10.5 それぞれの思惑
清美高校は県下最強と名高い私立強豪だ。
そんな野球部の指導者というのは多額の金銭的報酬とチーム運営に関する裁量権を手にする。
しかしその一方で定期的に甲子園に出場する事を求められており、数年結果がでなければ容赦なく首を切られる厳しい勝負の世界でもあった。
季節は三月。清美高校の監督である徳川は、部長およびコーチ陣と情報共有のためのミーティングを行っていた。議題は、今年度のスカウト結果についてである。
「まず、県外の注目選手は軒並み獲得に成功しました。特に中岸ティモンは将来プロ入りも狙える超有望株です。」
私立強豪というのは、金とコネ、そしてネームバリューを存分に使い、県の内外に声をかけ有力な選手を引っ張ってくる。
「うむ、ご苦労。で、県内選手の動向はどうだ?」
どんな選手をどんな基準でスカウトするかは監督によって色が出る。徳川が一番重視しているのは同じ県内の有力選手のスカウトだった。
何故なら、一発勝負の高校野球で万一にも敗北する可能性がある相手は少ないほど良いからである。つまり、強くなりそうな公立高があれば、その周辺中学の有力選手は少々実力不足でも声をかけてこちらに引っ張ってくるわけだ。卑怯?勝てば官軍である。
確実に対戦相手の弱体化にはなるし、鍛え上げてこちらのレギュラーになれば最高。そんな一石二鳥の作戦が功を奏し、清美はここ数年連続で甲子園出場を果たしていた。
そんな訳で今年は、未来の難敵になる可能性のある八幡高校の周辺をターゲットにスカウト活動をしていたのだが……
「そうか、湊鴎賀は八幡に進んだ訳だな。それに、大樹匠も。」
「はい、力及ばす申し訳ありません」
狙っていた県外の選手は概ねとれた一方、県内一番の大物を逃したことに苦虫を噛み潰した様な顔をする徳川。
「ふん。まあいいさ。厄介だが二人だけで県予選を勝ち上がってくる可能性は低いだろうしな。そういえば、八幡周辺にいた他の有力選手の進路はどうなった?」
「そ、それが……」
***
細川流は長身でセンスの良い選手である。川越中学のエース兼三番打者であった彼は今年八幡高校に進学しており、今日はその入学式だ。
「おお、細川じゃん。久しぶりだな」
「ニック!?ニックじゃないか!わあ、キミも八幡に来たんだね」
話かけてきた丸顔で恰幅の良い男はニック。
小学校も中学校も違うものの、同じリトルリーグの出身で面識のある相手だった。ちなみにニック、初球からブンブン振ってくるパワーヒッターで、中学時代の二人は良きライバルでもあった。
ちなみにニックは日本人。外国人みたいなニックネームだが、本人が気に入っていることもあってニック呼びが定着している。
「まあな、清美からスカウトがきて迷ったんだが、こっちで甲子園目指すのもいいなって」
そう言いながらニックは、過日、この後新入生代表挨拶をする男から『俺は八幡に行くんだけど、キミは何処にいくつもり?』と声をかけられたことを思い出していた。
その男に初対戦で三球三振に切って取られて以降、『いつか打つ!』と猛練習したが結局一度も打てなかった。まさに怪物だった。
しかし、それが今度はチームメイトになるならこんなに頼もしいことはない。県内の球児が一度は想う夢物語、『地元公立で清美を倒して甲子園』が急に現実味を帯びてきて、心が躍った。
「そうなのかい、奇遇だね実は僕もなんだ」
ニックの言葉に笑う細川。
その脳裏には中学二年の総体で初球のカーブを満塁ホームランにされて以来、いつか打倒すると意識して猛練習したがついぞ倒せなかった恐るべき選手の姿があった。
湊鴎賀
全中総体大会の全試合を完封し六割を超える打率を残した怪物だ。しかし、向こうもこちらも認識していたとは…… 『俺は八幡に行くんだけど、キミは何処にいくつもり?』って……将来プロに行きそうな奴に認知してもらえてるの、かなり嬉しい。
「そういえばあっち見なよ、他の中学の主力も八幡にきてるみたいだよ」
「ほんとだ、湊鴎賀以外にもスゲー面子が集まってるんだな」
そんな事をいいつつ内心
((まあ、湊鴎賀がわざわざ声をかけて来たのは自分だけだろうけど!))
なんて思っている細川とニック。
実は湊鴎賀、近隣の有望選手には一通り声をかけてまわっていたのだが……その事実を二人が知るのはもう少し後になってからである。
次回、3月6日に投稿します




