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メガネに願いを  作者: 虹色
第三章 ちょっとずつ
27/103

◆◆ 朝の風景 ◆◆


電車が混んでる。


早朝に車輌故障でダイヤが乱れて、駅も混雑していた。

次の電車がいつ来るかわからないから、どの人も、すでに乗れそうにないほど混んでいる電車のドア口に殺到して・・・なぜか、乗れた。

息がつけないほど押されながらふと目に入ったのは、4、50代のオジサンたちに囲まれてドアに押しつけられている栗原の姿。



――― ざまあみろ。



心の中でつぶやく。


茉莉ちゃんと抱き合うなんて、お前には百年早い。



そうは言っても・・・。


結局、あの設定は変えてもらえなかったそうだ。

茉莉ちゃんはだいぶ食い下がったらしいけど。


人形が恋をするのはどうか、とか、飼い犬を男の子の設定にして、恋の相手は江川さんに、とか、いくつか提案もしたらしい。

でも、監督は


「茉莉さんが男子とこれを演じることに意味がある!」


と言って譲らなかったそうだ。

しかも、人見知りな茉莉ちゃんのために、相手役に茉莉ちゃんが普通に話せる栗原を選んだと言われて、それ以上はどうしようもなかった、と肩を落としていた。


あーあ。

俺も同じクラスになっていれば。

今なら、俺だって栗原に負けないくらい茉莉ちゃんと仲良くできている・・・と思うんだけどなぁ。




学校のある駅で降りるのも一苦労。

上りと下りの電車が同時に到着したらしく、ホームから改札口への上り階段も渋滞している。

俺はいつも早めに登校しているから、駅にこんなにうちの学校の生徒がいる状態は初めて。

のろのろと進む階段の前後で、生徒同士があいさつを交わしている声が聞こえる。



――― もしかしたら、茉莉ちゃんがいるかも。



ふと湧き起こった期待に胸を躍らせて、階段を上りきったところで反対側のホームからやってくる生徒たちに視線をめぐらすと。


いたよ!

やった!


さすが、俺。

みんなが同じ服装をしている中で、小柄な茉莉ちゃんを見つけるなんて。


隣にいるのは江川さん?

彼女なら、俺が一緒に歩いても嫌がらないだろう。

それに、残念ながら茉莉ちゃんも、俺と二人よりもその方が気楽だろうし。


「おはよう。」


改札口の手前で声をかけると、二人とも俺を見て笑顔になった。

それだけでもほっとする。


電車のことや天気の話をしながら駅を出たところで、「よっ!」と肩をたたかれた。

・・・栗原。

そのまま俺の肩に腕をかけて身を乗り出し、茉莉ちゃんと江川さんにあいさつをしている。


同じ電車にいたんだった・・・。


がっかりする気持ちを抑えて、4人で話しながら歩く。



栗原って、ほんとうに茉莉ちゃんと仲がいいんだな・・・。



栗原はいつものお調子者の態度のままで、それに茉莉ちゃんと江川さんが笑顔で話しかけている。

3人の会話のテンポの良さから、それが普段の様子なのだとわかった。


茉莉ちゃんの表情が、俺と話すときと全然違う。

生徒会に来たばかりのころと比べると、俺ともだいぶ仲良くなれたと思っていたのに。

虎次郎や芳輝とよりも仲がいいんじゃないか?

彼女が男相手に、こんなにしゃべるとは思わなかった。


「ふ・・・。」


こっそりとため息をついてしまう。

3人からいったんそらした目を戻すと・・・。



・・・あ、れ?



遅れ気味だった俺を待つように立ち止まっている茉莉ちゃん・・・?

その向こうに話しながら歩いて行く栗原と江川さん。



待っててくれた?

俺を?

二人で歩いてくれるのか?

やったーーーー!!


飛び上がって叫びたいほど嬉しい!

これが、たとえ3人の会話に入りきれない俺に対する同情からだとしても!


頬が緩むのを懸命にこらえて、さり気ない、 “どうしたの?” という表情を繕って近付く。


一瞬、茉莉ちゃんと俺の視線がぶつかって、茉莉ちゃんがあわてて下を向いた。

通学カバンの取っ手を両手で握りしめている様子から、ただ立ち止まって俺を待つというだけのことも、彼女にとっては勇気がいることなのだと伝わってくる。



そうまでして俺のことを気遣ってくれるなんて。

幸せだ・・・。



並んで歩きだしたら、なんだか足元がふわふわする。

手を大きく振って、スキップでもしたい気がする。

大きな声で、周りのみんなに「茉莉ちゃんと歩いてるんだぜ!」と自慢したい。

自分が何を話しているのかよくわからない。



笑ってるよ・・・。

俺と話すの、楽しい?


ああ・・・。

学校がもっと遠くにあったらいいのに・・・。



「ジャスミンちゃん、おはよう。」


追い抜いて行く女子の声で我に返る。


“ジャスミンちゃん” ?


