◆◆ 彼女の態度が・・・。 ◆◆
俺、避けられてる?
星野先輩に大野さんを逃がさないように迎えに行けと頼まれて、少しは彼女と話せるようになるかと思ったのに。
きのうは、明日からは来なくていいと言われた。
星野先輩からそういう可能性があると聞いていたけど、実際に言われてみるとショックだった。
それがダメだとわかると、今度は階段で待ち合わせようと言われた。
俺が教室まで迎えに行くことが迷惑なのか、一緒に歩く距離を少しでも短くしたいのか・・・。
ほかの生徒に、俺と一緒にいるところを見られたくないんだろうか?
それとも・・・こんなこと、言葉にしたくない。
でも・・・。
もしかしたら、俺、嫌われてる?
生徒会室に向かって歩くときは、隣には並んでくれない。
大野さんはいつも、少しうしろに下がってしまう。
手伝いをしているときも、帰りも、やむを得ないとき以外は、俺には近付かないようにしているような気がする。
それに、彼女に「日向くん」って呼びかけられたことがない。きのう、栗原には呼びかけていたのに。
話しかけるとちゃんと答えてくれるけど、それは彼女の礼儀正しさがそうさせているだけじゃないだろうか?
もちろん大野さんは、富樫にも遠慮はしている。
だけど、それは先輩に対する遠慮と似ていて、初対面の気の遣い方だ。
手伝いが始まって3日目の今日は、だいぶ打ち解けてきている。
帰りの駅までの道だって、なんとなく話しかけにくい。
塩田先輩や木下と女子同士でいるのは仕方ないとしても、そこから俺に話が振られたときには、彼女は黙ってしまう。
きちんと言ってくれるのは、さよならのあいさつだけだ。
けっこう落ち込むんだけど・・・。
木曜日の放課後、ゴールデンウィーク明けから始まる生徒会役員選挙のための、選挙管理委員会の会議があった。
選管は、前年の各委員会の委員長たちが引き受けることになっている。
選挙の告示から開票までの手順と日程を確認し、当番を決める。
会議室のすみでそれを見ながら、星野先輩たちがもうすぐいなくなってしまうことを改めて実感した。
大野さんは会議のあいだ、ひとりで生徒会室で留守番をしていた・・・はずだったのに!
一番最初に戸を開けた俺の目に飛び込んできたのは、打ち合わせ机の大野さんの隣に座ってリラックスした様子で話している見覚えのある男。
その直後、大野さんが俺を見てほっとした顔で立ち上がった。
あ。
俺でもいいんだ。
心の中が、パッと明るくなる。
俺を見てほっとしたってことは、俺は安心できる相手だってことだよな?
よかった!
一人で留守番させてごめん。
知らない男と二人きりで、心細かったよね?
「・・・誰?」
彼女の隣へ急ぎながら、そいつへの問いかけが少し脅すような調子になる。
たしか、同学年だと思うけど・・・。
俺の問いに相手は余裕の笑みを返しながら立ち上がり、口を開こうとしたとき。
「あ、芳輝。」
うしろで富樫の声。
「ああ、富樫。」
富樫の知り合い?
「星野先輩。先週話した2年の和田芳輝です。」
和田芳輝?
ああ、思い出した!
英検1級に合格したって、去年・・・。
「あ、会計に立候補してくれるひとだね? いらっしゃい。」
会計?
立候補?
そういえば、2年生からもう一人出るって言ってたな。
こいつのことだったのか・・・。
「こんにちは。忙しい日にお邪魔してすみません。」
・・・なんか、カッコいい。
クセのある髪を長めに額にかかるようにカットした髪型も、逆三角形の賢そうな顔も、細い金属フレームのメガネも、ゆったりした話し方も、その態度も。
自信に満ちて。
絶対、負けてる・・・。
背だって、俺より高いよ・・・。
みんなが和田を囲んで話をしているあいだに、こっそりと隣の大野さんを見下ろすと、目が合った。
一瞬、驚いたようにパチパチっとまばたきをして、戸惑った表情のまま、ほんのちょっぴり首をかしげて微かに “にこ” っと・・・?
うわ。
もしかして、笑いかけた?
俺に?
それから目を伏せながら。
「お疲れさまでした・・・。」
俺だけにしか聞こえないささやき声。
ほんとうに俺に言ったのか確認しようと思っているあいだに、彼女は前を向いてしまう。
でも、ほんのりと染まった頬が・・・なんだか・・・。
この感じ・・・なんて表現したらいいんだろう?
彼女の恥じらいが、そのまま俺に伝染してきたみたいだ。
みんなが気付かないくらいの声なんて、まるで秘密を共有している気分。
あ〜、ドキドキする〜。
そうか。
俺、怖がられてるわけでも、嫌われてるわけでもなかった。
内気なひとだから、時間がかかっちゃってるだけなんだ。
すごく安心した!
もう、彼女が話しかけてくれなくても気にしない。
和田芳輝なんて、何人出てきてもいいや!
金曜日。
大野さんを迎えに行くのは今日が最後。
きのうまでは彼女に嫌がられてるのかも知れないと思って、一緒に歩くのが少し気まずかった。
でも、今日は大丈夫。
彼女が俺のことを嫌っているわけじゃないって分かったから。
階段前の廊下で待っている今は、なんとなく胸の中がくすぐったいような気がする。
うっかりすると、誰もいないのに笑顔になりそう。
見られるとみっともないから、窓から部活が始まる前の校庭をながめるふりでもしていよう。
4階から2階までの階段と、そこから生徒会室までの廊下は、歩いてほんの3、4分。
今日は少しゆっくり歩いちゃおうかな・・・?
「お待たせしました。」
いつもの丁寧な言葉遣いに振り向くと、大野さんの隣には同じくらいの背丈の女の子。
「陸上部の江川佳奈恵ちゃんです。」
紹介された江川さんが元気よくにっこりすると、日焼けした頬にえくぼができた。
大野さんの仲良しの生徒?
男の子みたいなショートカットがよく似合う。
「日向です。」
俺と話をしないで済むように連れてきたんだろうか?
もしかして、最初の日に栗原に声をかけたのも?
やっぱり、俺と二人だけは嫌なのか?
また自信がなくなってきた・・・。
「カナちゃんは短距離の選手なの。小さいけど、うちの陸上部では一番速いんですって。」
え?
俺に話してる?
「あ、ああ、そうなんだ? すごいね。」
大野さんが俺に?
江川さんと二人で話しながら、どんどん行っちゃうのかと思ったのに・・・。
「そんなことないの。うちの女子の短距離は5人しかいないんだもん。」
はきはきして飾らないところが気持ちいい。
大野さんが彼女と仲良くなれた理由がよくわかる。
「でも、陸上部で一番速ければ、うちの学校で一番速いってことじゃない? 体育祭のリレーは有望だよね?」
あ。
チラッとこっちを見た?
ってことは、俺に同意を求めてる?
「うん。そうだね。」
なんか・・・一気に前進?
こんなに普通に話してくれるなんて!
感動する・・・。
その勢いで、2階で江川さんと別れたあとも、いつもよりも自然に会話が続いた。
おもに話すのは俺で、大野さんは相槌を打ったり笑ったりするだけだし、視線を合わせてではないけど。
調子に乗って出た俺の冗談に、彼女がくすくすとかわいらしく笑う。
「日向くんがそんなこと言うなんて。」
ああ・・・。
大野さんが俺に、そんなことを言うなんて・・・。
彼女の言葉に込められた親しさに、胸が苦しくなる。
星野先輩。
俺にお迎えを頼んでくれて、ありがとうございます・・・。