◆◆ 俺の役目は・・・。(1) ◆◆
「日向! いるか?!」
7月になって最初の金曜日。
大声とともに生徒会室の戸がガラガラと乱暴に開けられて、俺を睨みつけながら大股で近付いてくる生徒。
去年、同じクラスだった溝口だ。
いつの間にか髪を染めたんだな。ピアスまでしてる。
「なにか・・・」
俺が言い終わる前に、溝口は窓際に立っていた俺の前にたどり着いた。
「どうしてダメなんだよ?!」
「え?」
いきなり目の前で怒鳴られても、何のことを怒っているのかわからない。
生徒会のほかのメンバーが驚いてこっちを見ている。
「何がだよ?」
「軽音部の野外ステージのことだよ!」
軽音部の野外ステージ・・・。
ああ! 思い出した。
「正門の近くでやりたいって言ってた・・・」
「そうだよ! なんでダメなんだよ! 理由を教えろよ!」
「実行委員会から説明したはずだぞ? あそこは催し物は禁止の区域だからだよ。文化祭の出し物は、校舎内と体育館と中庭って決まってるんだ。だから」
「3年前はやってたんだぞ! なのに、なんで今年はダメなんだよ! お前たちが勝手に決めたんだろう!」
「3年前?」
「そうだよ! 3年前に来たときは、あの場所で軽音部がライブをやってたんだ! 間違いないんだ! 俺以外にも覚えてる部員がいるんだからな!」
そんなこと言われても、俺がここで「いい」って言えるわけないじゃないか。
怒鳴られたからって、会長の俺が簡単に折れるわけにはいかないんだ。
「今は禁止になってるんだよ。仕方ないだろ? どこかほかの場所で」
「だから! どうしてダメなんだよ?! お前たちが勝手に決めたんじゃないのか?!」
勝手にって、そんなことするわけないだろ?
だいたい何だよ、その言い方は!
「俺たちが決めたんじゃない! 学校の管理上の問題だろ? もう今は禁止なんだから、べつな場所を探せばいいじゃないか!」
「あそこが一番目立つ場所なんだ! 3年前だってすごい人だかりだったんだぞ!」
「得票数を伸ばしたいのはわかるけど、あの場所はダメなんだ! さっきから言ってるだろ? 禁止になってるって!」
「禁止禁止って、押し付けるんじゃねえよ! お前たち、何様のつもりだよ?! 生徒会ってそんなに偉いのか?!」
「なんだと?! 俺たちは生徒の代表として」
「代表だからって、俺たちが何でも言うことをきくと思ってるんだろう! そういうのを威張ってるって言うんだ!」
「勝手なこと言ってんのはそっちだろ?! だったら自分が・・・」
「あの、日向くん。ちょっと・・・。」
茉莉ちゃん?
目の前で怒鳴ったりして、怖い思いをさせちゃったかな・・・。
「なんだよ、大野? 今、俺が日向と話してるんだぜ。」
「あの、そのことで、ちょっと・・・。」
俺に?
茉莉ちゃんが必死の表情で「話を聞いて」と呼びかけている。
胸に緑色のファイルを抱き締めて。
「何かあるんなら、お前が説明しろよ。わざわざ日向を通さなくていいんだぜ。」
溝口!
お前、茉莉ちゃんが内気なのをわかってて言ってるな?!
しかも、彼女に向かって「お前」って・・・。
ひとこと言ってやろうと息を吸い込んだ途端。
「・・・わかりました。」
茉莉ちゃん?
