47. 立ちこめる暗雲
松葉杖をついて病院から出ると、出待ちしていたらしい記者達から質問を受けた。
「足の状態はどうでしたか?」
何故こんな事になっているかというと、試合中に怪我をしてしまったからである。
八幡の三回戦の相手は強打で有名な金珠高校。
二回の表にプロ注目の四番打者、氷露臥龍の打った強いゴロを一塁手の細川が横っ飛びでキャッチ。そこから一塁ベースカバーに入る俺に送球する際、体勢が悪いまま急いで投げた事もありボールが少し逸れた。
それを反射的に取りに行った俺の体勢も崩れ、その状態で打者走者の氷露臥龍とベース近くの空中で接触。着地に失敗し足首を捻り、無念の途中退場となったわけだ。
ちなみに怪我の程度は『二度の捻挫』だった。捻挫と聞くと軽症に聞こえるが、その実態は『靭帯の部分断裂』。シーネによる固定とその後のリハビリが必須となる。
だがまあコツコツと足の関節も鍛えておいてよかった、これが三度の捻挫、つまり完全断裂だと手術が必要になるからな。あと、受傷後すぐに養護教諭免許を持つ冬雪部長が適切なRICE処置をしてくれたのもありがたい。今回のケースだと安全マージンを充分とっても二ヶ月あれば後遺症も残らず完全復帰できる筈だ。
とはいえ勿論、二つの意味で痛いことは痛いけど……
「あ、すみません。今回写真はご遠慮下さい。大事をとって松葉杖をお借りしていますが、足は捻挫で骨には異常ありませんでしたから。こんなんで重症とか報道されちゃうと恥ずかしい」
「つまり、軽症だと?」
「ははは、少なくとも命に別状はありませんね」
それはそれとして、『湊鴎賀、全治二ヶ月の靭帯損傷!』とか見出しになって氷露臥龍くんが気を揉んではいけないので、捻挫の程度は隠して明るく振る舞うことにした。
「今日の試合結果について一言頂けますか?」
「はい。そうですね……」
なお、八幡はこの試合に負けている。
残念だが、リリーフした細川は根の真面目さゆえに『怪我に繋がるプレーをしてしまった』と動揺しメンタルがあまり良く無かったし、試合終盤に球場の雰囲気が金珠高校を応援する感じになっていたから仕方ないところもある。
あと、単純に金珠高校も強かったな。投手にプレッシャーをかける駆け引きもうまかった。試合が終わればノーサイド、いちスポーツマンとして素直に相手を称えるべきだろう。
「今日は金珠高校の方が強く、そしてうまかった。今度はリベンジできるように頑張ります」
そうして穏やかに締めようとしたところでこんな声が出た。
「大事な試合を軽症なのに降板したの?それは監督判断?そのせいで負けた事に関して何か一言ある?」
なんか棘のある言葉だなぁ。周囲の記者も「え?高校生にそんな事言っちゃうの」って顔をしている。この人、スポーツ記者じゃなくてゴシップ誌ライターとかなんだろうか?
そういえばどこかでみたような気が……どこだっけ?思い出せないけど、面白おかしく書かれちゃわないように言葉には気をつけないといけないな。
「そうですね……まず、交代は僕から監督に依頼しました。無理して怪我が悪化する可能性もありましたからね」
捻挫って結構怖いのよ。
前世、捻挫を繰り返してクセになってた子の治療を担当したことがある。その子は元強豪女子バスケ部で、大学生になってから傷みで歩けなくなったそうだ。足を診たら『固定されるべき部分は緩く、逆にスムーズに動かないといけない部分は硬い』という酷い状態だった。
「それに、目先の一試合よりもっと先を見据えての判断でもありました。その辺りをご高配頂けますと幸いです」
ウチの目標は優勝だったからね。『LP学園や熊大苫小牧に勝つにはベストコンディションが必須なんだから、その辺の事情もわかってちょ』って事だな。
「もちろん結果として負けてしまったのは残念です。しかし後悔はしていません。僕が交代しても後を任せられる味方が残っていましたしね」
***
「高校生に『叱咤』ですか?」
スポーツニュースの放送前、演出家にそう問う男の名前は張木浩三。彼はスポーツニュースのご意見番的なポジションにいる元プロ野球選手だ。
そんな彼、コメンテーターとしての特徴は、事の良し悪しを「称賛!」と「叱咤!」という言葉を用いて単純明快に判定する二元論スタイルである。
怪我を隠して出場し、二日酔いでホームランをぶっ放し、そのままベンチでゲロをぶちまけるのが粋とされた昭和時代のスター選手だった張木。
当時の基準で現代の野球や選手を論じることが多く、それらが物議を醸すこともあるが逆に『よく言ってくれた!』『そうそう、近頃の若いやつは軟弱なんだ!』とオジサマから共感を得る事も多い。
一言で言うと、『よくも悪くも目立ち、信者もアンチも多いタイプ』だ。某ライス国の大統領みたいなもんである。
まあ、コメンテーターというのは特徴的な発言をして目立ってナンボなので、演出家の意図を汲みあえてそう振る舞っている面もあるのだが。
「うーん、プロ相手ならともかくアマチュア高校生に辛口コメントするのは気が進みませんなぁ」
「とりあえず、読んでみて下さいよこの週刊誌」
渋い顔をしつつも、演出家に促されて週刊誌を読んでいく張木。
すると……その顔色がどんどん変わっていった。怒りによって。
なにせ記事には、こんな事が書かれていたのである。
ーー湊鴎賀、軽い捻挫で監督に直訴し途中交代
ーー目先の試合よりもっと先(自分のプロでの活躍)を見据えている模様
ーー『味方に任せてみたら負けた、残念』、『金珠には上手くやられた、次は復讐する』とコメント
「……これが本当なら、確かに『叱咤』ものですな」
「でしょう?思い上がった小僧に、喝を入れてやって下さいよ」
かくして、その筋書きで全国中継で放送された結果、湊鴎賀には『いや、身体を大事にするのは間違ってない』と言う一部擁護者と、『けしからんクソガキ』という大量アンチがつくことになる。
高校野球の枠を超え、良くも悪くも……いやどちらかと言うとやや悪い方に……ぶっちゃけヒール役として大注目であった。
なお、その週刊誌は後に『事実をねじ曲げた一方的な報道』と批判され、文責記者はそれまでの所業も含めてネット上で激しく叩かれ精神を病み、記事には一部訂正が入る事になる。
しかし、一度ついた悪いイメージは払拭できず、もはや後の祭りでもあった。
***
湊鴎賀、三年目の春
負傷交代した試合にて金珠高校に6ー4で敗北
チーム最終成績 : 甲子園三回戦敗退(ベスト8)
大会個人成績 :防御率0.00 :打率.800 :本塁打1
備考:一回戦で完全試合とサイクル安打を同時達成




