◆◆ 初めての茉莉ちゃん ◆◆
「後夜祭の生徒会の持ち時間は、去年と同じ20分だから。」
「うん、わかった。」
九重祭委員の正副委員長3人が生徒会室に打ち合わせに来ている。
窓の外は雨。
4日前に梅雨入りしてから、毎日降り続いている。
外は蒸し暑いけど、冷房が入った部屋は湿気を帯びた空気が冷たくて、セーターやカーディガンを羽織っている生徒が多い。
その中でも、グレーの大きめのカーディガンを着ている茉莉ちゃんは特別にかわいい!
はっきり言って、誰にも見せたくない。・・・けど、そういうわけにもいかない。
九重祭は9月最後の土日に文化祭、片付け兼準備日をはさんで火曜日が体育祭と後夜祭になっている。
委員たちは文化祭担当と体育祭担当の2チームに分かれて活動している。
文化祭担当は文化祭のパンフレット制作や、参加者の内容や場所の調整、部活動部門とクラス参加部門の人気投票など。
体育祭担当はプログラムや配点決め、会場や物品の準備、当日の進行管理などの仕事がある。
後夜祭は文化祭の2つの部門の表彰式を兼ねていて、軽音部のミニコンサートと、なぜか生徒会の出し物が恒例になっている。
基本的には九重祭委員会が実行委員会として全体を仕切る。
けれど、学校、つまり先生たちと調整が必要な部分もあるので生徒会も内容を把握しておくことになっていて、生徒会室に打ち合わせに来るのだ。
「クラス参加の内容と、部活と個人のエントリーはこれ。」
差し出された紙の2年生の欄には、1クラスを除いて『劇』の文字が並ぶ。
「あれ? 5組は食い物屋?」
虎次郎のクラスだ。
「そう。男女逆転の劇になりそうになって、男全員が反対した。」
「そうなの! それなら最優秀間違いないと思ったのに。」
委員長の岡本さんって、虎次郎と同じクラスだったっけ?
劇だと、ウケねらいのクラスも多いからな。
虎次郎の向こうで、茉莉ちゃんが下を向いて肩を震わせている。
きっと虎次郎が女装したところを想像して笑ってるんだろう。俺だって、考えると笑い出しそうだ。
「生徒会の企画、楽しみにしてるからね。」
「絶対に女装はやらないからな。」
笑顔の委員長に虎次郎が言い切ると、とうとう茉莉ちゃんが吹き出した。
「わかったよ。」
俺だって嫌だ。
うちのクラスでそんな話が出なくてよかったよ・・・。
「去年の生徒会の企画は何だったんですか?」
そうか。
一年生は後夜祭も初めてなんだ。
「コントだったよな、数馬。」
「うん。高校生が町の不良に絡まれるっていう設定で。」
「そういえば、不良役がものすごく上手かったけど、誰だったの、あれ?」
「星野先輩と中島先輩、あと木下。」
「え? 木下さん?」
「そうそう! 練習のとき、気合い入ってておもしろかったぜ!」
そうだった。
立ち方や歩き方もものすごく研究して、普段の会話も不良のしゃべり方になったりしてた。
「へえ。今年は僕たちがやるんですね。やっぱりそういう系統のものですか?」
「そうだな、たぶん。生徒を楽しませるのが目的だって、去年言われたから。」
生徒を楽しませるっていうか、俺たちが笑われるっていうか・・・だな。
「数馬はクラスの劇には出るのか?」
「俺? 俺は生徒会が忙しいからって言って、小道具にまわしてもらったよ。」
「え?! そんなことできるの?!」
茉莉ちゃん?
「そんな・・・、そんなこと・・・。」
「どうした?」
そんなにおろおろしてるってことは、もしかして?
「茉莉花先輩、劇に出るんですね?」
「で、出るもなにも・・・、ああ、もう!」
「茉莉花。もしかして主役なのか?」
あ・・・。
芳輝が「茉莉花」って呼ぶたびにドキッとする。
嫉妬なのか?
「う〜〜〜、数馬くん、ずるいよ!」
え?!
