8.トップアマの打率
練習試合の活躍により、無事エースに抜擢された。
そして望んだ秋季新人大会、通称『新人戦』の結果はと言うと……
まさかの二回戦敗退!
いや、ピッチングもバッティングも俺の調子は悪くなかったんだ。一回戦は完封&三安打、二回戦も完封&二安打と活躍したしね。
しかし、試合は拮抗したものになった。
軟式野球は7イニング制なんだけど、両試合ともお互い点がはいらず走者一、二塁から始まる延長タイブレークに突入。一回戦は何とか勝ったんだけど、二回戦は延長9回二死から味方のサヨナラエラーで負けた。こんちくしょう!
今世の特に今の時期は目先の勝ち負けよりも自分の実力を磨く事が優先だが、やはり負けると言うのは気分が良いものではない。また、勝つ気で頑張らないと得られない物も多いだろう。
というわけで、実力を示しチームである程度の影響力を発揮できるようになったこのタイミングで、黒田監督に直談判する事にした。
議題は、チームコンセプトと育成方針についてだ。
「本日は貴重なお時間を頂きましてありがとうございます。」
「全くだ。生徒、それも一年生からチームの運営方針について直談判されるとは思わなかったぞ。」
そう言って苦笑する黒田監督、でも頭ごなしに跳ね除けずこうやって生徒の話を聞いてくれる指導者ってこの時代には相当希少だと思う。その度量と素直さが、俺が前世からこの人を慕い尊敬してきた理由だ。
「まず『野球部を強くして大会で好成績を残したい』と言う点について、僕たちは合意できると思います。」
「お、おう。そうだな。」
「今まで我々はその目的達成のために『ドジャース戦法』をベースに戦い、そして敗北しました」
苦い顔で頷く黒田監督。
彼は野球未経験者だが、社会教師と言うこともあり戦術についてよく学ぶ真面目で勉強熱心な人だ。そして、現在チームはこの時代の日本アマチュア野球の主流である「送りバントで確実に1点を取り、堅実な守備で守り勝つ」という戦法を愚直に実践し、またそのスキルを磨くための練習をメインに行ってきた。
「そこで僕は、我々の目的を達成するために新人戦とそれまでの練習試合、そして引退した3年生の試合結果を元にこのチームの負けパターンを自分なりに分析しました。その結果、現在の僕は......試合後のミーティングで黒田先生のおっしゃった『敗因は細かいミスによるものだ』とは違う考えを持っています」
「負けた試合では要所でエラーやバントミスがあったが、そこではないと?」
「はい。僕は、新人戦の敗因は……と言うかこのチームの課題はズバリ『深刻な得点力不足』だと思っています」
前世もそうだったからよくわかる。そもそも『中学部活レベルの集まりが緊迫した場面でノーミスを続ける』なんて絶対無理だ。
だから戦術はミスが起こるのを前提に立てておくべきだし、大差でリードすれば精神的に一番楽だから結果ミスも減る。それに加えて「ドジャース戦法」って今後、データ検証によって様々な欠点が明らかにされて衰退していくんだよなぁ。
「野球は『ゲームセットまでに沢山点を取った方がことが勝つ』ゲームです。だから1アウトを献上することで大量得点の機会を奪う送りバントはあまり筋の良い攻め方だとは思えません。また、プロ野球ではほとんどのケースで、送りバントをした方が得点期待値も下がるというデータが出ています。だからプロ野球では投手以外、ほとんど送りバントをしません。」
「うーむ、しかしプロ野球の場合はどの打者も2割5分くらいは打つ上に、ホームランや長打もあるだろう?アマチュアは野球は打率も長打率もそこまで高くないじゃないか。バッティングは、プロだって3割打てば一流と言われる難しい世界だし。」
「まず、その前提を疑う必要があると思います。先生は、プロ野球に入るような打者が高校通算で何割くらいの打率を残すかご存じですか?」
首を振る黒田監督。
「正解は五割以上です、中には7割の打率を残した選手もいます。」
「そんなに高いのか!?」
そう、そんなに高いのだ。
プロ野球で3割打てば一流と言うのは、長いシーズンを通して「毎回一流投手と対戦」、「一流野手の広い守備範囲」、「疲労や怪我やスランプ」、「弱点を解析される」、「芯の狭い木製バット」といった要因を乗り越える必要があるからだ。ゆえに、それらが全部ない高校野球で甲子園に行くチームなら地区大会のチーム打率が4割を超えてきたりするし、長打だってめちゃくちゃ出る。
「うーむ、にわかに信じがたい話だが……」
「僕は新チームなってから打率6割ですし、匠も4割近い数字を残していますよ。」
そして、練習試合で打ちまくった結果、新人戦では徹底的にマークされ要所で勝負を避けられたからな!
