ほうふくじへん
昔昔のその昔、とある里にはまことしやかにささやかれていることがあった。
いわく、「その山には、【龍】が棲んでいる」という。
険しい山岳が連なった奇形の地では、度々《たびたび》厄災が起こっていた。人々《ひとびと》が困り果てていたそのとき、【龍】が現れたのだという。
【龍】が山に降り立つと、厄災はピタリと治まった。故に、人々《ひとびと》は【龍】を敬い、山を大切にしていた。
あるとき、大陸の国の王さまが、大勢の従者を連れて里へとやってきた。ゾロゾロと踏み入る人の数に、里の者たちは大層おどろいたものだ。里の長が王さまに問う。
「こんなへんぴな土地にまでいらっしゃるとは、一体どういったご用でしょうか?」
王さまは答えた。
「この山にいる、【龍】が欲しいのだ」
この王さま、大陸では有名な【欲しがり】であった。気が引かれたものは、なにがなんでも手に入れなければ気が済まない性質で、そのためには手段をいとわないという。
ノドから今にも手がとび出てきそうな王さまに、里長は、きびしい顔をして言った。
「【龍】は、だれのものでもございません。いくら大国の王たる御身であっても、その手の内に入ることはありません」
しかし、王さまが聞き入れることはなく、それどころか、ハナで笑う始末だった。
「ハッ!このわたしに指図しようとは、よほど命が惜しくないらしい」
そう言って、かたわらに置いてある剣の刃をチラつかせた。逆らうことはゆるさないという表れである。
まったくもって、乱暴なことだ。里長はそれ以上何も言うことができなかった。
里の者たちの非難の目もなんのその。王さまは山入りの準備をおし進めた。
そして、いざ山に発とうとしたそのとき、里長からひとつ告げられたことがあった。
「山でだれかと言葉を交わしたのなら、すぐにお戻りください」
しかし、王さまは形だけの返事をするだけで、特に気にも留めず、山に入っていった。
山に入った王さま一行は、草木を払い、土を踏み荒らしながら進んでいく。すると、背中から声をかけられた。
「もし、そこのお方」
不意に響いた鈴鳴り声に足が止まる。幾度か首を回した先、そこにはひとりの女が立っていた。
ぼろきれの裾からのぞく生白い足の根は、風が吹けば飛んでしまいそうなほどに頼りない。しかし、伸びっぱなしの黒髪からのぞく一対の眼光が、イヤに目につく女だった。
女は言った。
「悪いことは言いません、今すぐに引き返しなさい」
見た目とは裏腹に、鼓膜を揺らす重い響きがあった。
王さまは、にこやかに問う。
「私がだれか知っての言葉か?」
女も、うすく笑んで言った。
「関係ありませんから」
女の答えに、王さまは「そうか」と一つうなずく。そして、腰元から剣を抜くと、あろうことか、女の袈裟を切りつけた。あまりに突然なことに、当の女は悲鳴のひとつもあげないまま崩れ落ちる。その時、不思議なことが起こった。
今し方横たわっていたはずの女の体が、煙のように消えてしまったのだ。
信じられない光景に、皆が一様に目を見張る。すると、辺り一帯にものものしい雰囲気がただよいはじめた。
飛び立つ鳥の羽ばたきに、カサカサと響く木の葉の掠れ声。切り裂くような風の音に、ぶつかり合う水流の泡の音まで。身の回りにあるすべての音が、一緒くたになって耳元で鳴り荒ぶ。そのあまりのやかましさにに耳をふさごうと手を当てたその時、王さまの周りから一切の音が消えた。
バッ!と顔を上げて、辺りを見回す。四方を囲んでいた従者たちの姿がだれ一人として見当たらない。
「だれか、だれかいないのか!」
王さまの悲鳴のような呼び声が、木の間をはね回る。しかし、返ってくるものは何も無かった。
ふと、耳元を何かがかすめる。ぐるりと見回すと、先ほどの女が立っていた。
——しかし、何かがおかしい。
目の前に立つ女は、先ほど己の手で切り捨てたはず。ならばなぜ——。
その瞬間、得体の知れない何かが、足下から這い上がってくる。
ドッドッと荒れる脈拍に、心臓が痛む。
息も絶え絶えな王さまとは裏腹に、女は深く笑んでいた。その吊り上がった口元が、たまらなくおそろしい。
「お前は一体何者なんだ……⁉︎」
不意に空が暗くなる。まさか、と王さまは見上げて、そして後悔した。大きな、大きな影が、王さまの真上に迫っていたのだ。
そのとき、王さまは理解した。己が手に入れようとしていたものは、到底人の手には余るものだと。
バクリ、と開いた深い闇を前に、指のひとつも動かない。
そして、そのまま——。
「──ああ、まずい、まずいなぁ」
つぶいたのは、何者だったか。それを知る者は、どこにもいない。
この度は、数多の作品の中からみつけていただき、ありがとうございます。
こちらは第18回日本新薬こども文学賞に応募した作品です。
児童向けにしては少々過激な内容だったかな、と思う反面、個人的にはとても好みに仕上げられたので投稿しました。




