◇◇ いったい何が? ◇◇
「今日はありがとうございました。」
「いいえ。うちは男の子ばっかりだから、若いお嬢さんとお話しするのは楽しいわ。」
よかった。
数馬くんのお母さんて、お話が上手で、笑顔が素敵なひとだ。
顔のりんかくと笑ったときの雰囲気が数馬くんと似てる。
レッスンも緊張しないでできたし、ほっとした・・・。
「次はさ来週の同じ時間ね。」
「はい。よろしくお願いします。」
それまでに一通り歌えるようにして来なくちゃ。
「数馬! 茉莉花ちゃんが帰るわよ!」
「あ、あの、駅まで近いですから、一人でも・・・」
「あら、遠慮しないで。どうせヒマなんだから。」
いえ、そうじゃなくて、数馬くんと二人で歩くのが恥ずかしいんですけど・・・。
あ。
数馬くんのお父さんだ。
「あの、お休みの日にお邪魔しました。」
「いいよ、いいよ。またおいでね。美味しいケーキを見つけてくるからね。」
「はい、ありがとうございます。」
優しいお父さんだなあ・・・。
服装も若々しいし、うちのお父さんとは大違いだね。
「ああ、茉莉ちゃん、帰るんだ?」
あ、二番目のお兄さん・・・だったよね?
「はい。お邪魔しました。」
「数馬にいじめられたら、いつでも言いにおいでよ。叱ってあげるから。」
「は? あ、はい。よろしくお願いします。」
面白いお兄さんだなあ。
「茉莉ちゃん。進学でも勉強でも、友達のことでも、困ったことがあったら、いつでも相談に乗るからね。」
「は、はい。」
たしか、こちらが上のお兄さん。
社会人だけあって、話し方も落ち着いてる。
声が数馬くんと似てるような気がするな。
「ああ、よかったら車で送ろうか? いて! 数馬?」
数馬くんが、お兄さんを叩いた?!
いつも温厚な、あの数馬くんが?!
「茉莉ちゃん、待たせてごめん。行こうか。」
「は、はい。今日は、ありがとうございました。」
「はーい。じゃあ、2週間後にね。あ。」
「はい?」
「ねえ、次回はうちでお夕飯も一緒にどう?」
え? お夕飯?
「あ、いいねえ、それ。」
「お、じゃあ、俺がお好み焼きでも焼こうか?」
「あら、お客様なのにお好み焼きじゃあ・・・。」
「なんで? 茉莉ちゃん、お好み焼き、嫌い?」
「え? いいえ、そんなことは・・・。」
「ほら、大丈夫だって言ってるよ。茉莉ちゃん、俺、お好み焼き屋でバイトしてたことがあるんだよ。」
「そうなんですか・・・。」
「美味しく焼くにはちょっとコツがあるんだよ。茉莉ちゃんは具は何が好き?」
ああ、話がどんどん決まって行く・・・。
いやなわけじゃないんだけれど、迷う時間もないのはどうして・・・?
「ええと、あの、」
「航平、ちょっと待ちなさい。茉莉花ちゃん、お家のひとに相談してからでいいのよ。2週間も先の話なんだから、今決めなくても、ねえ?」
さすがお母さん!
ちゃんと気付いてくれるなんて、ほんとうに優しい。
「はい、ありがとうございます。家族と相談します。」
「お返事は数馬を通してでいいですからね。」
「はい。ありがとうございます。じゃあ、今日はこれで失礼します。」
「はい、気を付けてね。」
「じゃあ、駅まで送ってくるから。」
・・・・・。
どうしよう?
数馬くんと二人だよ。
来たときもだったけど・・・、どうしていつまでも慣れないの〜?!
「あの、」
「は、はひっ!」
どうしよう?!
声が裏がえっちゃった!
「・・・変な家族でびっくりしただろう?」
え・・・?
「ええと・・・どうして? とっても楽しかったけど・・・。」
ああ・・・、落ち着いてきた。
話題がちゃんと決まれば大丈夫・・・かな?
「・・・そう?」
「うん。うちはわたし以外は大人だけの家族だから、あんなふうに賑やかなのは羨ましいな。」
「そうかな・・・。」
「啓ちゃんはしょっちゅう遊びに来てくれてはいるけれど、毎日ではないもんね。もし、兄が生きていたらこんなふうなのかな、って思っていたの。」
それに、数馬くんの学校とは違う姿も見られたよ。
子どものころの話も聞けたし。
「ええと、その、俺・・・、あの、茉莉ちゃんのお兄さんの代わりにはなれないけど、何かのときには俺のことも頼りにして・・・ほしいな。」
!
