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メガネに願いを  作者: 虹色
第二章 前進
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◇◇ 心の中は ◇◇


忙しい!


選挙が無事に終わったと思ったら、6月の初めに開かれる生徒総会の準備が終盤に。

各部活動の部費の去年の決算と今年の割り当ては、わたしが来てからずっと中島先輩と富樫くんがかかりっきりだった。ときどき、どこかの部長さんや会計担当の生徒が来ていたりして。

新しい生徒会役員の紹介も、生徒総会でやる。


選挙は・・・人前で話すのはあれっきりにしたい。

あのときは、ほんとうに恥ずかしかった!

それに、あれから「ジャスミンちゃん。」と呼びかけてくる人が増えたような気がする。

演説のときに掛け声をかけてくれた人がいたから、名前と顔が一致した人が多かったんだろうな。

みんな、たぶん啓ちゃんのファンのひとたちやお友達だと思うんだけど・・・。

にこにこしながら手を振ってくれるだけだけど、知らない人に声をかけられるのは初めての経験で、どうしたらいいのか分からない。

・・・初めてじゃなくなっても、わたしは絶対に慣れないと思う。



生徒総会の日までが現在の生徒会役員の任期だから、準備は基本的に啓ちゃんたちがやる。

でも、わたしは応援員だし、来年のための勉強にもなるから、お邪魔させてもらっている。

和田くんも、「引き継ぎを兼ねて」と言って、お手伝いに来ている。



「この数字、違ってるよ!」

「これ、あっちのファイルに綴じといて。」

「あれ? ここに置いた書類は・・・?」

「わ! さっきのデータ、保存しないまま閉じちゃった!」

「去年の資料、どこ?!」


殺気立ってるって、こういう状態のことを言うんだ・・・。


「ふぅ・・・。」


印刷室で、印刷機が吐きだす資料をぼんやりと待ちながら一息。

生徒会室とこの部屋を行き来するのも急ぐから、こうやって、機械の仕事を待つあいだがちょっとした休み時間。



楽しいな。


・・・うん。

忙しいけれど、楽しい。



こういう一体感って、嬉しい。

わたしも一つの集団の一員で、ちゃんと役に立ってる。

わたしがそこにいることを、みんなが認めてくれている。


「あ、大野さん。」


開いている戸口から、和田くんが。


「あ、もう少しかかりそうだけど、急ぐ?」


「いや、いいよ。待ちながら、ちょっと休憩。」


「わたしも同じことを考えてたの。」


そう言って、一緒に笑う。



そう。

この和田くんとだって、生徒会に来なければ、こうやって話すこともなかったはず。


ほっそりした少し冷たい感じの顔に、それを強調するようなシルバーフレームの長方形のメガネ。

軽くウェーブのかかった髪と、自信に満ちた落ち着いた話し方。

いつものわたしなら、絶対に近寄らないひとだ。


けれど、話してみたら全然ちがった。



生徒会のみんなが選管の会議に行っていて留守だった日、和田くんがいきなりやって来た。

一目見たとたん、気後れして、 “どうしよう?!” と思った。

けれど、逃げる場所なんてない。誰も助けてくれない。


こわごわ事情を話したら、


「じゃあ、一緒に待たせてもらっても構わないかな?」


と、微笑んで言った。


・・・びっくりした。

急にイメージが変わったから。

笑うと、冷たそうな表情が一変して優しそうに見えた。

“大丈夫かもしれない” 、と思った。


椅子を薦めると、微笑んだまま腰かけて、わたしに気を遣わなくていいと言ってくれた。


自己紹介のあと、富樫くんに頼まれて、生徒会活動に参加することになったと話してくれた。

生徒会は初めてで不安だと打ち明けられて、同学年の初心者の登場にほっとして親近感がわいた。


それからみんなが戻るまで、和田くんはのんびりと話をして、わたしは緊張しながらも、ときどきコメントを返したりすることができた。



なんだか不思議な経験だった。

初対面の男の子と、1対1で話してるなんて。・・・もちろん、緊張はするけれど、パニックにはなってない。


和田くんが話し上手なのかな?

