啓一、おどろく。
おまけのお話です。
短いですが、お楽しみください。
「啓ちゃん!」
8月の強い日差しを通り抜け、大学に近い涼しいカフェに入って見回していると、水色のパフスリーブのブラウスを着たジャスが壁際のテーブルで手を振った。
「遅れてごめん。」
「ううん、いいの。忙しいところを呼び出したのはわたしの方なんだから。」
そう言いながら控えめに微笑むジャスミンは昔と変わらない。
・・・いや、変わらないのはその微笑み方、それから彼女の優しい性質。
高校を卒業して俺と同じ大学に入って3年目、3年生になったジャスミンは、すっかりあか抜けて魅力的な女の子になっている。
ファッションはおとなしめだけど、あのころと一番違っているのは、メガネをかけていないことだ。今は、コンタクトレンズにしているのだ。
高校入学のときに買ったメガネはジャスには少し大きくて、いかにも「メガネをかけています。」というデザインだった。
それがジャスの彼氏になった日向のメガネとよく似ていて、高校生の間はメガネのカップルとして校内で知られていた。
大学に進学するときに、別れ別れ(って言っても、2つ隣の駅だ。)になってしまうからと言って、ほんとうにおそろいのメガネを買った。
あのときの自慢気にはしゃぐ様子はものすごくかわいくて、可笑しかった。
けれど、大学生活が始まって1か月で、ジャスはコンタクトレンズに変えることにした。
バレーボールのサークルに入ってしまったことが原因で。
大学の部やサークルの新入生勧誘の集団を通り抜けられなくて、運動は得意じゃないのに「うちは親睦中心だから大丈夫!」と言われ、断りきれなかったそうだ。
一応、気を付けるように言っておいたんだけど、ジャスの性格では仕方がない。
けれど、 “親睦中心” とは言っても、練習はそれなりにある。そのうえ、真面目なジャスは、適当にこなすということを知らない。
ある日、先輩のアタックを顔で受けてしまい、大切なメガネを壊すと困るからと、大急ぎでコンタクトレンズを作りに行く破目になった。
それからはずっとコンタクトレンズで、大切なメガネはお守りのようにバッグに入れて持ち歩いている。
「何か、心配事があるみたいだったけど?」
ジャスから電話がかかって来たのはきのうの夜。
元気のない様子で、相談したいことがあると言われた。
夏休み中だけど、俺は卒業研究で大学に来ている日が多いので、ここで会うことにしたのだ。
「うん・・・。」
簡単には言い出せない相談?
俺をちらちらと見ながら、テーブルの上のアイスコーヒーを見つめている。
言い出すまで時間がかかるなら、まずは軽い話題かな?
ジャスがいくらでもしゃべれる話題はもちろん日向のこと。
「日向は今、どのあたりにいるって?」
この夏休み、日向はヨーロッパに出かけている。
建築の勉強を兼ねて、1か月ほど、向こうでバックパッカーをやっているのだ。
出かける前に会ったとき、「茉莉ちゃんのことをくれぐれもよろしくお願いします。」と頼まれた。あいつはずっと一途にジャスのことを想っているから。
さすが、俺がジャスの相手に見込んだだけのことはある。
「あの・・・、イギリスに・・・、オックスフォードだって。」
あれ?
日向の話題も効き目なし?
下を向いたまままばたきしているのは、涙をこらえているから?
「ジャス? 日向に何か・・・?」
こんなに辛そうにしているってことは、それしか考えられない。
伯父さんや伯母さんに何かあったのなら、うちの母親がとっくに騒いでいるはずだ。
「事故に遭った?」
「事件に巻き込まれた?」
「期間が延びそう?」
けれど、それらの質問に、ジャスはひたすら無言で首を横にふる。
「もしかして、現地の恋人ができたからって別れ話をしてきたとか?」
悲しそうな様子を払ってあげようと冗談のつもりで口にした言葉に、ジャスがハッと身を固くした。
・・・え?
まさか、当たり?
日向が?
ジャス以外を?
まさか!
「わたし・・・。」
ジャスの唇が震えている。
本当なのか?
出発してから2週間。
たった2週間前までは、あれほどジャスのことを・・・。
「そうなのか? 日向が?」
「違うの・・・。」
「え?」
「違う。」
「あ・・・、ああ、違うのか。そうだよな、日向が・・」
ほっとした〜。
「わたしなの・・・。」
「・・・・え?」
「わたし・・・、あのね、啓ちゃん。わたし、好きなひとが・・・。」
え?
ジャスに好きなひと?
「ジャス・・・? それは、日向以外の・・・ってこと?」
今度は縦に振られる首。
「ええぇ?!」
うそだろ?!
ジャスだって、つい先週まで「数馬くんがね」って嬉しそうに話してたじゃないか!
「ジャス? それ、本気か?」
もう一度縦に。
・・・信じられない。
ジャスが心変わりをするなんて。