◇◇ 箱の中には ◇◇
パニック寸前だった・・・。
涼子ちゃんに「追いつくから先に行ってて。」とは言っておいたけれど、まさか数馬くんが残っているなんて!
あー・・・、もう、恥ずかしかった〜〜〜!!
緊張しっぱなしで、全然上手く話せなかった。
一年生のころに、何度も頭の中で想像したことはある。でも、ほんとうになってみると、なんて恐ろしいんだろう。
変なことばかり言ってしまって、すごく馬鹿だと思われたんじゃないだろうか・・・。
電車の方向が同じじゃなくて、ほんとうによかった。
・・・でも。
わたしって欲張りで図々しい。
初めに生徒会に行ったときには、数馬くんと近過ぎて困ってしまった。
目を合わせることも無理だと思った。
今でも恥ずかしいし、やっぱり緊張してきちんと話もできない。
なのに、 “もっと” って思ってる。
もっと近くにいたい。
たくさんお話ししたい。
一緒に笑ったり、仕事をしたりしたい。
ちゃんとできないのに。
考えただけでも、恥ずかしくて無理だって思ってしまうのに。
こんなわたしでも、数馬くんは優しい。
ほかのみんなと同じように接してくれる。
ほんのちょっとのことでも、「ありがとう。」って言ってくれる。
・・・頑張ろう。
少しでもみんなの役に立てるように。
そして・・・、ああ、メガネ様!
数馬くんと、たくさん・・・緊張しないでちゃんとおはなしができますように!
「あれ? このファイル綴じたの、誰だ?」
7月に入ってすぐ。
虎次郎くんの手元には、見覚えのあるファイル。
近くに寄ってのぞき込んでみると、いつか塩田先輩に頼まれて綴ったものだった。
「あの・・・わたしです。何か違ってた?」
あのころは仕事がよくわかっていなかったから、間違えちゃったのかな?
「ああ、そうじゃなくて。途中からいきなりきれいにそろってたから訊いてみただけ。茉莉花?」
「うん・・・。そんなに違うかな?」
「うん。ほら、ここまでは紙がバラバラだろ? 穴をいい加減にあけてあるんだよ。塩田先輩は片付けが苦手だったからなあ。」
「塩田先輩が? 苦手なことなんかあるようには見えなかった・・・。」
「他人から見えるところはビシッとしてるからな、塩田先輩は。でも、片付けとか整理整頓とか、裏側のことはできなかったよ。なあ、数馬?」
「そうだよ。しょっちゅう “あれはどこ?!” って言ってさ。俺なんか、どれだけ一緒に探したか分かんないよ。」
そうなんだ・・・。
「茉莉花は片付けが得意そうだな。最近、キャビネットのファイルをブックエンドで整理したりしてるの、茉莉花だろう?」
あ。
「わかった?」
「わかるよ。見た目もすっきりしたし、探しやすくなったから。」
「余計なことかと思ったけど・・・。」
「全然! 助かるよ。やろうと思っていても、なかなか手が出なかったから。」
よかった!
それに、「得意そう」なんて、まるでわたしに才能があるみたい。
「じゃあ、少しずつ裏の荷物も整理していいかな? 積んである段ボールとか紙袋とか。」
「おう、頼む。重い物は俺たちもやるから、遠慮なく言えよ。」
「ありがとう。」
嬉しい!
わたしでも役に立てる!
時間が空いたときに少しずつやれば、みんなの手を煩わせなくてもきっと大丈夫。
まずはどのあたりから手をつけよう?
一番窓際の箱?
クローゼットとかにある収納用の箱みたいだけど・・・、今日はちょっと中を見るだけ。
防虫剤の臭いがする。
あれ?
制服だ。
「なんだろう、これ?」
思わずつぶやいてしまうくらい、雰囲気が違う学生服。
「あれ? どうしたんですか?」
「あ、涼子ちゃん。これ、制服みたいなんだけど・・・。」
肩の部分を持って持ち上げてみると・・・長い。立たないと床に着いてしまう。
「重い・・・。」
裏地が派手な赤に虎の刺繍・・・?
