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メガネに願いを  作者: 虹色
第四章 夏休み
34/103

◆◆ 先輩からの贈り物 ◆◆


今日は大掃除。

朝からみんなで張り切って体操服に着替えて、マスクを装着。茉莉ちゃんは髪を一つに結んでいる。

学期の節目に強制的にさせられる大掃除はやる気がでないけど、今日のは少しイベント気分で楽しい。


持ち場を決めて、早く終わったら残りを手伝うことにした。

俺は茉莉ちゃんの近くで作業したかったけど、ここは我慢してくじ引きに。

その結果、俺と茉莉ちゃんは部屋を仕切っている背中合わせのキャビネットの、俺は前側、彼女はうしろ側。

向かい合って作業をするのに顔が見えないなんて・・・つまらない。


田嶋先生に言っておいたら、どこからか掃除機を借りてきてくれた。雑巾も10枚以上。


「冷房が入ってるから、こんな時期でもできるんだよな。」


虎次郎が天井を見上げながら有難そうに言った。


「あとで差し入れを持ってきてあげるから頑張りなさい。」


田嶋先生の激励を受けて、大掃除が始まった。





「うわ、すごいほこり。」


「あー、これ、いつからここにあるんだ?」


それぞれ独り言とも報告とも質問ともつかない言葉を発しながら始まった作業も、時間が経つにしたがって無言の時間が長くなる。

俺はとりあえず、キャビネットの棚の一番上から順番に拭き掃除。

ガラス戸になっている上の段は茉莉ちゃんが整理し終わっているから、棚を拭くだけで済む。


反対側でガタガタと作業をしている音は茉莉ちゃんだ。

このキャビネットの背中側もガラスだったら楽しいのに・・・。


下の段は・・・いろいろな大きさの箱の中にいつ使ったのかわからない小物が入れられて、積み上げてあった。

壁際に積んであった段ボールや紙袋は一通り見ておいたけど、こんなところにもまだ意味不明のものが入っている。



使い道のわからないものは処分だ!

これも。

これも。


もしかしたら処分癖がついているのかも。



「うわっ!」


虎次郎?!


窓の近くで足元を見て慌ててる。


「ゴキブリ! そっちだ!」


ゴキブリ?!

ダメだ!

俺、苦手なんだよ!


「先輩、殺虫剤どこですか?!」

「え?! あったっけ、そんなもの・・・。」

「そっちだ! 目を離すなよ!」


誰がどこでしゃべっているのかわからない。

生徒会室の中が一気に騒がしくなる。


そのとき。


「虎次郎くん、どこ?」


落ち着いた声で裏から現れたのは茉莉ちゃんだった。


「そこ! その陰に入った!」


「ここ? あ!」


「わ! 出て来た! そっち行ったぞ、数馬!」


え?!

こっち?!

やだよ! だめだ!


「あ〜、待って! えい!」


という掛け声とともに、「シューーーー!」と殺虫剤をまく音。


「かかった! やった!」


茉莉ちゃんの満足そうな声。

意外に勇ましいな・・・。


「ゴキブリは・・・?」


「ここで苦しんでる・・・数馬くん?」


え?

あ。


茉莉ちゃんの言葉で全員の視線が俺に・・・作業机の上に乗っている俺に集まった。


「数馬くん・・・、ゴキブリ嫌い?」


「・・・うん。」


恥ずかしいから降りたいけど、さっきのゴキブリがほんとうにもう動かないのかどうか気になる。

万が一、起き上がって走って来たりしたら・・・。

茉莉ちゃんのまわりを左右からのぞき込むようにして探してみても、よくわからないから降りられない。


「潤くん、そこの紙を5、6枚ちょうだい。」


もしかして、笑いを隠すためにそっちを向いたのか?

声が変だし。


「ありがとう。ひっくり返ってるけど・・・あ、まだ動く。さすがに生命力が強いよね。」


ひえ〜〜〜〜。まだ生きてるんだ・・・。

茉莉ちゃん、よく平気だね・・・。


紙に乗せられて打ち合わせ机の下から現れたゴキブリは、まだ足をバタバタしている。


「うーん・・・。」


何を悩んでるんだ?

どうやって捨てるか?

そのまま紙にくるんで・・・ん? 笑った?


「ほら!」


「うわーーーーーっ!」


俺に放り投げようとした?!


「あっははははは! ほんとうに怖いんだ! あはははは!」


か・・・からかわれただけ?

心臓がバクバクしてるよ・・・。


爆笑している茉莉ちゃんのうしろで、ほかのメンバーが笑いをこらえている。


「茉莉ちゃん、平気なんだ・・・?」


「うーん、とりあえず、硬い虫のほうが怖くないの。」


「硬い虫?」


「そう。カブトムシとか、クワガタとか、カミキリムシとかなら触れるの。ダメなのは青虫とか蝶とか・・・ああ、考えただけでも気持ち悪い!」


「ゴキブリも硬い虫の仲間に入る・・・?」


「でも、さすがに触れないよ。あ!」


「わあっ!」


また?!


