8.5 主将からみた湊鴎賀
中学校総合体育大会、通称『総体』。
毎年六月から開催され、運動系の部活に勤しむ中学生三年生にとって総決算となる大きな大会である。
八幡中学軟式野球部の主将である真田もまた、この大会にかける一人であった。
初戦の相手は川越中学、秋の新人戦では延長タイブレークの末に苦杯を飲まされた相手である。
チームの方針により春先から市内の相手と練習試合は行っておらず、ゆえに久しぶりの対戦で相手の実力は未知数。
自分達は成長したが相手も当然成長しているだろうから、本日も苦しい戦いになると覚悟していたのだが……
「これはひどい」
おもわずそうつぶやく真田。
スコアは5回裏のこちらの攻撃で、0-7の大差でリード。主戦投手はノックアウト済みで、しかもまだ無死満塁であった。
試合中にこんなことを考えるべきではないと思いつつ、前の回からリリーフに出てきた相手の二年生投手がちょっぴり不憫になってくる。センスの良いスラリとした長身の選手だが、今は顔面蒼白だ。
昨年まで八幡中学の得点力不足は深刻で、試合はノースコアの締まった熱戦がほとんどだった。
それがどうしてこんなことになっているのかと言うと、昨年の晩秋に一人の後輩が監督に直訴して以降、チーム方針が『守備・戦術重視』から『打撃特化』にガラッと変わったからだ。
『精密さの欠片もない脳筋ゴリラ野球』
野球玄人を気どる一部の保護者からそう酷評された方針転換はしかし、スイングスピードを上げることに特化した科学的トレーニングと今春から導入された新型バットの相乗効果によりチーム打率を一割以上引き上げた。ちなみに本当に打撃練習ばかりなので守備は若干柔らかくなったが、要所では二年生エースがギアを上げて三振を取りまくるので問題は起きていない。
『湊鴎賀』
それが、チームをガラッと変えた後輩、兼二年生エースの名前である。かつて真田は、「下の世代は同じ小学校の後輩で実力者の大樹匠が引っ張っていくんだろうなぁ」と信じて疑わなかったのだが、まさか更なる実力者がいたとは……全く、未来というのは分からないものだ。
昨年、新チームが始動して早々に投打に大活躍しチームの中心人物となった湊鴎賀は、その実力に反しとても謙虚で自分たち上級生をよく立てる、所謂『よくできた後輩』であった。しかし、野球のスキルアップについてはちょっと頭おかしいんじゃねーのと言うレベルで貪欲で、練習メニューについて不満があれば監督に直訴するという真田達の価値観からすると若干クレイジーな人物でもある。ある日とうとう、野球経験のない黒田監督に代わってチーム全員に技術指導まで始めてしまった。
加えて言えば、中学に上がるまで野球経験は皆無のはずなのに、なぜか誰よりも圧倒的に野球の技術やトレーニングついて詳しいという謎の男でもある。その異常さは思わず、「コイツ、実は人生二周目じゃないだろうな」なんてありえない想像をしてしまった程だった。
そんな、一歩間違うとチームから浮いてしまいそうな湊鴎賀。
だが、チームで一番の実力者だったことに加え、技術指導も非常に分かりやすく効果的だったため多くの者が受け入れた。
例えば、バッティング面でのアドバイスは基本的にこの3つだけだ。
『教科書的なフォームでひたすらスイングスピードを上げる』
『試合ではベルトラインの高さの球を狙い打つ』
『どのコースの球も全部センター狙いで打ち返す』
それだけで結果が出るのか訝しみつつ、しかし「圧倒的な打率を誇る湊の言うことだから」と素直に助言を聞いた者は全員、今日も今日とて打ちまくっている。真田もその一人だ。
そんなチーム躍進の立役者はと言うと、現在バッターボックスに入る前でブンブンと全力の素振りをしている。
『絶対かっ飛ばしてやる!』という、無駄な力みと紙一重の意気込みが伝わってくるようだ。
まあ無理もないだろう、ここまでは徹底的に勝負を避けられてきた上に大チャンスで打席が回って来たのだから。
「でもあの素振りってたぶん、カーブを誘う演技なんだよなぁ......湊が味方で本当に良かった」
思わず口にでた。
過日、練習試合の最終打席にて湊がホームランをかっ飛ばし、サイクルヒットを達成した直後に言った内容を思い出す。
『相手捕手も色々考えてますからね。格上のスラッガーが打ち気にはやった姿を見せれば、捕手は出鼻をくじこうと高確率で緩い変化球を選択してくるんですよ。でもカーブ系って一番ホームランにしやすいんで、それを狙ってズドンです。』
案の定、相手投手が初球に投じたのはカーブ。
完璧なタイミングで捉えた打球は、過日と同様に深めに守っていた外野手の遥か頭上を越えていったのだった。
次回、明日投稿予定です。




