◆◆ 俺の役目は・・・。(2) ◆◆
「なんだよ、数馬。こんなところにいたのか。」
虎次郎・・・。
顔を合わせるのが恥ずかしい。
何もできないまま生徒会室から逃げ出してきた俺は、いったいどんな顔をすればいい?
窓から外を見ていれば、とりあえずは顔を合わせないで済む。
「お前なあ、一人になりたいなら、もう少しべつな場所を選べよ。生徒会室に一番近いトイレになんか、いることないだろう?」
「だって・・・。」
飛び込んじゃったんだから仕方ないじゃないか。
一回入ったら、出て行きにくくなったし。
「茉莉花が泣きそうな顔してたぞ。自分が余計なことをしたせいで、お前の面子を潰したんじゃないかって心配して。」
茉莉ちゃん・・・。
俺のせいで、茉莉ちゃんが泣きそうに・・・。
ため息が出る。
俺ってほんとうに、どうしようもないヤツだ。
茉莉ちゃんにはいつも笑顔でいてほしいのに、そんな悲しい思いをさせるなんて。
こんなことじゃ、彼氏候補になんかなれるわけないや。
茉莉ちゃんのことだけじゃない。
生徒会長だって、俺よりももっと上手くやれる生徒がいくらでもいるはずだ。
虎次郎だって、芳輝だって、茉莉ちゃんだって、もしかしたら一年生でも・・・。
「虎次郎。俺、生徒会長には向かないみたいだ。だから・・・いてっ!!」
叩かれた?!
振り向くと、目の前に怒った顔の虎次郎が。
「馬鹿だな、お前は!」
わかってるよ、そんなこと。
「生徒会長だからって、完璧なわけないだろ?」
え?
「誰も、数馬に完璧なんて期待してねえよ。俺たちと同じ高校生なんだぞ。」
「・・・期待してないのか?」
「完璧じゃなくてもいいって言ってるんだ。お前が一人で仕事をやれるなら、副会長の俺は何のためにいるんだよ?」
「そうだけど・・・、会長は一番責任が・・・。」
虎次郎が大きなため息をついた。
「数馬は中学でも生徒会長をやってたんだよな? よっぽどワンマンだったんだな。」
「・・・べつに威張ってなんかいなかったよ。だけど、みんなが『日向がいるから安心だ。』って言うから何でもやるしかなくて・・・。」
「で、 “やれば何でもできた” 、か。優秀だからな、数馬は。」
「厭味か? 優秀なんかじゃないってわかってるだろ? みんなが勝手に言うだけだ。」
俺は優秀なんかじゃない。
いざというときに役に立たないんだから。
なのに・・・。
いつの間にか自分が偉いような気になって、みんなの上に立っているようなつもりでいた。
恥ずかしい・・・。
「そうか。自分で分かってるんなら上等だ。数馬、お前、いままで失敗したこととか、挫折したこととかないんだろう?」
失敗?
「あるよ。茶碗割ったりとか・・・、絵が下手だし・・・。」
「あーあ、もう。これだから基礎能力値の高いヤツは・・・。」
またため息かよ・・・。
仕方ないだろう? 何をやってもそれなりにできちゃうんだから。
自分だって同じじゃないか。
「いいか、俺たちは “生徒会” っていうチームなんだ。全員でひとつなんだよ。」
全員でひとつ・・・。
「でも、みんなそれぞれ担当が・・・。」
「担当は決まってたって、それだけで全部分けられるはずがないだろう? 忙しいときもあるよな? 得意なことや不得意なこともある。そういう中で、みんなが自分にできることをやればいいんだ。」
自分にできることをやれば・・・。
「俺にできることって、なんだ?」
「馬鹿! そのくらい自分で考えろ! 茉莉花だって、自分で考えてやってるじゃないか。」
茉莉ちゃん・・・。
さっきは溝口の話を聞いて、古い記録を調べてくれた。
キャビネットや書庫の整理は、書記の仕事なんかじゃない。
「まったく、大人びた見た目のくせに、中身はまるっきり子どもだな。ほら、戻るぞ!」
何も言い返せない・・・。
「連れ戻してきたぞー。」
虎次郎の言葉に部屋にいたメンバーがこっちを向いた。
ニヤリと笑う芳輝。
楽しげな瞳の涼子ちゃん。
おずおずと窺うように見ている潤と慎也。
茉莉ちゃんは・・・?
「勝手なことして、ごめん。」
まずはみんなに。
「あの・・・茉莉ちゃんは?」
芳輝が部屋を仕切るキャビネットの方を指差す。
書庫にいるってこと?
みんなに見守られながら、窓側をまわって書庫へ。
「あれ?」
・・・いない。
廊下への戸が開いたまま。
逃げられた?!
