◆◆ 締めくくりは ◆◆
これで良かったのか?
茉莉ちゃんの背中を押して信号を渡り終えたところで、急に不安になる。
茉莉ちゃんがああいう集団でゲーセンに行ったりするのは苦手だって決めつけて、思い切って連れて来たけど、ほんとうは行きたかったかも知れない。
それに、俺と帰るのは嫌かも・・・。
そう思ったら、手に込めていた力が抜けた。
それを感じたらしい茉莉ちゃんが、横断歩道を渡りきったところで俺に体ごと向けて立ち止まる。
何かを決意したような彼女の表情に、一瞬、「余計なことを」と言われる覚悟をした。
「あの・・・、あの、どうもありがとうございました。」
・・・よかった。
とりあえず、俺の行動は正解だったらしい。
「あの・・・いいよ、俺も帰りたかったから。無理に連れて来ちゃったみたいで悪かったけど・・・。」
「ううん。わたしも『帰る。』って言うタイミングが見つからなくて困ってたから・・・助かりました。」
また丁寧な言葉遣いになってる。
まあ、びっくりさせちゃったから仕方ないか。
ほっとして並んで歩き出すと、今度は自分たちの姿が気になりだす。
夏休みの夜、私服で二人で歩いてる。しかも、おそろいのメガネ〜♪
これって、他人にはデートに見えるよな?
っていうか、デートの練習・・・なんてね!
緊張してる茉莉ちゃんも初々しいし・・・、だめだ、顔がつい・・・。
そうだ。
何か話をしなくちゃ。
「あ、ええと・・・、さっき、」
話し出すと、茉莉ちゃんが首をかしげるように俺の顔を見た。
そのとたん、視線が。
うわ、今日は俺も恥ずかしい!
思わず反対側を向いちゃったよ・・・。
なんだか、今度は心臓が・・・。
「あの、や、八重女の柳原さんに、俺たちの」
あ・・・あれ?
俺と茉莉ちゃんのこと「俺たち」なんて言ってよかったのか?
でも、もう言っちゃったし!
「・・・メガネはおそろいなのかって」
よく考えたらこの話題、今の気分で出すにはけっこうギリギリな・・・。
「訊かれた・・・よ。」
照れくさい。
もう、ただひたすら照れくさい。
俺がそれを嬉しがっていることが茉莉ちゃんに知られたら・・・、いや、でも、知ってほしい気もするし・・・、だけど・・・。
どうしよう?!
なんだか、とてつもなく恥ずかしくなってきた!
こんな話、するんじゃなかった!
それに、茉莉ちゃんを困らせ・・・てない?
いつもどおり、恥ずかしそうに赤くなってはいるけど・・・。
「あの、」
「う、うん。」
何を言われる?
メガネを変えるとか・・・。
「かず、ま、くんは、嫌・・・ですか?」
ん?
カ、ズ、マ、ク、ン、ハ、イ、ヤ、デ、ス、カ? ・・・あ!
俺に、迷惑かって訊いてるのか!
緊張し過ぎて、耳がちゃんと働かないみたいだ・・・。
「いっ、嫌じゃないよ、全然っ! あっ、あの、光栄です。」
なんだよ、この言葉遣いは!
こんな言葉、友達同士で使うかよ?!
「・・・よかった。・・・ありがとう。」
・・・え?
“ありがとう” って言われた?
え?
それって、俺がメガネがおそろいであることを嫌じゃないことに対して・・・だよな?
ってことは?
もしかしてもしかしてもしかして。
もしかして、ここで「好きだ」って言ったら、OKしてもらえるんじゃないか?
え? そんな!
急にそんなこと。
まだ心の準備が・・・。
だけど・・・。
ここで告白すれば、あと1か月ある夏休み中にたくさんデートできる!
俺のために可愛い服を着てきてくれるなんて、考えただけでも胸がむずむずする。もしかしたら水着姿だって・・・は無理かな。
でも、こうやって歩くときだって、手をつないだり・・・夏は暑いか。でも、映画館とか水族館とかでなら・・・。もしかしたらキスだって・・・わあああ!
想像力にキリがない。
いや、想像力じゃなくて、こういうのは妄想って言うのか?
考えてるだけじゃ意味がないな。
実行に移さないと。
(『恋愛禁止』!)
うわ!
こんなときに思い出すなんて!
もう、無視無視!
だって、上手く行きそうなんだぞ! どうせ、誰も知らないし!
だいたい、俺だけじゃなくて、虎次郎と芳輝だって同じ立場だ。
ぐずぐずしてたら茉莉ちゃんがあいつらの誰かと・・・。
「あの、茉莉ちゃん。」
「は、はい。」
「・・・・・今日は楽しめた?」
ダメだ。
簡単には言えない。
こんな場所じゃ、人がたくさんいるし・・・。
「ええと・・・、ちょっと不安だったけど・・・、虎次郎くんと芳くんが助けてくれたから・・・。」
そうだった。
今日は、俺にはいいところがなかった。
それを確認するような話題を、わざわざ自分で・・・馬鹿だな。
俺には茉莉ちゃんに告白する資格なんて・・・。
「それに、数馬くんも・・・気付いてくれたから。」
え?
