10.地元の高校
俺は今、体育館でスピーチをしている。
「——日々精進、『三日会わざれば刮目して見よ』の気概をもって、昨日よりも強くなる今日を三年間積み重ねることをここに誓い、新入生の挨拶とさせていただきます。」
本日は始業式、新入生代表挨拶というやつだ。進学先は熟考の末、地元の公立高校である八幡高校商業学科に決めた。
理由は主に以下の3つである。
(1)自分にとってワクワクする挑戦である。
まず、俺は結構地元が好きで中学からのチームメイトと甲子園優勝を目指したいと思った。またその上で、前世では圧倒された私立強豪を撃破するという挑戦も良いモチベーション要素になる。
また今の俺には野球を極めてプロを目指す他にもう一つ野望がある。それは、この時代の高校野球に蔓延している『勝つためには一点集中で多大な犠牲を払う必要がある……みたいな空気』を吹き飛ばすことだ。
今から十年ほど後に全国ニュースになる程の大問題に発展するんだが、県内最強の私立強豪校でもこの『勝つためには犠牲が必要』論は猛威をふるっているらしい。『ひたすら野球漬け、授業中は寝ていてもOK』のみならず、『勝つためには上下関係も必要』がいきすぎた結果、一般社会ではあり得ないパワハラまで黙認されているそうな。
もしも今そんなブラック部活に入ってしまったら、俺はきっと猛反発するだろう。で、その体制をかえようと頑張る間に三年なんてあっという間に過ぎてしまうのが容易に想像できる。
なのに何故そんな学校が受け入れられ、全国から優秀な選手が集まってくるかというと、『それで勝てちゃっているから』である。勝者は肯定され美談としてチヤホヤされるという身も蓋もない話だ。
高校三年間限定でスキルを叩き込んで勝つ集団を作るのにはある程度有効な手段なのかもしれないが、俺はこの手の話を聞くと虫唾が走る。だってこれ、本質的にはブラック企業と同じ思想だと思うから。実際、多くの故障者やバーンアウトやドロップアウトを引き起こしているしな。
それを生き残ってプロになった選手が『あの理不尽な地獄に耐えたから強くなれた、勝てた』とメディアで言う事もあるが、それはおそらく生存者バイアスが働いているに過ぎない。
というか、『より合理的に頑張れば、貴方はさらに強くなってもっと勝てていたでしょうよ』と声を大にして言いたい。実際に、そういう趣旨を発信しているレジェンドも沢山いる。
事実、俺は前世の高校時代、名門校に対抗するために『痛みに耐えてガムシャラに頑張った』結果2回ほどオーバユースで故障しているが、たいして上手くならなかったし部内のレギュラー争いにも負けたし誰も感動しなかった。で、進学して正しい知識を得てからトレーニングしてみたら半分以下の時間で倍は強くなれた。
だから俺は今世、この一般的な公立高で勝ちまくり『何一つ犠牲にする事なく勝てる』という事を高校野球界に証明する。そして前途ある若者のために旧来スポーツ界の歪んだ常識を前世より早い年代から変えていきたい。
(2)商業科の存在
今世の目標は一流のプロ野球選手になる事だ。
そうなれば当然、莫大なお金が入ってくるんだがそれが色んなトラブルや悩みの種になる事も多いときく。ゆえに、お金をコントロールするための正しい知識が必要になってくる。
プロ野球選手ってつまるところ個人事業主で、年俸は事業所得になるからな。前世は雇われての給与所得だったから、経費計上や確定申告って正直未知の部分が大きい。最終的には税理士や弁護士とチームを組むことになるだろうが、何も知らないので全部お任せしますは流石にマズイ。
そこで商業科だ。先程の『何一つ犠牲にする事なく勝てる』に通じるところがあるんだが、将来に向けてキチンとお金について学ぼうと思っている。具体的には、在学中に簿記やファイナンシャルプランニング技能士の資格を取る予定だ。
(3)強くなり勝利を目指すのに適した環境
当たり前だが、チームが成果を出すためにはトップの存在が非常に重要だ。大人になって複数の部署を経験したり転職した経験がある人なら分かってくれると思う。
そして、現在八幡高校を率いるトップである竹中監督は、大当たりの部類に入る。
捕手として社会人野球まで経験した後で教師に転向し、昨年より八幡高校に赴任してきた竹中監督。確か前世では五年後には田舎の公立である八幡高校を県ベスト8の常連にし、一度は春の選抜にまで導いていた。それも、文武両道をモットーにしながらである。
監督ガチャというものがあるとしたら、USRだ。
また、リサーチしたところ朝練がなくて、家から近く、自主練習の時間が多めに取られている事が決め手になった。高校を選ぶ上で、個人練習と十分なリカバリーの時間が取れることは必須条件だったからな。
なお、前世の俺は将来収入が安定したインフラ系の仕事に就きたいと考え家から少し遠い川越工業に進学していたんだが、通学が自転車で片道1時間と少々大変だった。
朝練もあったから家は5時前には出る必要があり、ケガをきっかけに医療職に興味がでて進路を変更した時は『八幡にしとけばよかった……』と何度も思ったものだ。
以上の理由より、今世の俺は地元公立の八幡高校で青春を謳歌しつつ強くなり、甲子園優勝を目指す。応援してくれよな!
あと、これは完全な余談だがこの時代、田舎の工業高校というのは勤勉な奴も沢山いる一方でちょっとアレでヒャッハーな奴も結構いて、それは野球部も例外ではなかった。
連帯責任でゴリマッチョ監督の透先生から全員が雷と拳骨を貰うことも多かっな。(『トールハンマー』と恐れられていた)
そういえば実は時々指を骨折していたらしいな、あの先生……大怪我させないように頬ではなく全員の固い頭蓋骨に全力で拳を叩き込んでいたのはスゲー人だったなと思う。
しかし、やはり暴力はいかんよ。普段の行動と言葉で伝えられない奴が暴力を振るっても、伝わるのは痛みと恨みだけだろう。一時的に行動が改められてもそれは恐怖からの抑圧に過ぎないし。
そういえば、バカな先輩方から卒業式にお礼参りと称して愛車をひっくり返されてたなあの人……教師も生徒もお互い、よく警察沙汰にならなかったなと今では思う。