「ウチが貧打なのは単純にバッティング練習不足だと思うんです。だから、バント練習の時間は全部バッティング練習に変更しませんか?スタメン全員がコンスタントに3割打てるならバント練習は不要になりますよ。あと同時に、ゴロを打ち相手のエラーを狙うためのチームの約束事『ダウンスイングでミート』を長打を増やすため『アッパースイングで強振』に変更しましょう。ゴロアウトなくなれば、強硬策で心配なダブルプレーも回避できます。」
「なるほど......しかしなぁ......」
悩ましい顔をする黒田先生。この顔は前世で病院でよく見た。「理屈は分かったけど、心情的になんかやだなぁ」っていう患者と同じ顔だ。
不合理だがしかし、彼の気持ちはよく分かる。だって人間って基本的に変化を嫌う生き物な上に、今俺が言ってる理屈ってこの時代には相当珍しい類だもんな。生徒一人の言葉で、自分が今まで勉強してきた方針を変えるのに抵抗を感じるのは当然だろう。
だからこれから、「黒田先生の心」を動かす話をする。
唸れ、前世培ってきたプレゼン技術!
「ところで先生って織田信長の鉄砲隊や世界大戦の飛行機の話がお好きですよね」
「ん?ああ。新技術で戦術がガラッと変わった歴史の転換点だからな」
「それすっごい分かります。それでですね黒田先生......実は来年、M社から『めちゃくちゃ飛ぶ軟式野球用バット』が発売予定なんですよ。これスポーツショップからもらってきたパンフレットなんですが、この『ボールではなくバットを変形させる新技術』って……野球のゲームバランス、ガラッと変わると思いませんか?」
というか、絶対に変わる。従来の軟式用バットとこの「新型バット」は木製バットと金属バットを超えるくらいエグイ性能差があるからな。軟式野球史の転換点を知っていて先手を打てるのは前世の知識アドバンテージだ。
前世ではこの新型バット、初販だと長距離打者向けのやや重く先端に重心があるタイプしか発売されておらず、俺たちの世代が引退するまでにこのチームで使い始めた打者はいなかった。
しかし、最後の県大会ベスト8戦で匠を討ち崩した優勝チームは、小柄な9番打者を含むスタメン全員がこのバットの使用者だったのである。特にこの時代、まだ情報が遅れがちな片田舎において道具に関する情報格差は時に致命的な差となることがあるのだ。
パンフレットを読み込むうちに、黒田先生の目の色が変わったのが分かった。
「なあ湊、お前は奪三振率の高いピッチャーだよな」
「はい」
前世からうすうす気づいていたが、やはりこの先生と俺はどうやら根本的なところで気が合うらしい。
「と言う事は、守備練習の半分も打撃練習にしてもいいよな。あと長打でゆっくり帰れるなら、走塁練習最低限にして重いバットを振るための筋トレに変えていいか。」
「ええ、そうなりますね」
「これは......おもしろいことになりそうだな」
この日以降、本チームの方針は『新型バットに適応し、打ちまくって勝つ』ことに変更されることとなった。
具体的には秋から新春までの野手練習はその殆どが筋トレとバッティング練習に変更。この大きな方針転換にはじめこそ戸惑う者も多かったが、1月も経った頃にはチーム全員が野球の楽しさを再認識してくれた様でとても嬉しい。
バント練習や守備練習ばっかりしていると『打つ』という一番大切な能力が成長しないし、やってる選手も楽しくないからな。フルスイングでかっ飛ばし、しかも飛距離が伸びていくのは楽しいもんだ。そして「好きなものこそ上手なれ」という金言もある。
半年後にこのチームがどうなっているか、今から楽しみでしょうがない。
『星野君の二塁打』ってご存じでしょうか?
私の恩師は、星野君を打たせてくれる人でした(経験談)
本日夜にもう一話更新します




