第二十九話
ライラ・エル・ジェインは小さい頃の記憶が一切なかった。自分のことについてもわかっていることは少なかった。今の名前が本物なのかもわかっていなかった。
普通の人間でも生きていれば、小さい頃の記憶など薄れていくものだが、彼女の場合違ったのだ。いつのまにか、バルソリュート帝国にいて、スフィアに気に入られていて、幹部の座を与えられていた。
そんな彼女でも一つだけ確実にわかっていることがあった。彼女の手に握られている音叉、それは−。
「来い、ラプソディーヴァ!」
彼女は掛け声とともに音叉を軽く振った。
すると、辺りの空気が振動を始めた。段々、振動は強くなっていく。 そして、その振動の中から白い巨大な楽器が現れた。
「チューニング!」
もう一度大きく音叉を振ると、彼女の姿が消えた。そして、白い楽器はオレンジ色に染まり、大きく変形し、人型の巨大な像になった。三階建てのビルと同じ位の大きさだ。
これは「楽機」だ。しかも、彼女専用のものである。
そう、自分専用の「楽機」を最初から持っていたのだ。そして、その使い方は全てわかっていた。
「いつ出撃してもいいように、調整をしなければ」
彼女はラプソディーヴァの中でつぶやく。
「おい、ウィーン。調整を頼む」
「私は今忙しいんだがな。しかたない、ノイズを三体ほど転送してやろう」
「肩慣らしにはちょうどいいな。いくぞ!」
巨大な楽機の前には、黒い巨大なマネキンが三体。
「ソルフェージュ!」
楽機の前に二股に分かれた巨大な剣が現れる。ラプソディーヴァはその剣を掴むと、一体目のノイズに切り掛かった。一撃。一撃で一体目のノイズを消滅させた。さらに、続けて左ストレートを二体目の体に食らわせる。その瞬間、二体目のノイズも消滅した。そして、剣を置き、右手を三体目のノイズにかざす。すると、ノイズの体が泡立ち始め、消滅した。
「ふう、こんなものか」
「ライラ、調子は良さそうだな。調整はいいだろう。スフィア様がお呼びだ」
モニター越しにウィーンが言う。
「当然のことだ。スフィア様の召集か、すぐに行く」
ライラはスフィアの元へと向かった。