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第二話 『兆し』

放課後の夕陽に染まる街をアーシェンはいつも通り歩いていた。

ただ今日はアーシェンの胸の奥に小さな棘のような違和感があった。


ア「あの声やっぱ気のせいだったのかな」


言葉にできない、説明できない、不思議な感覚だった。気のせいかも知れない。でも確かに聞こえた自分を呼ぶ"声"が。



玄関を開けた瞬間灯りがついているのが目に入った。


ア「ただいまー。母さん帰ってきてるのー?」


リビングから、懐かしくも聞き覚えのある声が聞こえる。


父「おかえり、アーシェン。」

振り返ったのは父だった。普段は泊まり込みでの研究も多い父が、陽のある時間にうちにいるのは珍しいことだった。


ア「父さん!どうしたの?今日は帰って来れる日だったっけ?」


父「たまには、早く帰ってもいいと思ってな。最近お前とゆっくり話をできてなかっただろ。」


なぜかその言葉が、少しだけくすぐったい。

父の声に、ざわつきが少しおさまり、胸の奥が暖かくなるのを感じた。


父と母と3人で夕食を囲むのは久しぶりだった。

アーシェンは学校のこと、友達のこと、先生に褒められたことなど、沢山の事を楽しそうに話した。父は穏やかに話を聞いてくれる。


ア「それで先生が驚いて尻もちついてさー!」


父「ははは。それは驚くな。」


二人の笑い声が重なる。母は楽しそうに話すアーシェンを見て嬉しそうに微笑んでいる。

今日は昔に戻ったみたいで、アーシェンは嬉しかった。こんな時間がずっと続けばいいと思った。

食後の片付けをしている時、アーシェンはふと、今朝聞いた"声"のことを思い出した。


ア「あ、そういえばさ」


父「どうした」


ア「今日、なんか...不思議な声を聞いたんだよね。誰もいないはずなのに呼ばれたような声が。気のせいかもしれないけど。」


ポンっと軽く言ったつもりだった。ほんの雑談のつもりで。

たがーー

父の手が止まる。同時に、皿を洗う水音がピタリと止んだ。


父「アーシェン、今、なんと言った。」


父の声色が明らかに変わっている。


ア「え..いや...声が聞こえただけって。

でも本当に気のせいだよ...多分」


父は表情が固くなり、何かを必死に押し殺すように息を呑む。


父「どんな声だった。確かに周りに誰もいなかったんだな。本当にアーシェンに話しかけてたのか。」


父は詳しく聞こうとする。


ア「いや、細かくは覚えてないけど、、ただ不思議に感じて...」


アーシェンは困惑した。なぜ父がこんなにも強く"声"の話題に反応しているのか。


父「アーシェン。その声が聞こえ始めたのはいつからだ。」


ア「え、今日が初めて...ほんの一瞬だけ。」

「父さん何か知ってるの?」


父は答えない。

先程までの楽しい空気は一変した。

空気が冷たく、重くなったように感じた。

アーシェンは、父がこの"声"の答えを知っているのだと思った。


ア「父さん、何か知ってるんだね。」


父は沈黙を続ける。

アーシェンの気持ちは確信に変わった。父は間違いなく"声"について知っている。

父はゆっくりと息を吐き、アーシェンの方へと向き直る。


父「アーシェン。世界には"光"があるように必ずそこには"影"が生まれる。エーテルも例外ではない。」

「お前が聞いた"声"は気のせいでも幻でもない。」


ア(心の声)「...何を言ってるんだろう。」


アーシェンは父の言っていることが理解できなかった。だが、いつもの父とは明らかに違うことは理解できた。


ア「その"影"が"声"と関係があるの?」


父は目を揺るがせながらも続けて話す。


父「...アーシェン。人から与えられた答えは、本当の意味での"自分の答え"にはならない。お前が向き合うべき運命はお前自身が見つけるんだ。真実とは、誰かから知らされるものではなく、自ら掴み取るものだ。アーシェンがその"声"に呼ばれたなら、その答えはお前自身が見つけるんだ。」


ア「そんな...。でも、危険なことなんじゃないの。」


父「だからこそ俺は言えないんだ。"影"は"光"を遠ざけようとする。知れば知るほどその力は強力になる。」


父の言葉にはいつになく重みがあるように感じる。


ア「その...正体って、」


父「アーシェン」


父は低い声で答えた。


父「すまない。これ以上は話せないんだ。だが、これはお前を守るためなんだ。わかってくれ。」

「真実を知る時は必ずくる。その時お前は大きな決断を迫られるだろう。その時まで決して自分を見失ってはいけない。強い決意と意志を持て。」


こんな父は初めて見た。だからこそ、アーシェンは戸惑いながらも、父の言葉を受け止める。


ア「わかったよ...」


そう答えるしかなかった。

そんなアーシェンを見て、父は優しく頭を撫でた。父の大きな手からは、温もりと確かな愛情を鮮明に感じた。


アーシェンは想像にもしていなかった。



ーーこれが父との最後の時間となることを。



第二話『兆し』完

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