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メガネに願いを  作者: 虹色
第三章 ちょっとずつ
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◆◆ 会長の仕事とは ◆◆


6月になって、衣替えがあった。

男は学ランがなくなって、白のワイシャツかポロシャツ、女子は上着が襟とスカーフが紺の白いセーラー服に変わる。

校内が、一気に明るくなったように感じる季節だ。


生徒総会が無事に終わり、いよいよ生徒会役員が交代する。

放課後の生徒会室で、新旧の役員があいさつを交わして、ちょっとした引退式のような雰囲気になった。

生徒会担当の田嶋先生が、引退する3年生と木下に小さなお菓子のプレゼントを用意してくれていたので、それが場を盛り上げてくれた。


総会が終わったばかりの雑然とした生徒会室ではあったけれど、先輩たちは2年間、木下は1年間、仲間と一緒に活動してきた場所。

明日からは新しいメンバーがその部屋のあるじになると分かっている今、どんな気持ちでいるんだろう?


「一週間くらいは引き継ぎで出入りするよ。そのあとも、気軽に相談してくれていいからね。」


星野先輩が笑顔で言い、塩田先輩がそれに付け足す。


「仕事以外のことでもいいよ。恋の悩みとか、大歓迎! 一年生もどうぞ。」


その言葉に、一年男子2人が照れている。


この二人 ―― 書記の佐野潤くんと、会計の森慎也くん ―― は、なんとなく似ているのが可笑しい。

ひょろりとした体型で、身長もほぼ同じ。ポサッとした髪型も似ている。

新しい学生服が少し大きめで、だぶだぶしているところも同じ。

顔はもちろん違うけど、真面目で素直そうな表情をしているところが似ている。

うしろからはもちろんのこと、前から見ても、間違えてしまいそうだ。


「たしかに、日向には恋の悩みなんか相談できないよな!」


富樫!

俺だって、アドバイスくらいはできるぞ! ・・・たぶん。


「それに、ジャスにも無理だよね。はははは!」


星野先輩につられてみんなが笑い、大野さんは情けなさそうな、少し怒ったような顔をした。

でも、どんな顔をしても、かわいいよ!


「みんな、うちのジャスミンのこと、よろしく頼むよ。」


「やだ、啓ちゃん! そんなこと言わなくても。」


「この子に何かあったら・・・」


「ないです、ないです! 何もありません! 啓ちゃんは過保護すぎるよ・・・。」


慌ててるところも、やっぱりかわいいよ・・・。





「日向。これなんだけど。」


生徒会室に鍵をかけているとき、星野先輩が一冊の古びたノートを差し出した。



――― 『九重高校生徒会 会長ノート』?



「これは、歴代の生徒会長が後輩へのアドバイスを書き残してきたノートなんだ。俺も、前の会長から渡されたんだよ。」


へえ。

だいぶ古そうだけど、何年くらい前から伝わっているんだろう?


「一度に全部読む必要はないけど、時間があったら目を通しておくといいよ。」


「わかりました。ありがとうございます。」


「自分で必要だと思うことは、書き足してもいいんだからね。」


「はい。」


「あと、 “ノートが使用に耐えない時が来たら、そのときの会長が新しいノートに書き写すこと” っていうのを次の会長に伝えるのも仕事だから。」


「はい。」


未来への伝言か。

忘れないようにしなくちゃ。


「ぷ。」


え? 笑われた・・・。


「ごめん。日向は・・・真面目で純粋なところがあるから、肩の力を抜いてね。」


「・・・はい。」


真面目で純粋?

俺が?


「でも、最近、変わってきたかな? 前は表情が乏しかったけど、近頃はだんだん感情が表に出るようになったよ。」


「え、そうですか?」


もしかして、大野さんと一緒で嬉しいのに気付かれてる・・・?


