◆◆ 茉莉ちゃんと俺 ◆◆
俺、もしかして、やらかした?
きのう、調子に乗り過ぎた?
茉莉ちゃんが話しかけてくれない。
朝、パソコンの操作がわからないときに呼ぶ、と言われたきり。
普通の会話もないし、わからないときに呼ぶのは潤ばっかり。
俺の方を見てもくれないよ・・・。
どうしようどうしようどうしよう?
きのう、浮かれ過ぎて、失敗しちゃったんだろうか?
自分ではセーブしたつもりだったけど・・・もしかしたら、近付き過ぎた? 怖がらせちゃったのかな・・・?
だけど!
だけど、少しでも茉莉ちゃんの近くにいたかったんだよ! 触ったりはしなかったのに!
うっかり間違えたふりをして手を握ったりとか、いくらでも方法は・・・まさか、考えてることがわかったとか?!
俺がそんなことを考えていたから、今日は警戒されてるのか?
それとも・・・芳輝?
きのう、何度か意味ありげに視線を交わしてた。
そのたびに、茉莉ちゃんは慌てた様子で下を向いてしまって・・・。
芳輝のことを気にしてるのか?
俺と仲良くしてるって誤解されないように?
でなければ、気をつけろって言われたとか?
そもそも、パソコンを教えるって申し出たことが失敗だったのかも。
茉莉ちゃんなら自分でもどうにかやれたに違いない。
なのに、虎次郎や芳輝に先を越されたらとあせって、余計なことをしたんだ・・・。
いいところを見せたいばっかりに。
だって、俺、茉莉ちゃんに認められるようなこと、何もやってないよ。
交流会で帰りに連れ出してあげることはできたけど、あれだって、虎次郎と芳輝が門限の話で助けてくれたおかげだ。
あの日はあれ以外、何もいいところがなかった。
茉莉ちゃんの家まで行ったときだって、怖そうなお父さんにビビりまくりだったし。絶対に不合格だよ、あんな状態じゃ。
おとといはゴキブリが怖くて笑われた。
で、挽回したくて、きのうはやり過ぎた・・・。
ああ・・・、もうダメかも・・・。
そうだ。
もしかしたら『恋愛禁止』っていうのは、こうなることへの警告だったのかもしれない。
こんな狭い人間関係で相手に避けられたりしたら、どうしようもないよ!
茉莉ちゃん・・・。
さっき、浜野さんが来たときに出て行ったきり、ずいぶん経ってるのに戻って来ない。
もしかして、デレデレしてるように見えたのか? そういうつもりは全然なかったけど・・・。
むしろ茉莉ちゃんのことが気になって、邪険な態度になったのに。
・・・ん?
俺がデレデレしてるように見えて怒ってるとしたら、それは茉莉ちゃんが焼きもちを焼いてるってことか?
はぁ・・・。
ないな、そんなことは。
きっと、見苦しい俺に愛想を尽かして出て行ったんだ。
でなければ、俺が浜野さんと話すのを嬉しがってると思われたとか。そんなのひど過ぎる!
「先輩。」
「え、あ、なに?」
「さっき、慎也からメールが来て、午後から図書館に来れるかって言うんですけど・・・。」
「図書館? 宿題?」
「いいえ、後夜祭の・・・。」
「ああ! いいよ、ここは大丈夫だから。悪いね、調べ物を任せちゃって。」
「いいんです。じゃあ、お昼になったら僕は出ますから。」
「うん。よろしくね。」
お昼から茉莉ちゃんと二人か・・・。
きのうまでだったら、ワクワクしちゃうところだけど・・・。
いや。
よかったかも。
誰もいなくなるんだから、茉莉ちゃんに謝って、また仲良くしてもらうチャンスだ。
・・・・とは、簡単には行かないよな。
茉莉ちゃんに謝るタイミングがつかめそうにない。
あのあと戻って来ても、俺の方はやっぱり見てくれないし、なんとなく硬い表情をしていた。
それに、さっき、潤が昼に帰るって言ったときの驚いた顔。きっと、俺と二人になるのが怖いんだ。
ああ・・・。
せっかく二人でランチタイムなのに・・・。
だいたい、茉莉ちゃん、どこ行ったんだよ?
手を洗いに行ったにしては、時間がかかり過ぎてる。
そんなに俺のことがいや?
あ、戻って来た。
あんなふうにそうっと戸を開けたりして・・・やっぱり警戒されてる?
俺ってそんなに・・・あれ?
