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メガネに願いを  作者: 虹色
第二章 前進
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◆◆ 少しずつでも進みたい。 ◆◆


まるで花が開くようだった・・・。



大野さんの笑顔。

何日たっても、あれを思い出すと、なんていうか・・・胸がいっぱいになってしまう。


それまでみたいな恥ずかしげな微笑みじゃなくて、にこーっと、ほんとうに嬉しそうに。


もう一度見たい。

あんなふうに笑ってほしい。

ほかの誰かにじゃなく、俺に向かって。


そう思いながら、あれから何度かはなしかけているのに、まだあの笑顔には出会えていない。



恥ずかしそうな微笑みは向けてくれる。

でも、俺が求めているのはそれじゃない。

それでは足りない。


俺の言葉で彼女が幸せになる。

俺が彼女を幸せにできる。

それを不意打ちのように実感させてくれたあの笑顔。



放課後になると、・・・いや、休み時間や登下校の途中でも、彼女の笑顔を求めているような気がする。

気が付くと、彼女が歩いていないかと、道路や廊下に視線をさまよわせている俺がいる。

まるで・・・・・。



“まるで” ・・・何だ?



まるで・・・その、ほら、あれだよ。



だから、何?



まるで・・・ダメだ。自信がない。俺なんかじゃ。



自信がないから、最初からなかったことにするのか?



だって・・・、だけど・・・俺なんか。


背は高くない。

顔だって、特に目立たない。

勉強はできるって言われているけど、一番ではない。できるヤツはほかにもいる。スポーツも同様。

性格は優柔不断で、生徒会だって、もともとは断れなくて引き受けて。断れない自分が悪いのに、栗原をうらんだりして。



いいのか、それで?

これから始まるのに。

まだ失敗も、成功もしていないのに。

チャレンジすらしていないのに。



チャレンジ・・・。

受験よりも難しそうだ。勇気も必要だし。

それでも・・・途中に幸せな気分がたくさんありそう。



認めろよ。

ないことになんて、できないじゃないか。



そうだよ。

いつも、ずっと、24時間無休で、心の中にある。




――― 俺は・・・恋に落ちた。


完璧に。

真っさかさまに。

頭のてっぺんからつま先まで全部。




なんだか・・・認めただけで、幸せだ・・・。

ふんわりと、やさしい空気に包まれているような気がする・・・。


まさか、自分がこんな気分になるなんて・・・。



初恋っていうわけじゃ・・・うわ、なんか、 “初恋” なんて言葉にまでドキドキする!

俺って、もっと冷静な男だと思ってたのに・・・。



・・・自信はない。

自信はないけど、何か、大野さんのためにしてあげたい。


大野さんが幸せになること。

喜ぶこと。


大野さんに、俺を頼りにしてほしい。



――― 大野さんに頼られる男になりたい。信じて、頼りにされる男に。



なれるだろうか?



いや、そうじゃない。

“なろう。” だ。


勉強と同じ。

心に決めて頑張れば、結果はあとからついてくる。

自信がなければ努力しろ。



だけど、あんなに可愛いんだぞ。競争相手が何人いるかわからない。

しかも、選ばれるのは一人だけだ。いや、もしかしたら誰も選ばれないかも。

受験よりも確率が低い?

だけど・・・。


結果的に足りなくても、後悔はしたくない。

だから、やってみなくちゃ。



大野さん。

俺、頑張るよ。



そういえば、彼女はあのメガネにどんな願いを込めているんだろう・・・?






球技大会の次の週、LHRの時間を利用して生徒会役員選挙の演説会と投票がおこなわれた。


全校生徒が体育館に集まって候補者の話を聞き、教室に戻って投票する。

もともと生徒会に興味がある生徒が少ないうえに、いつも立候補者が役員の人数にピッタリの信任投票だから、体育館の生徒たちはしゃべってばかりで、候補者の話なんかまったく聞いていない。


それでも今年は、一人だけ注目の候補者が・・・そう、大野茉莉花さん。

美形の生徒会長のいとこで、『ジャスミン』という優雅な別名がある彼女を、みんなが楽しみにしていた。

舞台のそでで緊張していた大野さんが、うつむき加減でおずおずと出て行ったとたん、それまで騒がしかった会場がシーンとなった。


「書記に立候補いたしました、大野茉莉花です。」


舞台中央のマイクに向かって話す声が少し震えている。

原稿を持つ手も。


大丈夫なのか?

倒れたりしたらどうしよう?


彼女の言葉はマイクを通してはっきりと聞こえるけれど、緊張している彼女が心配で、言葉が頭の中で意味を成さない。


話し終わった大野さんが頭を下げたところで、


「ジャスミンちゃーん!」


と、男の声で声援が上がる。

それを聞いた大野さんが、真っ赤になって小走りで舞台袖に駆けこんできた。


もちろん星野先輩に向かって・・・じゃない?! 和田?!


なんで星野先輩の前にいるんだよ?!

いつまでも話しかけてないで、さっさと肩から手をどけろ!


「日向くん。」


進行係の先輩の声。


「は、はい。」


頭の中に和田芳輝を要注意人物としてインプットしながら返事をする。


「今出てる佐野くんの次だからね。時間が押してるから、入れ替わりですぐに出てくれよ。」


「はい。」


大野さんは・・・?


もう落ち着いたみたいだ。

星野先輩やほかの終わったメンバーと話している。


あ。

目が合った?


(がんばってね。)


って言われた・・・よね?



うん。

頑張るよ。

・・・俺の話なんて、誰も聞いてくれないだろうけど。





「あの、日向くんの演説、すごくよかった、です。」


演説会が終わって教室へと戻る前、舞台を降りながらすいっと隣に並んだ大野さんが、小声で恥ずかしそうに言った。


「『みなさんが大人になって思い出したときに、楽しかったと思えるような高校生活になるようにお手伝いしたい。』って聞いたとき、感動しちゃった。わたしも日向くんと一緒に頑張ります。」


そう言って、目を合わせてくれないまま走り去ってしまった。



――― 伝わった。誰も聞いていないと思った俺の言葉が。



まず、そのことに感動した。

そして、内気な大野さんが、俺の言葉に感動したと、直接伝えてくれたことにも。


それに、今回の演説は、俺にとっては特別なものだったから。



いつも誰も聞いていないとわかっている演説を考えながら、ふと気付いたのだ。

生徒会の活動に、今まで前向きに取り組んだことがなかったと。

押しつけられたと、不満を言うばかりで。


生徒会の活動だけじゃない。

勉強だって、普段の生活だって、主体的に何かをしたことがなかった。

親や先生が「やれ」って言うし、やっておかないと、あとで困ると思ってやってきただけ。



このままではだめだ、と思った。

面倒だと思っているあいだは、俺は何も変われない。


断れなくて始めた生徒会だけど、いい仲間に会えた。

けっこう楽しく過ごしてる。

大野さんだってあんなに困っていた風紀委員を、 “栗原と友達になれたからよかった” と前向きに考えていた。俺よりもずっと大人だ。


次の一年間は、前向きに取り組んでみよう。

やることは同じでも、気持ちが違えば、何か違うものが見えるのかも知れない。

今の、自信がない俺でも、少しくらいは誰かの役に立つことがあるのかも。

生徒全員は無理かもしれないけど、せめて、先輩たちが居心地よくしてくれた生徒会を、今度は俺が後輩に引き継ごう。


そう思いながら作った原稿だった。



それが、大野さんに伝わった。

一番、聞いてほしかったひとに。

そうして、「一緒に頑張る」と言ってくれた・・・。



まずは、第一歩。



踏み出せた、と思う。







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