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メガネに願いを  作者: 虹色
第二章 前進
13/103

◇◇ 事故 ◇◇


ゴールデンウィーク明けに受け付けた生徒会役員の立候補者は、啓ちゃんたちが手配したとおり、ピッタリの人数だった。

会長に日向くん、副会長に富樫くんと1年生の女子、会計に和田くんと1年生の男子、書記に1年生の男子とわたし。

これで、選挙は信任投票になって、たぶん全員が無事に承認されることになる。


ちょっと、ほっとした。


積極的に生徒会役員になりたいわけではないけれど、選挙で落選する勇気もない。

一応、演説みたいなことをしなくちゃいけないことだけは気が重いな・・・。




ゴールデンウィーク中にも、日向くんのことばかり考えてしまった。


おはなしできるようになって嬉しい。

だけど、やっぱり恥ずかしいのは相変わらずで、どんな態度をとったらいいのか全然わからない。


仕事のことなら比較的、話せる。

・・・返事をしたり、確認したりするときに、顔を見るのはできないけれど。


帰り道は女子同士で歩けるので、ほっとしている。

日向くんが前を歩いているのを見るのが好き。安心して見ていられるから。


一番困るのは、授業の合間に廊下ですれ違うとき。

たまにしかないけれど、はっきり言って、パニックに陥る。


あいさつしていいの?

日向くんは、そんなに親しく思ってないかもしれない。

でも、知ってる人で、毎日顔を合わせてるよ?


あいさつするとすれば、何て?


「こんにちは。」では堅苦しい。

手を振るのは馴れ馴れしい。

会釈するのは、同い年だと変。

わたしが日向くんにあいさつしたりしたら、みんなはどう思うんだろう?


それに、どのくらいまで近付いたときにあいさつしたらいいの?

何メートルくらい?

向こうが気付いたとき?

すれ違いざま?


あ〜〜〜〜〜! わからない!

いっそのこと、気付かないことにしたいけど・・・、無視したと思われたら困る! ・・・と、毎回冷や汗がでる思いですれ違っている。



ああ・・・。


春休みまでは、日向くんと縁が切れてしまったと思って落ち込んでいたのに、近くなったら近くなったで、また悩んでる。

贅沢な悩み・・・なのかも知れないけれど。






「茉莉さん、がんばれー!」


球技大会でソフトボールのバッターボックスに立ったわたしに、カナちゃんのよく通る声がかかる。

女子はたいてい学校指定の水色のジャージの上着と紺のハーフパンツ姿。

カナちゃんが日に焼けた細い脚で飛び跳ねながら、手を振っているのに応えてうなずく。


相手は3年3組。啓ちゃんがセカンドを守っている。

みんなと同じ学校指定ジャージを着ていても、啓ちゃんは不思議と目立つ。

顔がそこそこ美形だからだけじゃなくて、体の動きとか、態度とか、全体が醸し出す雰囲気が違う気がする。


1塁側には女子の先輩たちが並んで、笑顔で啓ちゃんを応援してる。

やっぱり絶対に、親戚だなんて言えない!


ピッチャーの先輩は、バッターが女子だとゆっくりの球を投げてくれる。

1、2の3! でバットを振ったらちゃんと当たったけれど、それほど飛ばない打球は啓ちゃんにキャッチされてファーストへ。アウト。

啓ちゃんの応援団の黄色い声があがる。


次の男子も簡単にアウトになって、試合終了。

負けてしまった。敗者復活戦は明日。今日はもう出番はない。


「残念だったね、けっこう打ってたのに。」


カナちゃんが残念そうに言う。

たしかに、みんなよく打った。

カナちゃんなんて、陸上部の俊足を活かして3塁打だ。


「相手が強かったもんね。」


話しながら校庭を移動。

ほかの種目の経過を見るために掲示板へ。



球技大会は、毎年5月の半ばに2日間かけてクラス対抗でおこなわれる、イベント委員会の一つめの行事。(もう一つは秋の合唱祭。)

種目は3つで、男女混合のソフトボールと男女別のバレーボール、バスケットボール。

公平を期すため、現役の部員はほかの種目に出るという決まりがある。

けれど、中学でやっていた生徒がいるから、どの種目でも上手な人がメンバーに入っているし、どこにでもスポーツ万能の生徒はいる。



「あ、あれ、うちのクラスじゃない?」


校舎側に並んだバレーボールのコート ―― バスケットを体育館でやるので、バレーは外のコートだ ―― にさしかかったとき、2つ先のコートにいる栗原くんが目に留まる。

アタックを決めて、コートの中を走りまわっている。


「ほんとだ。行ってみよう。」


「あぶない!」


え?