「説明するので、溝口くんも座ってください。」
青ざめた顔をしながらも、その目は決意をたたえて溝口に向けられている。
一瞬の間のあと、ため息とともに溝口が一歩下がって、乱暴な態度でそばにあった椅子に腰かけた。
茉莉ちゃんに頼むような視線を向けられて、俺も溝口と机の角をはさんで向かい合う場所に座る。
そして、俺たちの間に茉莉ちゃんが。
「溝口くんが3年前と言っていたので、3年前の記録を探してみました。」
茉莉ちゃんが溝口の方を向いてファイルの表紙を見せる。
3年前の年度と『九重祭関係』の文字。
「ここに、」
その手がさまざまな資料やルーズリーフに書かれた記録をめくっていくと。
「九重祭終了後の反省事項の記録があります。実行委員会と生徒会と学校・・・先生2人です、が集まって、話し合いがおこなわれたときのものです。」
ああ。
去年もやったな。
「この中に軽音部の野外ステージについての話題が載っていました。」
「ほら見ろ。3年前はたしかにやってたんだ。」
溝口が得意気な顔をする。
それをちらりと見ただけで、茉莉ちゃんが続ける。
「ここには、『野外ステージについて苦情が寄せられて、学校が対応に追われた。』と書かれています。」
「え?」
「苦情?」
「はい。苦情の内容は3つです。件数はわかりません。向かいのマンションからの音についてのもの。前の道路を通る人や車からの、立ち止まる人がいて危険だし通行の邪魔だというもの。もう一つは実行委員会からの、受け付けを通らないで入場してしまう人がいて来場者の集計ができないというものです。」
実行委員会まで?
「野外ステージが作られた正門横のスペースは、もともと校舎とのあいだがそれほど広くないので、そこで何かが計画されるとは思われていなくて、禁止区域にはなっていなかったようです。けれど、このことがきっかけになって禁止区域の再検討がされて・・・」
茉莉ちゃんがまた何枚か紙をめくる。
「緊急時の避難路を確保する意味でも、ステージを作ったり電気コードを這わせたりするのはやめた方がいいと決められたようです。」
示された紙には、ところどころ赤い斜線が入った校内の地図に丸で囲まれた『新禁止区域』、それと矢印に沿った『避難経路』の文字。
何秒かそれを見つめたあと、溝口が肩を落として下を向く。
「苦情か・・・。」
きっと溝口たちは、そのステージを見て楽しかったんだ。だから自分たちもやりたいと思った。
でも、それで迷惑をかけられた人たちもいる・・・。
「溝口くん、あの、これで・・・。」
・・・茉莉ちゃん。
茉莉ちゃんはすごいよ。
俺よりもずっと。
「・・・わかった。ごめん、日向、怒鳴ったりして。それと、大野、ありがとう。脅して悪かったな。」
「いいえ! そんなこと全然・・・。」
「もう一度、話し合ってみる。じゃあな。」
溝口と一緒に立ち上がった茉莉ちゃんが、俺の隣で頭を下げている。
戸が閉まると、彼女の視線が俺に移ったことを感じる。
でも・・・彼女の方を見ることができない。
みんなのことも。
俺は・・・。
「あの・・・日向くん?」
数馬って呼んでくれないんだ・・・。
そうだよな。
役に立たない俺のことなんか。
返事をする気力も湧いて来ない。
あまりにも情けなくて。
勇気を振り絞って俺たちの間に割って入ってくれた茉莉ちゃんに、お礼を言わなくちゃいけないのに。
俺が答えられなかった質問を、機転を利かせて調べてくれたのに。
――― 守ってあげようと思っていた茉莉ちゃんに助けられた。
“守ってあげる” なんて、俺はなんていう勘違いをしていたんだ?
彼女は俺なんかが守らなくても、自分で困難に立ち向かえるじゃないか。
俺なんかよりもずっと立派に。
俺は怒鳴られて逆上しただけで、溝口を落ち着かせることもできなかった・・・。
「あの、ごめんなさい。」
茉莉ちゃん?
どうして謝るんだ?
お礼を言わなくちゃいけないのは俺の方だ。
謝るのは、茉莉ちゃんの能力を軽く見ていた俺の方だ。
自分が会長だからって・・・。
恥ずかしい。
傲慢な俺。
みんなの中にいるのが辛い。
ほんとうは役に立たないのに・・・。
「・・・俺の方こそ、・・・ありがとう。」
立ちあがって歩き出しながら、なんとか言葉を絞り出す。
そのまま廊下へ抜け出した。
一人になりたい・・・。
もう一話、数馬が続きます。