笑われてるよ・・・。


みっともなくて恥ずかしいけど、茉莉ちゃんがこんなに笑ってくれるんだったらいいか。

でも、早くそれを捨ててくれ・・・。





そろそろ昼か・・・と、黒板の上の時計を見て伸びをする。

廊下側から始めたキャビネットの掃除も、4つめのこれをやったら終わる。

向かい側も同じくらいのペースで進んでいるのが音でわかった。

ガサガサと紙の音がして、「ん〜。」と茉莉ちゃんの声。


その直後。


バリッ! バサバサバサッ!


あれれ、重たい紙が落ちた?

大丈夫かな?


「え?! きゃっ! なにっ?! どうして?!」


え?!

何か大変なこと?!


「茉莉花、だいじょう・・・えええええ?! なんだこれ?!」


芳輝まで?!


慌てて裏へ回ると、両手で顔を隠した茉莉ちゃんと、その隣で呆然としている芳輝と慎也。


その足元には散らばった雑誌・・・って、これは・・・。


「な、なんでこんなものが・・・。」


あきらかに、間違いなくこれは、18歳未満が買えないことになっている写真の雑誌。

表紙さえも見てはいけないような・・・。


俺のうしろからのぞき込んだ誰かが、ヒュッと息を吸い込んだ。その音で我に返る。


「ま、茉莉ちゃん、とにかくこっちに。」


手で顔を覆って前が見えない状態の茉莉ちゃんの腕を引っぱって、打ち合わせ机まで連れてくる。


「涼子ちゃんも入っちゃダメだよ。」


そう念を押して戻りかけ、思い付いて付け加えた。


「先に二人でお昼にしていいよ。茉莉ちゃんはいったん部屋から出た方がいいかも・・・。」


俺の言葉に、まだ顔をかくしたままの茉莉ちゃんがうなずいている。

それを見て涼子ちゃんが言った。


「じゃあ、どこかの部屋でお昼を食べてきます。」


二人が出て行くのを見送って恐るおそる現場に戻ると、虎次郎がしゃがみ込んで調べていた。


「この紙袋に入ってたらしい。茉莉花が引っぱりだしたときに底が破れたんだな。」


虎次郎が差し出した紙袋に、太いペンで文字が書いてある。だいぶ古そうだ。


『かわいい後輩へ、先輩からの贈り物だよ〜!』


贈り物?

自分たちが処分に困って先送りにしただけじゃないのか?


見入りそうになるのをこらえて本を数えてみたら10冊もある。


「どうしたらいいんだよ・・・。」


ごみは透明な袋に入れなくちゃいけない。

つまり、学校の中では捨てられない。


ああ・・・俺も贈り物にしたいよ。

でも、茉莉ちゃんがいるこの部屋に、こんな本を置いておきたくない。

こんなものがあると思っただけで、落ち着いて茉莉ちゃんと話せなくなりそうだ。


「手分けして持って帰って処分・・・だな。」


俺が言うと、虎次郎と芳輝が肩を落としてため息をついた。


持って帰ったって、どうやって処分するんだよ?

うちの古紙回収に出すって言ったって、家族に見られたらどうすればいい?

捨てられないで部屋に隠したりしたら・・・隠すって、どこだ? ベッドの下・・・いや、ダメだ! そんな場所にあったら・・・。


ふと気付くと、潤と慎也がそれぞれ手に持って見入っている。


「見てるんじゃない、そんなもの。」


俺と虎次郎が一人ずつ頭を叩く。


「よし。一人2冊ずつ持って帰って、各自で処分。いいな?」


全員が顔を見合わせて神妙な顔でうなずいた。


自分が持ち帰る2冊を拾おうと手を伸ばし・・・いや、これよりもあっちの方が・・・、何やってんだ! 選ぶな!

嫌になって思わず顔を上げたら芳輝と目が合った。


「数馬、目をつぶれ。」


「そ、そうだな。」


目をつぶって、手に触れた2冊を取る。

ほっとして目を開けて・・・ああ、これか・・・って、確認するな!


もう!

見えないように、早くカバンに入れてしまおう。


「そういえば、さっき紙袋が大量に・・・。」


全員無言のまま、虎次郎が持って来た紙袋に雑誌を入れて、ため息をつきながらカバンにしまった。





帰り道。


カバンの中にある本は見えるはずはないのに、茉莉ちゃんに気付かれるんじゃないかと気が気じゃない。

虎次郎も芳輝も、俺と同様にテンションが変だった。


駅で茉莉ちゃんと別れるときに、これほどほっとしたのは初めてのこと。

そのあと・・・。


「先輩。先輩の分、僕が処分します。」


と慎也にこっそりと言われ、疑いつつもほっとして、2冊とも渡してしまった・・・。







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