできないよ!



手を伸ばしそうになった、あのとき・・・。

あれこそ大チャンス、だったのかも。


・・・かも知れないけれど、啓ちゃんが現れなくても、わたしには何もできなかったな、きっと。

チャンスをつかめない女じゃ、ハッピーエンドは無理だよね。


だけど、数馬くんの近くにいられてときどきお話ができたら、わたしにはそれで十分な気がする。

それ以上は・・・無理なんじゃないかな? 

だって、劇の練習であんなことになっちゃったし・・・。



でも・・・。



あれからときどき思う。


あのとき、自分に何が起こったのか確かめたい。

あんなふうに手を伸ばしたくなるなんて。


そして、あのあと何が起こるのか知りたい。



数馬くんと一緒に仕事をしているときにそんな思いがふっと浮かんできて、視線が吸い寄せられてしまう。

数馬くんの瞳の中に何かがあるような気がして、それを確認したくなる。


だけど・・・怖い。


わたしの気持ちに気付かれてしまいそう。

気付かれて、拒否されたら・・・。

自分の図々しさが恥ずかしくて、生徒会室に行くことがつらくなってしまう。数馬くんを全部失ってしまう。



だから・・・近くにいられて、お話しができる今の状態で、わたしは満足。







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