80. 英雄王との次戦
アメリカとの最終決戦。
試合は始まったばかりだが、一つのターニングポイントを迎えていた。
先陣を切り、応援曲『帝国のマーチ』と共に現れたのはアメリカの……いや、今大会の最強打者であるギルガメッシュ・ウルク。
No.1スラッガーであるコイツをここで抑えれば相手の出端を挫くことができるし、逆にエースとして試合を託された俺がいきなり打たれたら流れを持っていかれてしまうというかなり重大な局面だ。
しかし、本当にとんでもないガタイしてて雰囲気あるなぁ……
と、いかんいかん。
弱気になってる場合じゃない。
昨日は三振を奪ったし、今日は温存していたフォークも使えるじゃないか。細心の注意を払いつつ、あくまでも強気に攻めよう。
「ストライク!」
初球、アウトローの超ギリギリにストレートを投げ込むと審判の右腕があがった。よし、これで少し有利になった。
「ストライク、ツー!」
二球目は温存していたフォークをボールゾーンへ落として空振りをとる。アメリカでは使い手の少ない変化球で、スピードも落差もある球だからな。そう簡単に対応は出来まい。
……とんでもないスイングでタイミング自体は合っていたように見えたけど、それは見なかった事にしよう。
さて、ここまでは当初打ち合わせた複数の展開の中で最高のルートを辿る事ができている。このままグッドエンドへ突き進むぜ。
そこから絶対にストライクゾーンにはボールが行かない様に注意して、チェンジアップ、フォークの順番で誘いをかける。甲子園上位クラスの打者でも大体はこのどちらかでアウトが取れる組み立てだ。
だが、ギルガメッシュは乗ってこない。
そして自信を持って決めに行ったフォークに対して途中でバットを止めて見逃した事で、ノーステップ打法と超速スイングに加えて動体視力まで相当に良い事がわかった。
眼球運動も筋肉によって行われるからな。ミオスタチン関連筋肉肥大の影響で、眼球を動かす外眼筋も、水晶体の厚さを調整して物体にピントを合わせる内眼筋も相当発達しているのだろう。
ステロイド全盛期のメジャーリーグで打者が成績を大きく伸ばしたのは、スイングスピードが向上したのと同じくらいの動体視力が向上したのも大きいと言われているし……全く、厄介な相手だ。
これでカウント2ー2。
そして、次に出された匠のサインは『真ん中高めに、ボール一つ分外したストレート』だった。
打ち合わせでは、基本的にこのカウントからはストライクゾーンで勝負する方針だったはず……それを変更したという事は、さっきの見逃し方で警戒レベルをさらに引き上げ保険をかけたのだろう。
ちょっと悔しい気もするが、まあ万に一つも打たせちゃいけない場面だしな。匠の気持ちはわかる。
そして今の俺にできるのは、ボールゾーンでも思わず振っちゃう様なベストボールを投げ三振を奪うことだけだ。
できるのかって?
できらあ!
こちとら、幼少期からひたすらトレーニングを積んできた。そして今や、あのマツケンや神子、アルベルトと並び『四天王』や『怪物』と言われることもあるレベルの投手になったんだ。それに昨年の夏には同じやり方であの島津から三振をとってるしな!
史上最強の肉体を持つアスリートだかなんだか知らんが、俺のスーパーパワーをうけてみるが いい!ウー!ハーッ!
気合いを込めて投げる──
「フンババ!」
あ!?
やっべ。
アドレナリンが出過ぎたのか、リリースした瞬間コントロールミスしたのが分かった。
コースは狙い通りホームベース上を通過するが高さが予定と違う。ボールは狙いよりも更に20センチ程上方、ギルガメッシュの顔と同じ高さへ。
これは『スイングしてくれたら絶対空振りだろうが、見逃される可能性が高い』っていう明らかなボール球だ。
振っとけ!
心の中で念じる。
と、思いが通じたのかギルガメッシュがスイングを開始した。そして、途中で止めてくれるなという願い通り彼はバットを振り切りーー
ボールは場外へと消えていった。
は?
***
「なんという波乱の幕開け!ギルガメッシュの先頭打者場外ホームランにより、日本は先制点を奪われました」
「とんでもないバッターですね……力のあるストレートで、しかも見逃せば明らかなボール球だったのに……」
テレビモニターには、スローモーションでリプレイが映し出される。
「注目すべきは膝です。普通、打者は軽く膝を曲げて構えてそのまま角度のままスイングを行いますが、先程ギルガメッシュは、スイングしながら膝を伸ばして強引に高さを合わせていました」
「恐るべき打撃技術の持ち主、という事でしょうか?」
「いいえ、これは技術などではありません」
野球歴の浅い、素人のやり方ですと張木。
そして『伸び上がって打つ』というのは目線がブレる上にパワーロスが生じること、故に先ほどのボールは本来見逃すべき球だったことを説明する。
「大半のプロ野球選手でもバットに当てることすら困難で、もし芯に当たっても深めの外野フライが精一杯の打ち方のはずなんです」
「では、それで場外ホームランを打ってしまったギルガメッシュというのは……」
「逆説的に言えば、若干18歳にしてセオリーの通じない規格外の身体能力を持っている事になりますね……認めたくはありませんが」
◇◇◇
「お兄ちゃん打たれちゃったよ!?」
湊美波は社稷野球場のスタンドで悲鳴をあげていた。
韓国まで応援に駆けつけ、試合直前にも両親と共に励ましの言葉をかけたのだが逆にプレッシャーになってしまったのだろうかと慄く。
「あらー、鴎賀ったらいきなり大変ねぇ」
「てゆーか、やっぱり私こない方が良かったんじゃ……」
過去に美波が甲子園まで応援に駆けつけた2回、大阪十陰戦と金珠戦はいずれも負けていた。
さらに内一回は怪我までしていた事を思いだし、自分は疫病神になってやしないかと凹む。
「そんなはずはない。アイツも『それはたまたま、負けたのは単純に俺の実力不足だから気にするな』と言ってただろ」
「でもさー、お兄ちゃんが序盤で先制点取られる事なんて初めてじゃん。しかも場外ホームランだったし、動揺してないといいけど……」
心配する美波だったが、父、航希は秋晴れの様にカラッと答える。
「大丈夫、あれだけ野球漬けの日々を送ってきたんだから、きっとこの後はピシャリと抑えるさ。なあ母さん」
「あら、またヒットを打たれたわ。アメリカって本当に強いのねー」
「……」
美波が思わず天を仰ぐと、試合開始前よりも雲が増え、太陽が隠れそうになっているのが見えた。




