第十五話
心の準備はできていない。人という字を掌に三回書いて飲み込む。
もちろん味はしない。
いつもの廊下でない気がした。一歩一歩、足を進めていく。刻一刻と、運命の時は近づいている。心臓の鼓動がつよくなっていく。
どくん、どくん。どくん、どくん!
「おい、響助。まだいたのか」
「うわっ、先生!驚かさないでくださいよ」
日比木舞がいた。
「別に驚かすようなことは何もしていないのだがな」
「先生、何しに来たんです。こんな時間に」
「私は音楽室の鍵を閉めに行くところだ」
ああ、なるほどと思う。
「それより、お前やっぱり変だぞ?具合でも悪いのか?」
舞はそう言うと響助の額に手を伸ばした。
「熱は・・・、少し熱いな」
「だ、大丈夫ですって」
響助はその手を払いのける。
「そうか?風邪だったら早く治しに行けよ?」
舞は響助を訝しげに見て言う。
「はい、ありがとうございます。心配してくれて」
「そりゃあ、一応教師だからね。おっと、こんな時間か。急がなければ、お前も早く帰れよ?じゃあな」
舞はさっさと廊下を進んでいってしまった。
遅くなったのは、あんたのせいだろと思う。
しかし、舞のおかげか急に心が楽になり足取りが軽くなった。先程とは違う。いつもの廊下に戻って来たみたいだ。そして、下駄箱に着き、靴を履き替える。
いよいよだ。
そして、運命の場所、体育館に着いた。
もう一度、人という字を掌に三回書いて飲み込む。
やはり味はしない。が、少し心が軽くなった気がした。
そして、体育館裏に進んだ。
そこには日比木京香がいた。