俺も、ちゃんと茉莉ちゃんの役に立った?
茉莉ちゃん!
俺、やっぱり茉莉ちゃんのことが・・・!
「あの、茉」
「あれ? ジャス?」
え?
この声。
「啓ちゃん!」
「星野先輩?!」
「こんな時間に・・・二人で出かけてたの?」
先輩、ちょっと目つきが怖いような気が・・・。
「あの」
「ち、違うの! 生徒会の交流会で!」
「交流会?」
「そうなの。一葉と八重女とうちの3校の生徒会で・・・。」
はい、そうです。
二人でデートしていたわけではありません。
「でも、ほかの人たちは?」
先輩、チェックが細かい・・・。
「みんなゲームセンターに行ったの。わたしは先にか、日向くんが送ってくれることになって・・・。」
「そうなんだ? 悪いね。」
ようやく笑ってくれたよ。
ほんとうに茉莉ちゃんのことが大切なんだな・・・。
「いいえ。先輩は・・・?」
「俺? 予備校の夏期講習。普段より早い時間帯だから・・・。ジャス、門限に間に合わないんじゃないのか?」
あれ?
ほんとうに門限があるのか?
「お母さんに、今日は遅れるかもって言ってきたよ。」
「ならいいけど。日向、悪いけど、ジャスのこと頼むよ。」
「はい。」
よかった〜。
自分で送って行くって言われるかと思ったよ。
「ちゃんと玄関まで連れて行ってくれよな。その方が、伯母さんも安心すると思うから。」
「は、はい。」
茉莉ちゃんのお母さんに会う?
ちょっと緊張するけど、それもいいかも。
ほかのヤツより先に・・・。
「啓ちゃん! 大丈夫だよ。そんな必要ないよ、日向くん。うちは駅のすぐそばだから。」
「いいよ。ちゃんと玄関まで送るから。」
少しでも茉莉ちゃんと二人きりの時間がほしい。
だって!
家に帰る星野先輩がいたら、電車の中は三人だよ。
先輩のことを邪魔にするわけじゃないけど・・・、茉莉ちゃんがその方が気楽なのも分かるけど、やっぱり・・・。
「そういえば、日向、あのノート、読んでみた?」
ノート?
「あ、会長ノートですか? はい。」
もしかして、あのことを・・・?
「そう、よかった。ああいうことって、つい忘れがちになるから、いつでも見られるようにしておくといいよ。」
『ああいうこと』って、『恋愛禁止』のことを言ってるのか?!
俺が茉莉ちゃんに手を出さないように牽制しているのか?!
そうじゃないとしても、『恋愛禁止』は先輩も知ってるんだ。
もし、俺がそれを無視して告白して、茉莉ちゃんに災難が起こったりしたら・・・。『恋愛禁止』どころか『接近禁止』とか・・・。
「はい・・・。」
やっぱり、あの紙には呪いがかかっているに違いない・・・。
電車を降りて、ようやく二人きり。
『恋愛禁止』だって、一緒に歩くのまで禁止しているわけじゃない。
静かな道を二人で歩くなんて、それだけでも・・・。
「あそこのマンションなの。」
あそこって・・・改札口からデッキで直結の・・・?
「ごめんね、こんなにちょっとの距離なのに降りてもらっちゃって・・・。」
「い、いや、いいよ。玄関に着くまで何があるかわからないし。」
そうか、こんなに近いのか。
明るいし、人がたくさん行き交っている・・・。
オートロックのエントランスを一緒に抜けてエレベーターへ。
――― 手をつなぎたい。
また、いきなりだ。
二人きりの狭い空間の効果?
・・・無理だよな。
茉莉ちゃんは驚くだろうし、拒否されるのが怖い。
それに、拒否されたのが防犯カメラに映っていたりしたら、俺はまるで痴漢だ・・・。
せめて、隣に並ぼう。
立つ位置を少しずらすと、横からおずおずと見上げてくる茉莉ちゃんの視線。
・・・大丈夫だよ。心配しないで。
そう思いながら微笑んでみたら、茉莉ちゃんが・・・笑った。
いつかの、あの笑顔で。
「ありがとう、数馬くん。」
二人の立つ位置は変わらないのに・・・、どこかが触れ合っているような気がする。
・・・まあ、いいか。
八重女の生徒会には、茉莉ちゃんが俺の彼女だって伝わっただろうか?
そうなれば、山口さんは諦めてくれるだろうし、もしかしたら、一葉の連中にも伝わって、茉莉ちゃんの身も安泰かもしれない。
そうだ!
前に茉莉ちゃんが、メガネに願い事をしてるって言ってた。
このメガネって、俺にとってはラッキーアイテムなのかも。
俺も願ってみようかな・・・。
茉莉ちゃんと仲良くなれますように!
そういえば、二人ともメガネをかけたままでキスってできるんだろうか?
試してみたいな・・・。今じゃなくても。