「あ、おはようございます。」


茉莉ちゃんが笑顔で軽く頭を下げながらあいさつを返している。

3年生の女子?


「知り合い?」


俺の問いにぱっと顔を上げて、目が合うと慌てて前に向き直る。


「ううん。啓ちゃんのお友達。」


「星野先輩の?」


「うん、たぶん。球技大会のあとから、よく声をかけてくれるの。」


ふうん。

茉莉ちゃんが星野先輩のいとこだから、なのか。


「あ。ジャスミンちゃーん。元気?」


え?

男子の先輩も?

3人で手を振ってるけど・・・?


「あ、はい。おはようございます。」


「あの先輩たちも・・・?」


「うん。啓ちゃんのお友達だと思う。」


そうなのか?


「ジャスミン先輩、おはようございます!」


今度は一年男子?


「あ、おはようございます。」


「一年生にも丁寧だね・・・。」


「・・・そうかな? 変?」


首をかしげて困ったように恥ずかし気に俺を見る茉莉ちゃんも・・・かわいい・・・。


「い、いや。そんなことないよ。茉莉ちゃんらしくて。」


でも、ほかの男にそんな顔はしないでほしい!


「ジャスミンちゃん、おはよう。」


うしろから追いついてきた男の先輩は、歩きながら俺に鋭い視線を投げて来た。


「あ、おはようございます。」


茉莉ちゃんがあいさつを返したあとも、ためらうように2、3歩並んで歩いてから駆け去って行く。


「あの先輩も・・・。」


「啓ちゃんのお友達だと思う。」


違うような気がするけど・・・。

そういえば帰りにも、たまに手を振ってくる人たちがいたっけ。

知り合いかと思っていたけど、もしかしたら、あの人たちも・・・?


「茉莉ちゃんは直接は知らないの?」


「え? あ、うん、そうなの。毎朝こんなふうに、みんながあいさつしてくれるの。」


「みんな?」


「あ、やだ、そんなに大勢じゃないよ、もちろん。でも、毎朝何人かはいるかな。男の人も女の人も。」


「へ、へえ・・・。」


「有名人を身内に持つだけでこんなに変わるなんてね。ふふ。」


「変わるって・・・そんなに違う?」


「うん。去年は誰にも気付いてもらえなかったのにな、と思って。」



ガツン! と殴られたような気がした。



『誰にも気付いてもらえなかった』。

その『誰にも』の中には俺も入っている・・・。


「あ、一人だけいたんだった。」


「・・・誰?」


「栗原くん。」


「・・・栗原?」


「うん。わたしを普通のクラスメイトとして見てくれたのは、栗原くんだけだった気がするなあ・・・。」


茉莉ちゃん。

だから、茉莉ちゃんにとって栗原は特別なの・・・?


「あ、でも、あの、当然なの。」


「当然?」


「あのね、わたしが気付いてもらえないのは、小学校のころからずっとだったから。」


小学校のころからずっと・・・?


「だから、何でもないの。わたし、目立たなくて当たり前だし。あの、べ、べつにみんなを恨んでるとか、そういうことは、ないから・・・その・・・。」


茉莉ちゃん・・・そんなに慌てて。

俺に気を遣ってるのか?


「茉莉ちゃん・・・。」


ごめん。

俺、茉莉ちゃんが困った顔をしてたことに気付いてた。

なのに、勝手な理由をつけて、何も言ってあげなかったんだ・・・。


「茉莉ちゃん、ごめ」

「あの、いいの、大丈夫。」


俺の謝罪のことばを、茉莉ちゃんが必死で遮る。

それから急いだ様子で通学カバンから携帯を出して、俺を無視して次々とボタンを押して。

携帯を閉じてカバンに戻しても、俺には視線を向けてくれない。


当然だ、こんな男じゃ。


・・・あれ?

携帯が・・・あ。


茉莉ちゃんからのメール?


『謝られたら泣いてしまいます。ここで泣いたら、数馬くんがわたしを泣かせたって大騒ぎになっちゃうよ。』



――― 抱き締めたい。



体が動き出しそうになるほど強い衝動に自分で驚く。



どうしたんだ、いきなり?

今までこんなことなかったのに。



だけど。

力いっぱい抱き締めて、これからは俺がいるって伝えたい。

せめて手を・・・。



無理だ!

こんな場所でできるわけないじゃないか!

それに、そんなことをしたら、彼女は驚いて逃げ出してしまう。

これからの生徒会活動にも支障が・・・。



深呼吸をして、茉莉ちゃんに笑顔を向ける。


「そんなことになったら星野先輩に怒鳴り込まれそうだから、やめておく。」


「うん。それがいいよ。」


茉莉ちゃんがほっとしたように笑った。

その笑顔に、胸が痛くなった。









第三章「ちょっとずつ」はここで終了です。

次回から第四章「夏休み」です。

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