7.火の玉ストレートの揚力
黒田監督の方針として、三年生最後の大会である『総体』こと全国中学校体育大会が終わるまで一年生は戦力としてカウントしないというものがある。
まあ、妥当な判断だろう。
中一と中三では体格差が大きいから基本的に実力が足りないし、もし実力が足りていても不確定要素が多いからな。
抜擢した一年生が原因で負けたら三年生にも監督にも悔いが残るだろうし、逆に活躍してもそれで天狗になっちゃうと後々面倒だ。
というわけで、一年目の総体は前世同様、俺の出場機会はないまま市大会の2回戦で敗退。三年生が引退し新チームが始動した。
そして、本日は新チーム始めての練習試合である。
一試合が7イニングで終了する軟式野球の練習試合は一日二試合行う事が一般的で、俺は二試合の先発投手に抜擢される栄誉を賜った。
三カ月後に秋の新人戦が開催されるため、それまでにエースの座をつかむためには圧倒的な結果を出さなければならない大事なアピールの場でもある。
投球練習が終わり、マウンド上で捕手を務める匠と最後の打ち合わせ。
「鴎賀、もしかして震えてるんッスか?」
「ああ……バレちゃったか」
胸がドキドキして、身体が震える。どうやら今、俺の精神状態はいつもと違うようだ。前世だと学生時代はずっと野手だったからな。草野球とは違うガチな学生野球のマウンドに立つのは初めてだ。細かい技術的には足りないものも多い現在、さてそんな中でどこまでやれるか……
「でも……緊張じゃなそうッスね。」
呆れた顔をする匠。
ああ、これはアドレナリンが大量に分泌され身体が戦闘モードに入った現象、いわゆる『武者震い』だ。
殆どを基礎作りに費やしてきたとはいえ、およそ十三年間積み上げてきたものを発揮する機会だからな。当然、戦意は高揚する。
「ふ、ふふふ……」
思わず笑顔を浮かべていると、匠が若干引き攣った顔をしていた。どうした?早くゲームプランの最終確認しとこうぜ。
「じ、じゃあ、とにかくストライク先行を第一に考えるッスよ。で、カウント有利な時のみチェンジアップ解禁。これはボールになっていいから、長打だけは打たれない様にとにかく低めに頼むッス」
「オーケー!」
さあ、楽しい時間の始まりだ。
左投げ用のグラブをポンとひとつ叩き、目を瞑って深呼吸をひとつ。それから開眼すると、眼前には俺と同じくアピールチャンスにギラつく相手チームの一番打者がバッターボックスに入るのが見えた。
そういえばコイツの丸顔と恰幅のよい体格には見覚えがあるな、確か前世で要注意人物とされていた好打者だ。パワーがある上に積極的に打ってくるタイプで、三年生の時には四番を打っていた記憶がある。
だが、どんな打者が相手であれ俺がやる事は変わらない。この練習試合の目的は今の実力でどこまでやれるかと、未経験のプレッシャーがある中で投手としてどれくらい普段通りのパフォーマンスを出せるかの確認だからな。
というわけで、早速投球動作に入る。
普段通りを心がけつつセットポジションから真横にステップ。その並進運動エネルギーを右足で受け止め高速回転運動に変換する。
体幹を長竿のように大きくしならせ、そこからの連動で高速移動するようになった指先からボールへ力を伝える……バッターが空振る。よし、ストライクだ。
返球を受けながら、今の一球について分析を行う。
投球フォームは滑らかにだったし、指先の感触も悪くなかった。匠の構えた外角低めよりもボール三つ程高い甘いコースに入ってしまったが、これはアドレナリンの影響で出力が若干上がった結果だろう。投手にとして試合で投げる経験が乏しいから断言は出来ないが、これくらいなら投げていくうちにすぐ修正できるはずだ。
何より、バッターがボールの下を若干遅いタイミングで空振りしたのが大きい。
自信を持って二球目を投げる。今度はイメージ通り、低めギリギリにストライクだ。バッターが「え、低めのボール球じゃないんだ」と驚いた顔をしている。
よしよし、今の二球の反応で相手打者の目が慣れてくる二巡目以降まではこのチームには殆ど打たれるリスクがないと確信できた。
何故かというと、今の俺はバッターのイメージ以上に伸びてくるストレート……もう少し科学的な言い方をすると『打者の事前予測よりも上方を通過するボール』を投げることができているからだ。
人間の視力は至近距離を高速で動くものを捉えられるようには出来ていない。例えばプロボクサーのジャブは時速40キロ程度だが、至近距離から放たれるそれを一般人が掴むことは不可能である。
なのに何故、その辺の中学生が時速100キロを超えるストレートを打ち返せるのかというと、マウンドからホームに到達するまでの前半部分でストライクゾーンのどの辺をボールが通るか予測しそこにバットのスイング軌道を合わせているからだ。
逆に言えば、その前半部分の予測を外すほどバッターにとって打ちにくいボールになる。『打ちにくいストレート』というのは言いかえれば『平均的なストレートと全く違う軌道を通るストレート』の事なのだ。
そこで最も重要になるのが、ボールの『回転軸』である。この回転軸が縦回転に近いほどボールを上昇させる空気抵抗がかかる。しかし、左投げだと左上から右下に腕をふる関係上、普通多少はボールに斜め回転が入るものだ。
だが俺は、『回転軸を限りなくを縦回転に近づける練習』を長年行ってきた。目的はもちろん、平均的なストレートよりもはるかに上の軌道を通るストレートをマスターするためである。
ボールの半分をマジックで黒く塗って回転軸を確認しながら、小手先の調整にならないように体幹を傾ける角度とボールを離す手の位置を何十通りも試した。そうして最高の威力で純粋な縦回転のストレートが投げられる位置を発見し、身体に覚えさせていったのだ。
ちなみに過去、プロ野球にはこの純粋縦回転ストレートを操る大投手がいて、彼のボールは『火の玉ストレート』『並のプロ野球選手の直球よりもボール三つ上を通過する』とさえ言われていた。
さて、三球目。
匠は何のサインを出すだろうか。セオリー通り慎重にいくなら低めボールゾーンへのチェンジアップもあるが……おお、高めのストレートか。俺の投げたい球と同じだよ。流石、匠は前世通り投手を立てるリードをする。
この意味を解説すると『今の二球を見た感じ投手の方が力量がずっと上なので遊び球は不要、打者の目が慣れる前に気持ちよく三振とればいいっす』だ。
そうして気持ちよく投げた球の二つ程下をバッターは空振った。よし、まずこれでワンナウトだ。
こうして始まったデビュー戦。俺はアウトの半分以上を三振で奪い、一本のヒットも許さないノーヒットノーランで完封したのだった。
2月14日はバレンティンデー。
ウラディミール、ホームランドーム行こうぜ!
次回投稿日は2月20デース。




