第四話 『鍵』
◆
静かな夜だった。風の音さえ聞こえない。
まるで、この世から音がなくなったかのように。
昨夜、父と笑い合った時間が嘘のようだ。
アーシェンは自室のベッドに腰を下ろし、何も考えられず、ただ俯いていた。
ア「父さん...」
息を吸うたびに胸が痛い。胸の奥にぽっかりと大きな穴が空いたような気がする。
ア「...」
父さんが---もうこの世にいない?
受け止めきれない現実が冷たく胸にまとわりつく。そんな時だった。
「ドクン!」
ア「まただ...」
胸の奥で低い音が鳴り響く。アーシェンは胸を押さえながら、ふと思い出した。今日聞いた"声"を。
(--奪われた...)
ア「奪われた??」
この言葉が胸の穴にじんわりと熱を灯す。
父の死は実験装置が制御不能になり、起きた"事故死"だと伝えられていた。しかし、その言葉が急に嘘のように思えてくる。
---奪われた...
---誰が...
---なんのために...
---父は何を知っていた...
本当に、そんな偶然で父は死んだのか。
"奪われた"と言う言葉が急に真実味を帯び始める。
幼い頃、父がよく言っていた言葉が蘇る。
父(困った時は研究室に来い。)
ア「行かなきゃ...」
涙を拭い、呼吸を整える。
拳を強く握りめ、アーシェンは立ち上がった。
ア「知りたい。父さんの死のこと...真実は自分の手で掴まなきゃ。」
「たとえ、残酷な真実だとしても...」
悲しみが静かに"決意"へと形を変えていく。
アーシェンは立ち上がり、自室のドアを開ける。
静まり返った夜道を、一歩ずつ踏みしめながら父の研究室へと向かう。
◆
静寂が夜道を包む。自分の息と足音だけが、響いていた。
研究室の前に立った時アーシェンは目を疑った。かつて白く輝いていた扉は黒く焼け焦げ、内部は煤だらけだった。子どもの頃父と来た場所とはまるで別物だった。
ア「...ここが...お父さんの」
扉を押し開けると、焦げた匂いが一気に押し寄せた。床には大量のメモの切れ端、溶けた機材、割れた管。父が毎日大切に磨いていた装置の姿は、どこにもなかった。
アーシェンの視線が、自然と奥の父の部屋へと向く。焼け跡が円を描くように広がっている。
ア(ここで...父さんは...)
悲しみに飲まれそうになる中、拳を握り直し、前を向いた。
ア「今は...泣く時じゃない。」
それでも目元は潤んでいた。
父の部屋を見て回るアーシェン。
この部屋は特に焦げ臭い。この部屋だけ、より高温で燃やされたように思えた。
多くのものが焼き尽くされた中、一つのものを見つける。
ア「これは...俺の...絵?」
それはアーシェンが幼い頃に書いた、家族の絵だった。大半は焼けてしまっているが、確かに自分の書いた絵だった。
父は自分の研究室に大切に飾っていたのだ。
ア「父さん...」
普段なかなかうちに帰ってこない父だったが、なによりも家族を愛していた。絵の上に一滴の滴が落ちる。無意識のうちに涙が溢れていた。
その瞬間---
「ドクン!!!」
胸の奥で鋭い衝動が走った。さっきよりも強く、深く。
ア「......っ!」
思わず片膝をついた。呼吸が荒くなる。
まるで体の内側から誰かが導いているようだった。
ア(...机...?..)
父はよく大切なものはこの机の引き出しにしまっていた。導かれるように、父の机へと向かう。
焼けこげた天板をどかすと、下から金属が擦れる音が聞こえた。
ア「え?」
机の裏側、タイルの内側に何か挟まっている。
そっと引き抜くと---
小さな封筒と小さな古びた鍵が出てきた。
ア「これ、父さんが?」
封筒には、焦げも煤の一つも付いてなかった。
父の意思がこれだけは守り抜いたように感じた。
ア「ありがとう。父さん」
気づけば胸の衝撃や、荒い呼吸は治っていた。
アーシェンは封筒に目を落とす。そこには父の字でこう書いてあった。
『アーシェンへ
これを呼んでいると言うことは--
真実を知る覚悟ができたのだろう。
"印の場所"へ来い。』
封筒を開くと、中には紙が一枚入っていた。
そこにはある"印"が書いてあった。
『£¥*』
それはアーシェンにしか伝わらないものだった。
幼い頃、父と遊び感覚で作った秘密の暗号だった。父との二人だけの秘密の暗号。
ア「地下に真実がある。」
「父さん何があったんだ....」
短い。だが、恐ろしいほどにその意図が伝わってきた。
"事故ではない"
"誰かに狙われた"
"アーシェンだけに伝えたかった事"
手紙をしまい、鍵を手にした瞬間--
「ドクン!」
また胸に衝撃が走った。次は、早く行くよう急かされているように感じた。
ア「...っ痛...行くよ。」
アーシェンは鍵をポケットに収め、父の部屋の奥、壁際の誰も知らない封鎖された面へと足を運んだ。
ア「待ってて父さん。」
第四話『鍵』完