まっすぐにこっちを見た。
こんなにしっかり見てもらえたのって、初めてじゃないか?
「そういう逃げ道があるなら教えておいてくれればよかったのに!」
「ご、ごめん・・・。」
茉莉ちゃんが怒ってる。
怒ってるところも初めて見た・・・。
「もう今さら無理だって言えないよ! あーん、もう!」
そんなに変な役なのか?
「ぷ。」
虎次郎。
笑ったら悪いだろ?
ほら、睨まれてる。
あ。
「いて。こら、消しゴムなんか投げるな!」
「笑いごとじゃないんだから! 自分がやらなくて済んだからって!」
「茉莉花、ナイスコントロール! あっははは!」
こんなに元気な茉莉ちゃん、初めて見た。
怒ってても、ものすごく可愛いよ・・・。
「数馬、行くぞ。」
「あ、俺、これだけ書いちゃうから先に帰っていいよ。」
「先輩、わたしも・・・。」
「ああ、大丈夫だよ、こんなの5分もかからないから。」
「そうですか? ・・・じゃあ、お先に失礼します。」
「鍵、頼んだぞ〜。」
「OK。お疲れさま。」
地区生徒会会議の事前アンケート。
今年のテーマは委員会活動。
各委員長から上がって来たアンケートの集計はすでに済んで、この集計表を当番校に送れば終わりだ。
ええと、封筒、封筒・・・。
ガタ。
ん?
「あれ? 数馬くん・・・?」
茉莉ちゃん?!
「あ、れ? もう帰ったのかと・・・。」
ふ・・・二人だけ?
もしかして、すっごいチャンス?!
「あの、ちょっとトイレに・・・・。」
やったーーーー!
「俺ももう終わる・・・あれ? 封筒ってどこだっけ?」
焦ってるせいで見つからない!
もたもたしてたら、茉莉ちゃんが帰っちゃうよ!
「封筒? それならこっちに・・・。」
「あ、ありがとう。もう覚えたんだ?」
「今はこんなことしか役に立てないけど・・・。切手も必要だよね?」
さすがだ。
自分ができることを探して、前向きに取り組んでる。
書記の仕事だってちゃんとできてるし。
それにしても・・・幸せだ〜。
あ、早く宛名を書かなくちゃ。
「はい、切手です。ええと、糊、糊・・・。」
幸せすぎて、にやけそう。
二人きりの部屋で、茉莉ちゃんに手伝ってもらってるなんて・・・。
「書けた。」
「じゃあ切手を・・・はい、できました。」
うわ〜。
俺に笑いかけてるよ〜。
この恥ずかしそうな笑顔がもう・・・可愛い!!
「あの、じゃあ、帰ろうか。」
あ、びっくりしてる。
あれれれ・・・みるみる真っ赤に。
「は・・・はい。」
急に恥ずかしくなっちゃったのか。
この様子だとあんまり話せないかな。
鍵をかけて・・・OK。
ええと、何か話題を・・・。
「うちのクラスの劇はディズニーものらしいよ。」
あ・・・。
隣に並んでくれてる。
最初のころはうしろに下がっていたことを考えたら、すごい進歩だ!
「・・・王子様とお姫様?」
「たぶんね。どの話をやるのかは、まだ決まってないみたいだけど。」
「・・・うちは『オズの魔法使い』のパロディなの。」
ため息なんかついちゃって。
でも、『オズの魔法使い』?
それなら恋愛ものじゃないから安心だな。
いくら演技でも、茉莉ちゃんが誰かとハッピーエンドになるのは見たくない。
あ、職員室だ。
「俺、鍵置いて来る。」
そうだ。
鍵を返しに行ってるあいだに逃げられてしまうかも。
「あの・・・待ってて。」
よし、言えた!
急げ!
鍵を戻して田嶋先生にあいさつ。
茉莉ちゃんは・・・よかった。待っててくれたよ・・・。
「お待たせ。行こうか。」
相変わらず赤い顔でうなずく彼女。
駅まで15分。
初めての二人きり。