「うん、まあ、俺は人を観察するのが趣味だからね。ははは。」


人を観察するのが趣味・・・。

この先輩には、何も隠せないんじゃないだろうか・・・。






『会長は生徒の代表。独裁者ではない。』


最初のページの第一行め。


寝る前に思い出して、ベッドに仰向けになって会長ノートを開いてみた。

実直そうな硬い文字で、大きめに書かれた言葉が目に飛び込んできた。



いつの先輩なのか分からないけど、このノートを作ろうと思った先輩が、一番大切だと思ったことに違いない。

その心が、このノートを通して、歴代の生徒会長に伝えられてきたんだ・・・。


一学年ごとの重なりである学校に、時間という縦軸に乗って伝えられてきた “心” 。

なんの変哲もない古いノートが、とてつもなく貴重なものに感じる。



とりあえず斜め読みしながら、ページを追っていく。

最初のページと同じ硬い文字が、大切な言葉とそれに付随する説明という具合に、大きく小さく並んでいる。


『ちょっと待て! その常識は、ローカルルールではないか?』?


なんとなく標語みたいだけど・・・。


『陳情者に「そんなこと、常識だろ?」と言われても、鵜呑みにしてはいけない。そいつには「常識」でも、ほかの生徒の常識は違うかもしれない。』


なるほど。

なんとなく分かる気がする。


でも、この “陳情者” って、いったいどんな陳情を持ち込んだんだろう?


『自分の中の「当然」にも注意すること。』


これは筆跡が違う。

あとの先輩が書き足したんだ・・・。


そうか。

自分では “当然” と思っていても、それは個人的な思い込みかも知れないってことだ。

当然だと思っていると、他人に確認したりしないから、うっかりすると独善的にものごとを決めてしまう可能性があるから気をつけろって言ってるんだな。



このノート、ほんとうに貴重なものだ。

後輩のために、あとを引き継ぐ俺たちが道を誤らないように、少しでも楽になるようにと、書き残してくれている。


ノートの半分くらいのところから筆跡が変わってる。

このノートを始めたか、書き写したかした先輩から、次の会長に引き継がれたんだ。


そのあとは、4ページしかない。

この古さからすると2年や3年ではなさそうだから、引き継がれたあとは、あまり付け加えることがなかったんだな。

つまり、それだけ完成度が高いってこと・・・・ん? なんだ、この紙?



B5の二つ折りの紙。

中には印刷された文字?


ってことは、パソコンで打ち出して、貼るつもりで忘れてた?



・・・え?


なんだ?


何なんだよ、これ?!



『生徒会役員同士の恋愛禁止。』


『恋愛禁止。恋愛禁止。恋愛禁止。恋愛禁止。恋愛禁止。恋愛禁止。』以下同文・・・。



怖い!

まるで呪いの札みたいな・・・。


気味が悪い。

どうしよう? 触っちゃったよ。


しかも・・・、しかも俺には、これから大野さんとの楽しい日々が始まる予定があるのに!!

誰なんだ、こんな紙を残したのは?!



・・・いや。待て。落ち着け。

もしかしたら、深い理由があるのかも。


ちょっと読んだだけで、貴重なアドバイスだとわかるようなノートだぞ。

そこにこれを書き残さなくちゃいけないと、この先輩は思ったんだ。

何か、役員同士の恋愛で、たいへんなことが起こったに違いない。

たとえば、昔、男子校だったころの先輩たちの祟りとか・・・。


・・・さすがに祟りはないか。



だけど・・・どうしたらいいんだ?!

総会が終わったから、これからやっと大野さんと話す時間が作れると思ってたのに!

このままだと和田に負ける!


この前だって、印刷室で楽しそうに話してた。

悔しいのは、大野さんが、俺には距離を置いたままだってことだ。

俺の方が和田よりも前からの知り合いなのに、どうして俺といるときには普通に話してくれないんだ?

帰り道で話しているときも、なかなか俺の方を見てくれないし。


・・・まあ、それでも可愛いけど。

形のいい耳とか、頬からあごにかけての滑らかなラインとか、長くて濃いまつ毛とか・・・。

それに、廊下ですれ違ったりするときにチラッと微笑んでくれることもあるし・・・。



ああ〜〜〜!


もしかしたら、栗原にだって、負けてるかも知れないんだぞ!

最近、帰り道で彼女に手を振ってくるヤツもいる。あれは絶対に大野さんの知り合いじゃない。


これから俺に慣れてもらおうと思ってたのに!

なんだよ、これ!

まるっきり罠に掛けられたみたいじゃないか!



いつの先輩かは分からないけど、恨んでやる〜〜〜〜!!







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