違うな。
あんな表情されたら・・・なんとなく期待しちゃうけど。
うわ、可愛い。
「向かいのコンビニに行って来たの。」
「あ・・・ああ、そうなんだ?」
口利いてくれた!
「ええと、数馬くん、プリンとシュークリーム、どっちが好き?」
「え?」
ど、どういう展開?!
「シ・・・シュークリーム、かな。」
「じゃあ、シュークリーム、どうぞ。」
と・・・隣に! 茉莉ちゃんが自分から隣に座った?!
これは夢か?!
「あ、じゃあ、お金を・・・」
「あ、いいの。ええと、これは、お礼なので。」
「お礼?」
「うん。あの、パソコンを教えてもらってる、お礼・・・です。」
パソコンの・・・?
「あの、数馬くん、どうもありがとうございます。これからもお願いします。」
これからも・・・?
つまり・・・、つまり・・・、嫌じゃない?
俺でいいの?
茉莉ちゃん・・・、そんなふうに恥ずかしそうに見つめられたら、俺・・・何も考えられない・・・。
「・・・うん。も、・・・もちろんだよ。」
「ありがとう。」
なんか・・・ものすごく幸せだ・・・。
「わたしもお昼食べようっと。・・・あれ? 開かないな・・・。」
手が震えてる・・・?
そんなに緊張してた?
茉莉ちゃんにとって、俺に話しかけることは、未だにそんなに大変なことなんだね。
なのに・・・。
「そのペットボトル、いつもキャップが固いんだよね。貸してみて。」
茉莉ちゃん、ありがとう。
俺、ますます茉莉ちゃんのことが好きになる。
あんまり好きで、どうしたらいいのか分からないくらい。
まだまだ頼りにならないし、うっかり馬鹿なことをやっちゃうこともあるけど、茉莉ちゃんを傷つけるようなことは絶対にしない。
だから、怖がらないで、近くにいてください。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。おかしいな、いつもはこれくらい開けられるんだけど。」
そうやって安心して、俺のそばにいてください。
「今年の体育祭のオリジナル種目、どうなるかな?」
他人から見たらまったくわからないほど控え目な、けれど、相手が茉莉ちゃんである俺にとっては超ラブラブな・・・つもりの午後を過ごした帰り道。
蒸し暑い外で汗をかかないようにとゆっくりと駅へ歩きながら、他愛ない話に心が躍る。
「ああ、『ディフェンス玉入れ』のこと? どうだろう? わたし、出るんだけど。」
“オリジナル種目” はうちの学校の伝統で、毎年、体育祭部門担当の委員たちが考案することになっている。
まったく新しい種目のこともあるし、前年のものに改良を加える場合もある。今年は前者だ。
2チーム対抗の玉入れであるところは普通の玉入れと同じだが、相手チームのかごに入れるというところが違う。
フィールドの中心線から1メートルのところに投球ラインがあり、ここよりもうしろから、相手チームのかごに向かって玉を投げる。
かごの手前にはディフェンスラインがあり、ここにテニスラケットを持ったディフェンスが5人並び、飛んで来る玉をブロックする、という計画だ。
・・・あくまでも、 “計画” 。実際にどうなるかは、当日のお楽しみってわけ。
「体育祭委員がやってみたときは、自分たちで爆笑したって言ってたけど・・・。ああ、あと、ディフェンスにテニス部がいると、前で玉を投げてる生徒に向かってスマッシュしそうになって危ないとか。」
「玉入れの玉でも、思いっきり打ち込まれたら痛そう。しかも、背中からなんて。」
「それもあるけど、玉が当たるよりも、ラケットで叩きそうになる方が問題らしいよ。」
ああ・・・、もう駅に着く。
「ええっ?! 危険過ぎない?」
「だから、ディフェンスを下げるか、投球係がヘルメットをかぶるか検討中だってさ。茉莉ちゃんはもちろん投球係だよね?」
せっかくの楽しい帰り道。
もう少し、二人で話したいよ。
「『もちろん』っていうのは、わたしがチビだってこと? 気にしてるのに・・・。」
「あはは! ごめん! あの・・・お詫びにアイスでもおごるよ!」
言っちゃった!
どうか・・・、どうか断らないでくれ!
「え・・・、あの・・・、ええと・・・、」
お願いします!
「ええと・・・、おごってくれなくてもいいけど、食べて行こうかな?」
やったーーーーー!!
もしかして、「味見してみる?」なんて・・・・ことをしたら、また口を利いてもらえなくなっちゃうよな・・・。