慌てて戸口から廊下をのぞくと・・・校舎の端に向かって駆けて行く後ろ姿が。
「茉莉ちゃん!」
呼んでも立ち止まるわけがない。
俺から逃げ出したんだから。
「早く追いかけろ!」
いつの間にかうしろにいた虎次郎に押されて、急いで駆け出した。
校舎の端にある階段にたどり着くと、上に足音と人影。
「茉莉ちゃん、待って。」
それでも足音は待ってくれず、4階、5階、6階と通り過ぎる。
俺はそれを追いながら、吹奏楽部の楽器の音や演劇部の声を突き抜けて行く。
意外に速いな・・・。
「止まって! 来ないで!」
最後の上りに足をかけたところで声がした。
追いついた?
7階の廊下?
この階段はここで終わり。
7階の廊下にある手すりの向こうに茉莉ちゃんの気配。
一気に5階分も階段を上がったら、さすがに疲れた。
ゼイゼイと息を切らしながら、そのまま段に座りこむ。
「あの、・・・ごめんなさい。もう、日向くんの、邪魔をしたり、しないから。」
息を整えながら切れ切れに謝る茉莉ちゃんに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「違うんだよ。悪いのは、俺、だから・・・。」
きちんと話せるように、呼吸を整えて。
「茉莉ちゃん、ごめん。俺、茉莉ちゃんに助けられて、自分が自信過剰だったって気付いたんだ。それで、・・・恥ずかしくなって逃げたんだ。茉莉ちゃんは何も悪くないんだよ。」
そう。
変なプライドで逃げ出したりして、虎次郎の言うとおり、子どもみたいだ。
「心配させてごめん。」
・・・・返事がない。
怒ってるのかな?
もしかして、また逃げられちゃったとか・・・?
ちょっと見て・・・。
「来ないで。」
立ち上がって階段を上り始めたとたん、茉莉ちゃんの声。
「あの、茉莉ちゃん、俺が悪かったって反省してる。だから・・・」
「違うの。もういいです。わたしは平気だから・・・先に戻ってて。」
許してくれた?
「じゃあ、一緒に・・・。」
「あの、ダメなの。今は、顔を合わせられない・・・。みっともないから・・・。」
顔って・・・・。
あ。
もしかして、泣いちゃってたのか?
息が切れてただけじゃなかったんだ・・・。
「ごめん・・・。」
茉莉ちゃんを泣かせた・・・。
何をやってるんだ、俺は?
嬉しそうな笑顔を見たいって、いつも思ってきた茉莉ちゃんを泣かせるなんて。
もう二度と、こんなことにならないようにしよう。
そのためにどうしたらいいのか、これからよく考えてみよう。
「茉莉ちゃん。」
「・・・はい。」
「俺、茉莉ちゃんと一緒に戻らないと、ほかのメンバーに部屋に入れてもらえないと思うんだ。」
「え・・・?」
「だから、待ってるから。」
「・・・じゃあ、顔を洗ってくる・・・。」
遠ざかる足音を聞きながら、7階まで上って待とうかと思ったけど、彼女を信じてその場で階段に座って待つことにした。
数分後、階段の上で止まった足音に振り向くと、いつもどおりの紺色の襟の白いセーラー服姿で、恥ずかしそうに微笑む茉莉ちゃん・・・の予定だったんだけど。
スカートの中がーーーーー!!
慌てて立ち上がって、踊り場の壁まで後ずさり。
ごめんごめんごめん!
そういうつもりじゃなかったんだよ!
で、でも、見られても大丈夫な・・・いやいや、そんなに見てないから!
彼女は恥ずかしそうに目を伏せて、階段を急いで下りてくる。
・・・気付かなかった?
よかった・・・。
「お待たせしました。」
小さな声。
顔は相変わらず伏せたまま。
「ええと、そんなに待ってないから。」
歩き出すと、彼女は階段2段分くらいうしろからついてくる。
鼓動を鎮めようと気付かれないように深呼吸をしながら、ふと思った。
・・・違う。こうじゃなくて。
6階に降りたところで少し止まって、茉莉ちゃんの隣に並ぶ。
茉莉ちゃんが好きだから、じゃない。
俺と茉莉ちゃんは仲間だから。
役職には関係なく生徒会の仲間として、俺と茉莉ちゃんは対等なんだ。
「さっきはありがとう。」
素直に言葉になった。
「・・・うん。」
「これからも、頼りにしてるから。」
「わたしを? 日向くんが?」
「うん。」
もちろんだよ。
茉莉ちゃんは自分では気付いてないみたいだけど、優秀なひとだよ。
・・・そうか。
星野先輩が言ってた「肩の力を抜いて」っていうのはこういう意味だったのかも。
会長だからって、一人で頑張らなくてもいいって。
俺を助けてくれる仲間がいるんだからって。
「あと、」
「・・・はい。」
「・・・俺のこと、また『数馬』って呼んでほしいんだけど。」
照れくさくて声が小さくなってしまった。
・・・茉莉ちゃん?
「はい。・・・数馬くん。こちらこそ、これからもよろしくお願いします。」
「うん。」
いい仲間になろうね。
そのあと、できたら・・・。