◇◇ 後夜祭の企画 ◇◇
「これなんですよ、見てください! ヤマンバファッションですって。」
「ああ! そうそう、これ!」
涼子ちゃんが図書館から借りて来た古い雑誌を広げると、田嶋先生がそこに出ている写真を指差して大きな声で笑い出した。
今日は全員がそろう日なので、後夜祭の話し合いをしようということになっている。
「先生から言われたときは意味が分からなかったけど、これを見て納得しました。」
写真には、黒っぽい肌に白いアイシャドウと白い口紅(“紅” って言うの?)、ゆるやかにパーマをかけたらしい白っぽく脱色した長い髪の女の子が3人。
黒い顔にぼさぼさの白髪というのが、山姥に似てるから・・・?
学校の帰りなのか、3人とも同じブレザーの制服を前を開けて着ている。
スカートは限界まで短くしてあって、ルーズソックスにローファー。
渋谷か原宿あたりで写したらしく、背景にもミニスカートにルーズソックスの女の子たちが行き交う姿が写っている。
「今の化粧品で、こんなに顔が黒くなるようなものってないですよね?」
「日焼けサロンとかもあったけど、高校生は行ってなかっただろうなあ。このあとに、いきなり美白ブームが来たんだよね。」
顔を黒くした反動なのかな・・・?
「制服の着方は、今とそれほど違いはないんですね。」
「うん、そうかな。セーターかベストにミニスカートっていうのが定番になった感じかな。あと、ジャージのズボンを切ってスカートの下にはくとか。ああ、よその学校の制服を着るのが流行ったりもしたような・・・。」
「先生、詳しいですね。」
「そりゃあ、そういう女の子がどこにでもいたし、先生やってれば、そういう情報には敏感になるよ。」
「男は?」
「特別にすごいファッションはなかったんですけど、同じころに腰パンが流行ったみたいです。」
「そうよ! 初めて見たときには変質者かと思った。」
「先生・・・。」
「だって、それまでズボンをずり下ろしてはいてる人なんて、見たことがなかったんだもの。駅で見かけてびっくりしたわよ。駅員さんに知らせそうになっちゃった。」
「そんなに驚いたんですか?」
「だって、普通の制服を半分下ろしてたんだから。パンツは見えてるし、どう見たって変質者じゃない。」
今ではファッションの一つとして認められてるけど、当時はそんなふうに見えたのか・・・。
「で、どうする? 最初の予定どおり、着こなしの流行を見せるってことでいいのかな?」
あ、そうだった。
後夜祭の・・・。
「いいんじゃないか? せっかく調べたし、けっこう面白そうだから。」
「ファッションショーみたいに登場したらいいと思います!」
「解説付きで? ついでにモデルの紹介も入れたら面白いね。」
解説付き?!
わたしは絶対に解説係に!
「どうやって紹介する? やっぱり年代順かな?」
「そうですね。まず、もともとの制服で男子と女子。」
うんうん。
「次に、この前見つけたツッパリの衣装が3人。そして、ヤマンバと腰パン。・・・この3組で、7人? ちょうどですか?」
「あ、あの、解説係が・・・。」
絶対にこれ!
女子の制服は誰でも着てよ!
「そうすると8人? 誰かが途中で交代する?」
うーーーーん、仕方ない!
「あの、わたしが普通の制服で最初に」
「あ、じゃあ、あたしも出る!」
「は?」
「え?」
「先生?」
先生?!
「一番最初の昔の女学生ってことで。ほら、この髪をおろして2本の三つ編みにすれば、ね?」
「え・・・ええ・・・、たしかに。」
「あたし、中学も高校もブレザーでさあ。一度、セーラー服って着てみたかったんだよねー。」
コスプレ希望ですか?
あ。
・・・ということは、8人で、解説担当に一人・・・。
「あ、あの、」
「じゃあ、男子は・・・虎次郎?」
「え? 俺?」
「髪が短いのは虎次郎だけだから。ほら、古い校則では、男子は髪が耳にかからないようにって。」
「そうだったな。俺、このままでOK?」
「たしか帽子があったぞ。あと、カバンが肩からかける布のやつで。」
「先生、資料室のを借りられますか?」
「たぶん、大丈夫。無理だったら演劇部に訊いてみてごらん。」
「演劇部?」
「うちの学校って古いから、演劇部にも昔の衣装とか小道具がいろいろ残ってるの。さっきのヤマンバのお化粧だって、演劇部に相談すれば考えてくれると思うよ。」
へえ。
「じゃあ、次はツッパリの3人。一人は芳輝で決まり? この前、似合ってたし。」
「やっぱり来たか。いいよ。」
芳くん、潔いね。
ちょっとカッコいいよ。
「あとはやっぱり意外な人物ってことで・・・数馬と茉莉花だな。」
「わたしっ?!」
「俺?」
「わあ、さんせーい!」
そんな!
「わたしは解説係に!」
「えー? 俺、ジャスミン先輩のスケバン姿、見たいですー。」
スケバン・・・?
「2年生3人組でちょうどいいんじゃない?」
先生〜。
「普段は真面目な雰囲気の先輩たちだから、きっと大ウケですね!」
わたし、笑ってもらわなくてもいいんだけど・・・。
「しょうがないな。でも、あんな制服、一生に一度しか着られそうにないからいいか。」
数馬くん?!
やるの?!
「やろうよ、茉莉花。記念になりそうだよ。」
芳くん・・・。
ここまで来たら断るのは無理か・・・。
「うん・・・。わかった。やります。」
まあ、ミニスカートよりはマシかも。
「じゃあ、その次。ヤマンバは涼子ちゃん?」
「いいえ。ここで笑いを取るためには潤くんと慎也くんに出てもらいましょう。わたしは解説係をやります。」
「う〜ん、女装か変質者? どっちにする、潤?」
あ、もう覚悟できてたの?
なんか当たり前みたいに・・・。
「俺、スカートはいてみたい! あと、カツラかぶって。」
「じゃあ、潤がヤマンバで、僕が腰パンってことで。」
すごい。
すんなりと決定。
「小物類がどのくらい手に入るか、リストを作ってチェックしないといけないな。」
「茉莉花には竹刀を持たせようぜ。」
はいはい。もう何でもやりますよ。
そうだ。
「ちょっと、服を見てきていい?」
サイズが合わないかも♪
どれどれ・・・。
・・・・?
「先生。」
「なに?」
「このセーラー服、壊れてますけど。」
「どこが?」
「襟のあいだの胸当てがなくなってます。」
これじゃあ、胸元が深すぎて下着が見えちゃう。
「え? ああ、これって、わざとじゃないの?」
「え?」
「おとなの色気を出すために取ってあるんじゃないかな。」
「ええぇ?! こんなの着られません!」
「うーん、そうねえ。大野には無理?」
「無理です! 絶対に!」
おとなの色気なんて出て来ないし!
「せっかくだから、思い切って黒のブラとかしてみたら? レースの。」
「先生!」
「あははは! ウソウソ。まあ、適当に派手な色のタンクトップでも着ればいいんじゃない? 赤とか紫とか。」
タンクトップ・・・。
それでいいのか・・・。
「まあ、楽しもうよ。あたしだって、セーラー服だよ、この歳で! あははは!」
楽しもうっていう気持ちはわかりますけど・・・、先生はご自分で立候補したんですよね?
仕方なく引き受けたわたしとは、気合いが違います・・・。
次から劇の練習編に入ります。