◆◆ 焦る! ◆◆
さっきのあれは、何なんだ?!
茉莉ちゃんが部屋から出たとき、ドアの小窓を通して、芳輝と話しているのが見えた。
と思ったら、茉莉ちゃんはすごく驚いた顔をしていて、戻って来た芳輝が、俺と目が合った途端に意味ありげに笑いやがった。
あれから茉莉ちゃんは、明らかに赤い顔をしてそわそわしている。
何なんだ、あの態度は!
二人のあいだでどんなやりとりがあったんだ?!
やっぱり芳輝は要注意人物だ。
それに・・・。
今日は全然、茉莉ちゃんの近くに行けてない!
こんなに長時間一緒に行動しているのに、どうしてなんだよ?!
今日の集まりに関しては、出だしから上手く行かなかった。
きのうの夜、茉莉ちゃんに一緒に行こうと言おうとして、自信がないばかりに中途半端な表現のメールを送ったのが悪かった。
集合場所はわかるから大丈夫だと返事が来た。
彼女が乗ってくる駅はうちから行く途中にあるから、少し強引だけど、早めに出てその駅で降りて待とうかと思ったら、降りるつもりだったドアから山口さんが乗って来た。
茉莉ちゃんと小学校が一緒なんだから、使ってる駅も同じなのは仕方ないけど、なんでそんなに早く!
彼女の勢いに押されて結局降りることができなくて、そのまま終点まで行く羽目に。
集合までの長い時間を山口さんと過ごすのかと恐ろしくなって、口実作りのためにCDショップに行ってお金を使ってしまった。
集合場所に行ったら、茉莉ちゃんが手塚と一緒に現れた。
手塚も茉莉ちゃんと同じ駅だったと思い出して、落ち込んだ。
しかも、茉莉ちゃんの私服姿は可愛いし・・・。
すとんとした水色のワンピースで、うしろに細い紐のリボンが結んである。
その上に網みたいな生成り色の短いベスト、手にはキャンバス地のバッグ。
見慣れた黒縁のメガネは全体の統一感を崩す感じで、思わず微笑みたくなる楽しさ。
茉莉ちゃんらしいナチュラルな可愛らしさは、八重女の子たちの華やかさとは一線を画している。
一葉の男たちの視線も気になる。
それに、虎次郎と芳輝の服装もそれぞれに決まっていて、自分の野暮ったさにまた落ち込む・・・。
だけど!
茉莉ちゃんと話せないままなのはなんでだ?
今日、彼女は何度も不安そうにしていたのに。
ボウリング場でも、この部屋でも、こんなに近くにいるのに。
移動する途中さえも、何故か身動きが取れないような気がする・・・。
茉莉ちゃんの周りには、一葉の男どもが順番にやって来て話している。
今は虎次郎が守るように隣にいるけど・・・茉莉ちゃんが虎次郎のことを好きになったらどうしよう?!
いや、それよりもやっぱり芳輝が・・・。
「まさか、茉莉花が生徒会役員をやってるなんて、思わなかったな。」
「え、あ、そう?」
思考の中に沈んでいた俺の耳に、茉莉ちゃんの名前が聞こえて我に返った。
隣の席では山口さんが、身を乗り出すようにして俺を見ている。
襟ぐりが大きく開いた服の肩がずれて、中に着ているものの肩紐が見えている。たぶん見せてもいいものなんだろうけど、なんとなく見ちゃいけないような気がするし、こういう服を選ぶこと自体があんまり好きじゃない。
八重女はお嬢様学校だって聞いてたけど、今日来ている4人とも、けっこう遊び慣れてる感じがする。
「うん。はっきり言って茉莉花のことって、 “おとなしい子” っていうイメージしかなかったの。友達のグループが違ったせいでもあるけど、目立たない子だったっていう記憶しか残ってなくて。」
「ああ、あんまり接点がなかったんだ。」
つまり、仲が良かったわけじゃないと。
「まあね。今もあんまり変わってないみたいね?」
「そうかな? うちの生徒会では元気だよ。優秀だし。」
「そうね、九重に入ったんだから優秀なのよね。」
なんとなく嫌な感じ。
でも、茉莉ちゃんとそれぼど仲良しじゃないなら、ちょっとくらい俺が失礼な態度をとっても構わないよな?
にこやかに話しかけてくる山口さんに、ちょっと息苦しいからと断って廊下へ出た。
中から見えない場所に移動して伸びをする。
ボウリング場も今も、賑やかな中にずっといたからさすがに疲れたな。
あーあ。
早く解散にならないかな。
帰りくらいは茉莉ちゃんと一緒に帰りたいけど・・・手塚と山口さんがいるから二人でっていうのは無理か?
