◆◆ そんな?! ◆◆
最近、夜、寝るのが嬉しい。
明日になれば、また生徒会だなあ、と思うと心が和む。
たぶん、大野さんが手伝いに来ているからだ。
メンバーが一人増えただけで、生徒会室の雰囲気があんなに変わるとは思わなかった。
今までの生徒会室は、なんとなくピリッとした気分になる場所だった。
みんな優秀だし、チームワークもフットワークもいいのはもちろん、はきはきと何でも言うし、早口でしゃべる。
そんな忙しさの中に一体感があって、自分がその中で役に立っていることが嬉しかった。
大野さんはそういう積極的なタイプじゃない。
まだ手伝いという立場だからでもあるんだろうけど、あまりしゃべらないし、大きな声で笑ったりもしない。とにかく控え目だ。
でも。
仕事を頼まれると快く引き受けるし、誰かの冗談にくすくす笑うこともある。
おとなしいけれど、彼女のまわりにはオレンジ色のほわんとした空気が漂っているような感じで、 “ああ、あそこにいるんだな” と思う。
それに気付くたびに、生徒会室が以前よりもさらに居心地がよくなったような気がしてしまう。
この前は、片付ける場所を教えてあげただけなのに、丁寧にお礼を言ってくれた。
あのくらいのことであんなにほっとした顔をして。
こんなことなら去年、風紀委員会の仕事で彼女が困っていたとき、何かひとこと言ってあげればよかったかな・・・。
そういえば、彼女はかなり頭が切れる。
込み入った作業を頼まれても、効率の良い手順を考えて、あっという間に仕上げてしまうし、塩田先輩のマシンガントークの説明も、要点をきちんと押さえて理解している。
俺たちのやりとりを聞いているうちに、いつの間にか懸案事項の経過も頭に入れていたらしく、帰り道で星野先輩とその話をしているのが聞こえた。
1年のときには気付かなかったけど、彼女はけっこうすごいひとだ。
ほんとうに、どうして今まで気付かなかったんだろう?
もっと早く気付いていれば・・・。
・・・なんだ?
“もっと早く気付いていれば” 、どうだったって言うんだ?
まだチャンスはこれからいくらでも・・・。
だから!
チャンスって何だよ?!
ああ、もう!
・・・そういえば、迎えに行く役目は先週で終わったんだっけ。
明日からはお役御免だ。
ちゃんと来るのかな?
念のため、行ってみた方がよくないか?
せっかく話ができるようになったんだし。
・・・あーあ。
迎えに行ってるうちに「大野」って呼べるようになるかと思ったのに、結局言えなかったよ。
そういえば、江川さんは「茉莉さん」って呼んでたな。
俺も「茉莉さん」って・・・いや、俺だったら「茉莉ちゃん」の方が・・・うわ、恥ずかしい! 絶対無理だ!
・・・栗原と大野さんって、いつの間にあんなに話すようになったんだろう?
俺よりずっと親しげだったな、迷惑かけられてたはずなのに。
それに、栗原とは顔を見合わせて話してた。俺のことはちらっとしか見てくれないのに。
仕事中はほとんど接点がないなあ。
彼女はほぼ塩田先輩の助手になってるし。
俺は塩田先輩と同じ副会長なんだから、一緒にやれることがありそうなのに、どうして重ならないんだろう?
手助けしようと思って声をかけても、「大丈夫です。」って言われちゃうし・・・。
富樫とは、わりと普通に話してるみたいなのに・・・。
どう見ても、富樫より俺の方が優しそうに見えると思うんだけどなあ・・・。
まあ、いいや。
明日は月曜日。また生徒会室に行ける。
土日の休みが長かったな・・・。
火曜日は委員長会議。
準備のため急いで生徒会室に行くと、俺が一番乗りだった。
書庫側のキャビネットから委員長会議用の席札を出しに行ったところで、戸が開く音。
「こんにちは。・・・あれ? 誰もいない?」
大野さんだ!
やった!
少しおしゃべり・・・残念、誰か来た。
「あれ? ジャス、一人?」
星野先輩?
今、変なこと言ったような?
「あ、啓ちゃん。うん、誰もいないみたい。」
いるんだけど・・・、『啓ちゃん』って、またもや聞いてはいけないことを聞いたような・・・。
「ふうん。ねえ、ジャス。俺、もう面倒なんだけど。」
やっぱり違う呼び方をしてる。
『ジャス』って・・・?
「何が?」
「ジャスを名字で呼ぶこと。もう、俺たちのこと公表してもいいだろ?」
“俺たちの” ? 公表?
「ダメだよ、啓ちゃん! そんなことしたら、注目されちゃうもん!」
「いいじゃないか。そのくらいのことなんか、すぐに忘れられちゃうよ。」
「そんなことない。啓ちゃんは有名人なんだから。」
あ・・・まずい!
棚の書類が落ちる!
うわ、わ、わ、わ!
間一髪押さえたけど・・・聞こえた?
でも、手が震えてる。
心臓がバクバクしてるし。
出て行くタイミングも失っちゃってる。
どうしよう?!
「もしかしたら、みんな会議室に行ってるかも知れないな。ちょっと見てきてくれる?」
「はい。・・・絶対に言わないでよ!」
「わかったよ。」
うーん。
星野先輩も出て行ってくれないと・・・。
あれ?
もしかして、こっちに来る?
うわ。やばい。
「・・・やっぱり。誰? 日向?」
「・・・はい。」
片手で棚の書類を押さえて、もう片方には席札の入った箱を持ったまま動けない俺を見て、星野先輩がくすくす笑った。
「聞こえちゃったよね?」
箱を受け取ってくれながら、先輩が言う。
「・・・はい。」
――― 星野先輩と彼女は、いったいどんな関係なんですか?
訊きたいけど、訊けない。
答えを聞きたくない。
「黙っていて悪かったけど、彼女と俺はただの知り合いじゃないんだ。」
やっぱり聞き間違いじゃなかった・・・。
『ただの知り合いじゃない』。
つまり、 “ただならぬ関係” ・・・。
「だけど、彼女が公表するのを嫌がってて。」
「・・・はい。」
そりゃあ、そうだろう。
星野先輩の彼女だなんてことが知れ渡ったら、ほんとうに注目の的だ。
「だから、日向も知らないふりをしていて欲しいんだけど。」
「・・・わかりました。大丈夫です。」
「悪いね、面倒なことを頼んで。」
「・・・いいえ。じゃあ、俺、会議室に。」
「ああ、俺もすぐに行くから。」
・・・終わったな。
終わったって、何が?
何か始まってたのか?
いや、まだ何も。
なのに、このからっぽな感じはなんだろう・・・?