わたしが逃げ場がなくて、覚悟が決まったから?

それとも、わたし、少しは進歩したのかな?


あの日から、和田くんもほとんど毎日、生徒会のお手伝いに来ている。

今、生徒会室で一番たくさん話す相手は、わたしと同じ立場の和田くんかも知れない。



こうやって和田くんと親しくなってみて気付いた。

人を見かけで判断しちゃいけないって。

言葉では分かっているつもりだったけれど、心で理解できていなかった。


クールで厳しそうに見える和田くんは、実は親切で楽しいひと。

思い出してみると、栗原くんも、チャラチャラした外見とは違う部分を持っている。

わたしだって同じ。みんなは真面目でおとなしい生徒と思ってる。

でも、わたしが心の中で考えていることは、みんなは知らないのだ。


日向くんは?

いつか、日向くんの心の中にあることを、わたしに話してくれる日は来るのかな・・・?



「今度の副会長になる1年の女子、おもしろそうな子だったね。」


和田くんが楽しそうに話し出す。


「ああ、そういえば、そうだったね! 宮崎さんだっけ? 演説会のとき、みんなに聞いてほしいからって、あんなに大きな声で叫んだりして。」


彼女はくるくるのくせっ毛をショートカットにした、そばかすのある元気なひと。

立候補の手続きに来たときに、受付の選管の先輩たちに、


「この髪は天然パーマです! 証明書もあります!」


と言って、保護者と先生の印鑑が押してある生徒手帳を、某時代劇の印籠のように付き付けた。

演説会では、おしゃべりばかりの生徒たちに向かって、


「聞いてくださ〜い!!」


と、マイクで訴えていた。


中学で生徒会の経験があると聞いて、木下さんがスカウトした子だ。

初めはためらっていたそうだけれど、やると決心したら、とことん前向きになったらしい。


「やる気があるのはいいけど、暴走しないように、みんなで見守ってあげないといけないかも知れないな。」


「そうだね。・・・あ、終わった。すぐにどけるからね。」


印刷機の原稿をとり除け、印刷した生徒全員に配る資料がバラバラにならないように重ねていく。

隣で和田くんが、用紙トレイに新しい紙をセットしている。


「大野さん、手伝いに来たよ。」


日向くん!


「ありがとう。今、印刷が終わったところなの。」


嬉しい。

でも、生徒会室まで一緒に歩くのは恥ずかしいな。


・・・でも、やっぱり嬉しい!


「やっぱりたくさんあったね。カゴを持って来てよかった。」


日向くんの手には・・・。


「スーパーのかご・・・?」


「あはは! べつにスーパーから盗んできたわけじゃないよ。これは生徒会の備品として買ってあるんだよ。」


笑われちゃった。

でも、いいや!


「あれ? 日向、それ、店の名前が書いてあるぞ。」


え?


「え?! ウソだろ?! 先輩が前に・・・どこにだよ? ないじゃないか。」


うん。

やっぱり、どこにも書いてないみたい。

和田くんは、こんなふうに他人をからかうのが好きなんだよね。わたしはすでに何度もやられている。


「ははは! 冗談だよ! 日向はすぐに引っかかるんだなあ。大野さんも。あははは!」


「なんだよ、もう。忙しいんだぞ!」


「はーい。」


ああ。

楽しい。

こんなふうに冗談を言ったり、一緒に笑ったり。


ほんとうに、すごく楽しい!



かごに紙を入れたらけっこう重くて、2本の取っ手を日向くんとわたしで1本ずつ持って、並んで生徒会室まで戻った。

二人で一つのことをしてるんだと思ったらドキドキして、何度もかごに脚をぶつけて転びそうになってしまった。









第二章「前進」はここで終了です。

次回から第三章「ちょっとずつ」に入ります。

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