「茉莉花先輩! これ、長ランじゃないですか?!」
「長ラン? なんだか応援団っぽいけど・・・。」
「昔の不良が来てた服ですよ! あ、こっちは短ランだ。」
涼子ちゃんが持ち上げた学生服。
短い?
「先輩たち、何やって・・・あ! どうしたんですか、それ? カッコいい!」
カッコいい?
これ?
「この箱の中に入ってたの。何かに使ったのかな? ねえ、虎次郎くん、これなんだけど・・・。」
「みんな、ちゃんと仕事してるー?」
あ。
田嶋先生。
生徒会担当の田嶋尚美先生は英語の先生で、年齢はたぶん40代半ばくらい。お母さんと同じくらいだと思う。
スタイルが良くて、いつもかっこよくパンツスーツを着こなしている。
長い髪を額からあげてうしろにまとめていて、今日は黒のパンツに赤いVネックのサマーセーターが凛々しい。
言葉遣いもパキパキして、生徒はみんな呼び捨て、授業はとてもおもしろいと評判だ。
放課後は質問に来る生徒がたくさんいるから、生徒会室に来るのは珍しいと聞いている。
「あれ? 大野、その制服は校則違反だよ。」
え?
わたしのじゃないよ!
しかも、男子用なのに!
「いえ、違います! あの、ここにあった箱の中に入ってて・・・。」
「箱? どれ?」
「ほかにも・・・。」
サッと大股でやってくると、先生が箱をのぞき込んで笑い出した。
「思い出した! 5、6年前にもらったやつだ! まだあったんだ! あはははは!」
「何かに使ったんですか?」
数馬くんの質問に、先生が答えてくれた。
「うん。後夜祭で不良が出てくる劇をやることになったとき、当時の副校長先生が、どこからかもらってきてくれたんだよ。女子用もあるでしょ?」
やたらと大きそうなズボンをどけてみると、その下から赤いスカーフのセーラー服が。
副校長先生がこれを・・・?
「スカートが今とは違うんだよ。」
スカート?
・・・長い! 引きずりそう。
「ちょっと誰か着てごらんよ。・・・ああ、和田。この短い方が似合いそうだよ。ほら。」
先生、楽しそう。
芳くんがくすくす笑いながら丈の短い学生服に袖を通すと、先生は一歩下がって腕組みをして首をかしげて、芳くんの銀縁メガネに手をかける。
「このメガネをちょっと下に・・・。」
「先生。これじゃ、見にくいですよ。」
「いいから。で、このずらしたメガネの上からこっちを見てみてよ。ポケットに手を入れて。」
「目つき悪いな。」
うん。
虎次郎くんが言うとおり、眉間にしわを寄せてるせいで目つきが悪い。
「似合う〜〜〜! あはははは! これでリーゼントとかすればバッチリ!」
先生、手を叩くほど面白い・・・?
「あ! 今年の後夜祭はこれを使いませんか?」
「この服?」
涼子ちゃんも楽しそう。
「はい! 時代ごとの制服の着こなしを紹介するみたいな感じで。」
「でも、まるっきり違反の制服をそんなふうに紹介してもいいのかなあ・・・。」
さすが数馬くん。
そういうところに冷静に気が付くなあ。
「いいよいいよ! 面白いもん! 紹介するときに、ちゃんと『やってはいけません。』って言えばいいよ。」
先生・・・。
「あたしから生徒指導の先生にも言っておくから! あんたたちがやったら、後夜祭では大ウケ間違いなしだよ! あはははは!」
一番楽しみにしてるのは、田嶋先生では・・・?
「メイクが難しかったら、あたしが手伝うからね。」
やっぱり・・・。
でも、誰がやるんだろう?
またわたし?
いえ、ここには涼子ちゃんもいる。
それに、いざとなったら男の子だってできるもんね!
「よし! じゃあ、夏休み中にほかの時代のことも調べてみるか。」
「「「はーい!」」」
あ。
このメンバーで一緒に何かをするって・・・楽しいかも。
だって、わたしも認められているんだもんね!
こんなふうに感じるのって、もしかしたら中学の合唱部以来、初めてかも知れない・・・。