・・・・・?




こめかみに何か当たった?


当たった反対側も、何かにぶつかったみたいなんだけど?


「大丈夫?」


・・・カナちゃんの声?


「ジャス! ジャスミン!」


あれ? 啓ちゃんだ。

学校では呼ばないでって言ってあるのに・・・。


「ジャス!」


「啓ちゃん?」


あ、わたし、目をつぶってるんだ。


開けなくちゃ。

啓ちゃんに、「ジャス」って呼ばないでって言わなくちゃ。



・・・・?!



ぐるりと取り囲まれている?

周り中が同じジャージ。


わたし、地面に座ってる。

違う。寝てるのかな?


「ジャス・・・。」


背中を支えてくれてるのは、ほっとした顔の啓ちゃん。


「啓ちゃん・・・。」


起き上がろうとするとくらくらした。

もう一度目をつぶって、頭をぶるぶると振ってみる。


目を開けて・・・うん、大丈夫みたい。


「もう大丈夫・・・。もしかして、ボールが当たったのかな?」


「ボールが当たっただけじゃなくて、倒れて頭を打っちゃったんだよ。」


啓ちゃんの反対側で、カナちゃんの声がした。

手にメガネを渡されて、視界がぼんやりしていることに気付いた。


「カナちゃん・・・。びっくりさせてごめん。」


「あの、ごめん。ちょっと手元が狂って・・・。」


メガネをかけてよく見ると、足元に3年生の男子の先輩がしゃがんでいる。


「おまえ、ジャスミンに何かあったらどうするつもりだ?!」


「あ、あの、大丈夫です! もう立てますから。」


これ以上、騒ぎが大きくなったら困る!

もう十分に注目を集めているのに!

このうえ、啓ちゃんがわたしをどれだけ大事にしているかみんなに知られたら・・・。


少しふらつきつつも、なんとか立ち上がって。


「すみません! お騒がせしました!」


まわりに集まっている生徒みんなにお詫び。

勢いよく頭を下げたらまたふらっとして、啓ちゃんに肩を支えられた。


「カナちゃん、わたし、どのくらい倒れてた?」


周囲の生徒は何人かは去って行ったけれど、まだかなり残っている。

その中に日向くん。心配してくれた?


「長くないよ。10秒くらいかな? 星野先輩が声をかけてすぐに気付いたから・・・。」


よかった。


「びっくりしたよ。後ろを歩いてたら、ボールが当たって、そのまま倒れちゃったから。」


啓ちゃん。


「ありがとう。心配させちゃってごめんね。もう大丈夫みたい。」


わたしの言葉に、啓ちゃんが微笑んだ。

その向こうに見えた女子の先輩たちの表情が・・・怖い!

あわてて見回すと、クラスのみんなの興味津々な視線。カナちゃんは遠慮がちに。

日向くんは・・・目を逸らして。


慌てるわたしを見て、啓ちゃんが笑う。


「もう言っちゃったほうが良さそうだよ。」


「あ、あの・・・。」


「やっぱり彼氏なの?」


小声でカナちゃんが訊く。


「ちっ、違うの! いとこなの!」


「いとこ?」


カナちゃんが復唱し、周囲の生徒たちが目をまるくする。


「そう。いとこ。お母さん同士が双子なの。」


女子の先輩たちの表情が、あきらかに柔らかくなる。


「『ジャス』っていうのは・・・?」


カナちゃんが首をかしげてつぶやくと、啓ちゃんが笑った。


「この子の名前だよ。自分では『まりか』って言ってるけど、家族はみんな『ジャスミン』って呼んでるからね。」


ほー・・・・っというため息が、周りから聞こえた気がした。


啓ちゃんといとこ同士だっていうことでさえ、いたって普通のわたしには重荷だったのに、さらにそんな別名があるなんて、みんなには絶対に知られたくなかった・・・。


「俺の大事ないとこだから、よろしく頼むよ。この子に何かあったら俺が許さないから、そのつもりで。」


「啓ちゃん!」


笑ってるけど・・・。

冗談にしても、これはもっと言ってほしくなかった・・・。







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