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メガネに願いを  作者: 虹色
第一章 決心
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◇◇ 不思議な縁 ◇◇


日向くんがいないクラス。


2年に進級した初日、クラス分けのプリントを見て、心に穴が開いたような気がした。


わたしは1組。日向くんは7組。

分かっていたことだけれど、事実として目の前に示されてみると、どうしようもない喪失感が襲ってきた。

入学からの一年間を無駄にしてしまったという後悔でいっぱいになった。


チャンスはあったはず。何度も。

それを自分のものにできなかった。

誰のせいでもない。

全部、自分が悪い。


これからの2年間は、日向くんがいない毎日。





新しいクラスか・・・。


また友達の作りなおしだ。

去年、仲良くしていた子たちとは別れてしまった。

進級3日目の今日は、まだ、席の近いひとたちとポツリポツリと話してみるくらいで大丈夫かな?

それとも、もう友達候補者を決めて、試してみなくちゃだめ?



「大野。今年も一緒に風紀委員やろうぜ。」


ああ、一人だけいる。

朝の昇降口で話しかけてきたこのひと。


栗原くん。


ちょっと面白いひと。

日向くんと仲がいい。


「おはよう。今年もやるつもりなの?」


わたしにはとても珍しい、男の子の友達。

友達って言っても、 “普通に話ができる相手” っていう程度のものだけれど。


「去年、話したじゃん。自分の行動を制限するためって。」


「そうだったね。」


思い出すと笑ってしまう。


栗原くんは見るからにお調子者・・・というか、チャラチャラした感じのひと。

髪型も、前髪を伸ばしたり、あちこちを寝ぐせみたいにしていたり(本人はわざとだと言う)、たぶん、わたしよりも手がかかっている。

黒い学生服は、入学式のあとは、ボタンが全部留めてあったことはないんじゃないかな。今も全部開けっぱなしで、白いワイシャツは中のTシャツが見えるように着ている。

上履きのかかとを踏んでいるせいか、歩き方が変。

バスケ部の大きなバッグを肩にかけ、ポケットに手を突っ込んで、ひょろりと背の高いからだを左右に揺らすように、大股で歩く。


でも、バスケットをしているときはカッコいいそうだ。みんなの話では。


このひとと、去年一年間、一緒に風紀委員をやった。





「ねえねえ、大野さん、一緒にやろうよ。」


一年前、最後に残った風紀委員を決めているときに、栗原くんから声がかかった。

ほんの何秒か前には日向くんが名指しされていて、それだったらやってみたいけど・・・、なんて思いながらも、当然、声を出すことができずにいたとき。


栗原くんが「俺が」って言っただけでも、その見た目で驚いたのに、さらに自分がそのひとから指名されたことが信じられない思いだった。


「なんでっ?!」


・・・という声が出なかった。

そういうことを、したことがなかったから。

みんなの前で大きな声を出して誰かに言い返すなんて・・・。


クラスメイトがわたしを見て、納得したのがわかった。黒縁メガネの “真面目ちゃん” なわたしに。


(いいんじゃない?)

(いかにもって感じ。)


みんなの視線に、そんな言葉が込められているのを感じた。


――― やりたくない。


でも、ここで嫌だと言ったらHRが長引いて、みんなに反感を買ってしまう。


「やってもいいです・・・。」


残された道はそれしかなかった。


黒板に書かれた「大野茉莉花(まりか)」という文字を見ながら、栗原くんをうらんだ。

せめて、一緒にやるのが日向くんだったらよかったのに。



でも、栗原くんは不思議なひとで、いいかげんな雰囲気の下に違うものを持っていた。

話したことのないわたしに対しても、懐に飛び込んでくるような人なつっこさがあった。


「俺さあ、お調子者だから、みんなにおだてられると、いろんなことやっちゃうんだよね〜。」


最初の委員会の集まりに向かいながら、栗原くんが言った。


「普通にしてたらさあ、たちまち髪染めたり、ピアス開けたりしそうでさあ。」


まさにそういう雰囲気。


「でも、そういうのって、金かかんじゃん? 俺、部活あるからバイトできないし、親に携帯代も自分で払うって威張って言っちゃったからさあ、今さら小遣い増やしてほしいとか言えないし。」


そりゃあ、そうだわ。


「だから、風紀委員になれば、みんなに『似合うぜ、きっと。』とか言われても、『風紀委員だから。』ってことわれるだろ?」


「お金がないって言えばいいのに。」


正直が一番面倒がないのに。


「うーん、それだと、『バイトすれば?』とか続きそう。」


「そう?」


「それに・・・ほんとうは好きじゃない、そういうの。」


「え?」


「好きじゃないけど、俺、そういうキャラだから、やっちゃうの。みんなの期待に応えて。」


そんなことを笑顔でサラリと口にした栗原くんを、その瞬間から尊敬した。



“そういうキャラだから”

“みんなの期待に応えて”



好きじゃないのに、それを笑ってできるって、すごい。

それを受け入れて、こんなふうに “仕方ないよ” って流せることがすごい。

わたしもこんな大らかさが欲しい、と思った。


わたしを相棒に選んだのは、


「大野さんって、真面目で口うるさそうだから、俺のことビシビシ叱ってくれるでしょ?」


という理由だった。

そこまで考えていたことにびっくりしながら、わたしの印象ってそんなだったのかとがっかりした。



・・・とは言っても、すごいのはそこだけで、風紀委員の仕事はいいかげん過ぎて困ってしまった。


でも、なんとなく憎めなくて、そのうちに、わたしも遠慮しないで栗原くんにはものを言えるようになった。

女子同士よりも気楽なくらい、飾らないで何でも言える。

まあ、必要なときにしか話さないから、クラスの中では誰も、栗原くんがわたしの数少ない友達の中に入っているとは思っていなかっただろうな。

それに、栗原くんはわたしのことを、ただ同じクラスにいる女子としか思っていない。だから、よけい気楽。




「風紀委員か・・・。」


少しは仕事も慣れているし、栗原くんと一緒にやるのはかまわないけど・・・。


「自分で立候補したら、またみんなに真面目なイメージで見られちゃうなあ。」


「やろうぜ。去年みたいに、俺から指名するからさあ。」


「考えておくよ。決めるのは来週のHRだよね?」


「よろしくな! あ、渡辺! きのうさあ・・・、」


相変わらず友達がたくさんで賑やかなひとだ。

でも、同じクラスに栗原くんがいて、けっこうほっとしてる。



・・・もう、あんまり頑張らなくてもいいや。



自然体の栗原くんと話したら、ふと、そんな考えが浮かんできた。


入学してからの一年間、クラスの中で普通になろうと頑張ってきた。

でも、わたしは相変わらず目立たないままで、結局、何も変わらなかった。


要するに、努力してもしなくても同じってこと。

だったら、なるべく気楽に過ごした方がいい。


もう無理をするのはやめ。


友達が少なくてもいい。

どうせ目立たないんだから、クラスから浮いてしまったとしても気付かれないだろう。



ただ・・・一人くらいは、おしゃべりできる友達がいる方がいいな。

趣味で集めてるかわいい文房具に気付いてくれるひと、とか。








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