「数馬くん・・・。」
あ。
見・・・、見ちゃった。
こんなに間近で。
「いいの・・・?」
メガネ・・・の、奥。きれいな瞳。
目が・・・離せない。
数馬くんの瞳の中に、何か・・・。
どうしよう?
もう駅なのに。
人がたくさん通ってるのに。
確かめたい気持ちが。
「うん。」
やさしい微笑み。
わたしに・・・?
「数馬くん・・・。」
どうしよう?
目が逸らせない。
何が起こってるの?
こんなとき、どうしたらいいの?
「茉莉ちゃん・・・。」
手を・・・伸ばしたら・・・触れることができる。
数馬くんに。
だけど・・・。
「ジャス、日向、歌のレッスン終わったの?」
え?!!
そ、その声は!!
「けっ、啓ちゃん?!」
「星野先輩?!」
びっくりした! 心臓が!!
啓ちゃん・・・、なんだか・・、ものすごいタイミングで・・・。
今日、数馬くんの家に行くって話はしたけど・・・、まさか、ここで待ち伏せしていたわけでは・・・?
「け、啓ちゃん、お出かけ?」
「模試が終わって帰って来たところ。」
偶然、なの? ほんとうに?
ああ・・・、まだ心臓が・・・。
「日向。ジャスミンがお世話になったね。」
「い、いいえ。俺は何も・・・。」
数馬くん、困っちゃってるよ〜。
そうだよね、わたしが誤解されるような態度をとったりしたから。
何か話題を探さなくちゃ・・・。
「あ、あのね、啓ちゃん。ひ、日向くんには2人もお兄さんがいるんだよ。とっても仲がいいの。」
「お兄さん? どんなひと? 日向のお兄さんだったら、きっと優秀な・・」
「啓ちゃん!」
どうしてそんな尋問口調なの?!
「だって気になるよ、ジャスが会う男は全部。」
「啓ちゃん・・・。」
“男は全部” って、そんな言い方したら疑われるよ・・・。
「日向。俺、この子に言ってるんだよ、彼氏候補者ができたら連れてくるようにって。うちのジャスを任せられる相手かどうか、ちゃんと見極めないとね。」
「は、はい・・。」
「啓ちゃん、日向くんのお兄さんたちはそういうのじゃなくて、」
「とりあえずの条件として、容姿端麗、学業優秀、スポーツ万能、誠実で温和な性格ってところかな、ははは。」
もしかしてそれは・・・、それは数馬くんのこと?!
そんな条件に当てはまる人なんて、数馬君以外、あり得ないじゃないの!
やーん!
いくら数馬くんが啓ちゃんのお墨付きだって言ったって、本人の前で言うなんて!
それじゃあ、数馬くんが彼氏候補者だってわかっちゃう!
「啓ちゃん! そんな条件、勝手に決めないでよ!」
「そう? でも、九重にはけっこういそうだよ?」
「あ〜、もう、啓ちゃん! やめて!」
恥ずかしい〜〜〜!
数馬くんが気付いたらどうするの?!
「か・・・、日向くん、啓ちゃんが変なこと言ってごめんなさい! あの、これで、失礼します! 送ってくれてありがとう。明日また学校でね。」
「うん・・・。また明日・・・。」
ああ・・・。
数馬くん、ぼんやりしちゃって・・・。
ほんとうに、ごめんなさい!
「ジャス、またね。気を付けて帰れよ。」
啓ちゃん!
これ以上、数馬くんに変なこと言わないでよ!
もう!
あんなところに啓ちゃんが現れるなんて!
・・・あれ? 携帯が光ってる。
メール?
啓ちゃん?
『日向を相手に選ぶのはかまわないけど、あんな人混みで見つめ合うのはやめた方がいいと思うよ。』
わーーーーーん!!
やめて!
こんな・・・、こんなこと、メールで言われるなんて・・・恥ずかしい!!
携帯を誰かにのぞかれたりしたらどうするの?!
でも。
見つめ合ってた?
ってことは、わたしだけじゃなくて、数馬くんも・・・?
・・・そんなはず、ないか。
数馬くん、余裕で微笑んでたもんね。
いつもの、誰にでもやさしい数馬くんだよね。
だけど・・・。
あのとき、手を伸ばしていたら・・・。
わたしったら、何を考えているんだろう?
そんなことをしたら数馬くんがびっくりして、明日から警戒されちゃうよね。