肩をぐるぐるまわしながら考えていたら、トイレから八重女の柳原さんが出て来た。
今日来ている八重女の4人の中では、比較的話しやすいひとだ。
俺に気付いてにっこりすると、すれ違いながら話しかけて来た。
「九重ではそういうメガネが流行ってるの?」
「え? メガネ?」
「うん。ほら、大野さんも同じようなのをかけてるから。」
「べつに流行ってるわけじゃないけど・・・。」
「じゃあ・・・、もしかして、わざわざおそろいにしたとか・・・?」
え? おそろい・・・?
たしかに似てるとは思ってたけど、おそろいなんて考えてみたことなかった。
でも、他人にはそんなふうにも見えるのか。
そう考えると、今まで邪魔だと思ってた茉莉ちゃんのメガネが、ものすごく愛しいものに思えてくる。
俺と茉莉ちゃんがおそろい・・・。
「ええと・・・、実はそうなんだ。分かっちゃった?」
言っちゃったよ〜!!
“おそろい” の魅力には抵抗できない・・・。
「みんなにはまだ秘密なんだけどね。」
だから、誰にも言わないでくれよ。
すぐにウソだとばれてしまう。
「そっか。じゃあ、しょうがないね。」
「何が?」
「実はね・・・、わたしたち、あやめに命令されていたの。」
命令?
「あやめが日向くんを気に入っててね、お近付きになりたいって。今日の交流会も、ほんとうはそれが目的だったのよ。」
「俺?」
「だって地区生徒会の日、日向くん、わたしたちのこと、完璧に無視だったでしょう?」
「・・・もしかして、トイレの前のこと?」
「そう。あの日もあやめの命令で日向くんのこと待ち構えてたのに、聞こえないふりして通り過ぎちゃったから。まあ、日向くんは誰にも話しかけさせなかったけど。」
当たり前だ。
あんなところで立ち止まるわけないだろ?
強行突破に決まってる。
「で、今日は、あやめがいつでも話しかけられるように、わたしたちが日向くんに付きまとってたわけ。気付かなかった?」
それで身動きがとれなかったのか!
迷惑な話だ!
「そんなに山口さんって強いのか?」
「強いっていうか・・・、まあ、女子同士はなかなか大変なのよ。あやめは中心にいることに慣れているから、彼女とうまくやっていかないと面倒なの。あやめに『お願い!』って言われたら、わたしたちには命令と同じなの。」
断れないお願いなんて・・・。女の子って大変だなあ・・・。
「日向くんには鬱陶しかったよね? ほんとうにごめんなさい。」
柳原さんは丁寧に謝ってくれて、もう一度にっこりすると、廊下を歩いて行った。
なんか不愉快だ。
だけど。
おそろい?
俺と茉莉ちゃんのメガネが?
楽しい。
なんだか顔が・・・。
「ねえ、ちょっとだけゲームセンターに行かない? わたし、欲しいぬいぐるみがあるの。」
食事会のあと外に出たところで、先頭を歩いていた山口さんが楽しげに振り返る。
賛成する声を聞きながら、緩やかにくずれた集団の中を、一番うしろにいる茉莉ちゃんの隣へ移動。
茉莉ちゃんは足元を見ていて顔を上げない。
隙間を縫って視線が合った山口さんに、笑顔でひとこと。
「俺は茉莉ちゃんを送って行くから、これで。」
茉莉ちゃんも含めてみんなのハッとした表情の中で、ニヤッと笑う虎次郎と片方の眉を上げる芳輝、それに、意味ありげな目配せをする柳原さん。
「え? あ、あの、」
「そうだな。茉莉花には門限があるからな。」
「うん。頼んだよ、数馬。」
慌てる茉莉ちゃんが何か言い出す前に、虎次郎と芳輝が話を合わせてくれた。
芳輝が悔しそうな顔をしないことに違和感を覚えつつ、成り行きにほっとする。
「じゃあ、お先に。山口さん、今日はありがとう。さあ、行こう、茉莉ちゃん。」
うしろから肩に手をかけて押すと、まだ驚いたままの茉莉ちゃんがぎこちなく歩き出した。
「あ、あの、あやめちゃん、ありがとう。またね。みなさん、お先に失礼します。」
そんなに丁寧に・・・。
そういうところがまた可愛いんだけど。
やったぜ!
これで茉莉ちゃんを一人占めだ!
もう一話、数馬が続きます。