不器用なパイロットたちの舞踏会
二〇二五年、世界は「最適化」という名の静かな風に包まれていた。AIがあらゆる最短ルートを導き出し、人々の生活から摩擦と迷いが消えた時代。そこでは、効率こそが正義であり、最短距離こそが美徳とされていた。
しかし、その街の片隅にある「航路編集局」のパイロット、ハルは、あえて最新のAIエンジンに「遅延」という重りを載せていた。彼の仕事は、AIが弾き出した完璧な計算結果に、あえて「人間のノイズ」を混ぜ合わせることだ。
ある日、ハルは一人の新人パイロットに出会う。新人は効率的に仕事をこなせない自分の不器用さに絶望していた。「AIの言う通りにすれば、痛みも失敗もないのに」と。
ハルは彼を、街の地下にある「身体の場」へ連れて行った。そこでは人々が泥にまみれて土を捏ね、拍子の合わない歌を歌い、ただ焚き火を囲んで沈黙を共有していた。
「見てごらん。ここは、効率が死ぬ場所だ」とハルは笑う。
「AIは悲しみの構造を完璧に模倣するけれど、この火の熱さや、泥の冷たさ、そして言葉にならない胸のざわめきまでは計算できない。この不器用な手の震え、迷いながら道を選ぶ時間の余白。それこそが、私たちがこの加速する世界で、自分という物語を奪われないための『重り』なんだ」
社会は変わろうとしていた。効率を競うのではなく、あえて「時間をかけて迷うこと」を推奨する制度が導入され、手作業の傷跡や、不完全な表現に高い価値が置かれるようになった。それは「非効率」をコストではなく、人間であり続けるための「投資」として受け入れた、歴史上初めての試みだった。
ハルはハンドルを握り直す。AIエンジンは激しく加速しようとするが、彼の身体感覚が「まだ早い」とブレーキをかける。加速と抑制、その危うい「動的平衡」の中に、確かな熱が宿る。
「さあ、行こう。正解のない、不自由で自由な空へ」
新人のパイロットも、震える手でハンドルを握った。効率の外側にある、痛みと喜びに満ちた自らの物語を引き受けるために。彼らはもはや、AIに運ばれるだけの荷物ではない。自らの身体のざわめきを羅針盤にする、真の操縦士だった。
加速する空に、不揃いな軌跡がいくつも描かれていく。それこそが、二〇二五年の人間たちが紡ぎ出した、最も美しい舞踏会の風景だった。




